22話
制作していた本の校了を頂けましたので、再開します。
「んあ~……だるい」
クラスメイトの治療を終えた翌日、拓郎は倦怠感に襲われていた。理由は言うまでもなく、クラスメイトに行った治療法にある。二学期開始はすぐそこまで来ている、なので今は食事をするときを除いてとにかく体を回復させるべくベッドの上で横になっている状態だ。
「拓郎さん、体の方はどうなりました?」
そこに入ってきたのはジェシカ。クレアとジェシカは交代で、拓郎の様子をうかがっていた。行った治癒術のレベルは非常に高かったため、その反動がこうして拓郎の体に現れていると判断している。
「幸いだるいだけ……頭痛とかはなくなった。後はこのだるさが取れれば、問題ないはずなんだけど……」
あまり元気のない声で、ジェシカに返答する拓郎。しかし拓郎にとってこれは正直な意見なので、そう言う他ないのである。
「そうですか……一応こちらでも体の方はチェックしていますが、体に致命的な問題が出ている箇所はないのでただひたすら休んでいるほかないですね。まだ夏休みが終わっていなくてよかったと考えましょう」
なお、クレアとジェシカのチェックは当然拓郎のレベルの確認も行っている。しかし、あれほどの事をしたのに拓郎のレベルは5のままであった。ジェシカの本国でも成功報告があまり上がらない治療行為を行って見事成功させたのだから、ランクが上昇していてもおかしくないとクレアとジェシカは考えていたのだが……現実は5のままであった。
(あれだけの事をしても上がらない……拓郎さんが6になるきっかけは一体何をすればよいのでしょうか? ですが、間違いなく夏の訓練と今回のレベルゼロ治療は大きな貯金となっているはず。レベル6になれば、一気に拓郎さんの科学魔法は延びる筈)
上がらないレベルに、クレアとジェシカは内心で首を捻っていた。今回のレベルゼロ治療は、これまで拓郎が鍛えてきた事に対して図らずも成果を発表する場となった。そして何より、難しい治療を成功させたのだからレベルが上昇してしかるべき──なのである。だからこそ、上がらないレベルに納得がいかない。
(かと言って、こちらが無理につついてもどうにかなる物でもありませんからね。その時がいつやってきてもいい様に、私達は拓郎さんを鍛えて備えさせてあげるだけしかできません)
理由は分からないが、これ以上考えても今は答えが出ないとジェシカは割り切って、この謎を一旦頭の隅に押しやった。
「拓郎さん、何か欲しい物はあります?」「今は大丈夫……水も飲んだし、部屋の温度もちょうどいいから……とにかく寝る……」
ジェシカの問いかけにそう返答した拓郎は、言うが早いか寝息を立て始めた。そんな拓郎の睡眠を邪魔しないようにジェシカは静かに拓郎を見守りつつ周囲を警戒する。
(拓郎さんの安らぎを邪魔する奴は許さない……ですが、そういう奴らが現れる可能性はやはり高まってしまいましたからね……人の口に戸は立てられない。魔法の世界は秘密にしたくても……まず叶わない)
レベルゼロの治療に、10代の学生が挑み、成功させた。無論このことを治療を受けたクラスメイトやその保護者、そして校長は漏らしていない。そのため拓郎がそれを成したという事はバレていない。だが、10代の学生が成したという情報だけは経路が不明なまま魔法の世界に流れてしまった。当然ジェシカも誰が成し得たのだと本国から接触があった。
(──本国も大慌てでしたからね。熟練の治療魔法使いが全力で行ってなお成功率25%という一生の勝負を掛けるにはあまりにも低い確率。それを10代の学生が一回も失敗することなく3回連続で成功させた……10代の学生と言う事はまだ伸びしろがある。それをより伸ばして高めれば多くのレベルゼロに苦しむ人を救える。そうすれば、絶大な支持を得る事に繋がっていく……レベルゼロに苦しむ人は多い。そんな彼らの支持と票を一気に集められるという政治家特有の思考……はぁ、そんな事に拓郎さんを巻き込ませてなる物ですか)
ジェシカは入ってくる情報を知って、内容は理解するし、行動原理も理解する。だが、だからと言って拓郎をそんな連中の道具にされてたまるものですかという考えに落ち着いていた。拓郎が自発的に助けに行くというならまだしも、本国の連中の支持を集めるために都合よく利用される事だけは阻止する。
(姉さんも同じ考えでしたし……後は拓郎さんが自分の望んだ道を自分の意志で進めるように私達が護るだけ。そしてその先で……欲を言えば心身共に歩ける様になっていれば良いのですが)
結婚するのは姉であるクレアがするとしても、その傍に自分もずっと居続ける事ができればそれ以上望む物はない……傍にいるだけで、ほっとできる。心が暖かくなる。そんな感覚をジェシカは拓郎に元から抱いていたが、夏休みを共に過ごしたことでより一層ひたむきに前向きに頑張り続ける拓郎が愛おしくなってきていた。
その感情も後押しして、拓郎を操ろうと探りを入れてくる連中に対してジェシカは本人も半分無意識のうちに攻撃的になっていた。無論血が流れる展開を積極的に欲している訳ではないが……必要となった時は一切躊躇する事はない。全ては拓郎を護る為、そして自分とクレアとの穏やかな日々を続けるため。
──そう言うクレアとジェシカの心境を察していたのは、拓郎を護衛する魔人と魔女達だった。彼等や彼女達は、クレアやジェシカが暴走しない為に、そして拓郎が歪むことなく治療を得意とする科学魔法使いとして成長を阻害しない為に様々な手段で守り抜く事を決定していた。
彼等はすでに偽の情報を流しており、その内容は──例のレベルゼロ治療者はヨーロッパに住んでいる学生らしいという情報を流布している。この情報が真か否かを確かめるべく、かなりの人間がヨーロッパに出入りしている状況となっている。これでしばらくはその手の連中の目をごまかせるが……そこから先はどうするか、と言う事もすでにいくつもの対策が練られている。
それだけ、拓郎という人間の価値が様々な人間から見て大いに高まった事を意味している。だからこそ上手く拓郎の情報を隠していかないと、周囲の人々を巻き込みながら様々な厄介事が続く形になってしまう。拓郎がもしクレアやジェシカと出会えず、ここまで成長していたら……誘拐されていてもおかしくなかった。そもそも、クレアに出会えていなかったら成長できていなかっただろうからそうならなかったという確率の方が大きいかもしれないが。
こうして拓郎は夏休みの最終日まで、ほとんど寝て過ごすという形になってしまった。それでも何とか31日には体調が回復し、朝から普通に行動できるようになっていた。これに安心したのは拓郎本人だろう。学校をサボるつもりはないが、あのだるさの中で学校に通うのは勘弁してほしいと思っていたからだ。
クレアやジェシカ、そして拓郎の両親もほっとした。もしかしたらずっと寝たきりになるんじゃ、という一抹の不安はあったのだ。それが否定された事によって、安堵の息を吐くのは無理もない話だろう。なんにせよ、これで無事に2学期が迎えられるという物である。
そして気になっている人もいるかもしれないので蛇足ながら答えておくと、拓郎の通う高校には夏休みの宿題に該当する物はない。じゃあ楽じゃんと思うかもしれないが……その代わり各個人が夏を生かして自分をいかに伸ばすかと言う事を自分で考え、実行しなければならないと言う事になる。
なので、ただただ夏を遊んで過ごしてしまうとちょっとそこから先が厳しい事になりかねないと言う事に陥る。無論本人の地力があるならばその問題もないのだが……そんな人間はまずいない。なので、基本的に何らかの形で自分を伸ばすべく行動する事になる。
そして、ここで拓郎のクラスメイト達3人をレベルゼロに追いやった保護者の話になってくる。夏という時期を生かして科学魔法を訓練するのは一般的な考えになっており、3人の保護者もそれに従って行動した……が、ここでクレアから配布されたプリントにこの夏は科学魔法を使わせない事の一文が出てくる。
疑問に思った保護者は多かったが、子供からの説明と校長に連絡を取った事によって夏は休ませないと危険な状態だと言う事を大半の保護者は理解した。ただ、3人の保護者はその説明を信じなかった。自分の経験を信じ、クレアの忠告を間違いだと一方的に断じてしまったのだ。自分の子供はもっとこの夏に努力する事でさらに伸びるのだと、盲信してしまったのである。
その結果はすでにご存じの通り。拓郎がたまたま条件を満たしていなかったら……そして何より治療に失敗していたら、自分の子供を一生苦しめ続ける所だったのだ。人の忠告はきちんと聞くものなのである。
「よっし、体がちゃんと動く! やっと自分の体に戻ってきたという感じがする」「ホント良かったわ、これで明日から大丈夫ね」
準備体操しながら体の具合を確かめていた拓郎からの言葉に、クレアも嬉しそうな声を上げる。その後軽く組手も行うが、こちらも問題なく行えた。なんで組手やってるの、という突っ込みは無用に願いたい。まあ一応護身術かつ戦闘中でも問題なく魔法を併用できるかという訓練にもなっているので意味は十分ある。
「うん、こうやって訓練しても問題なし。明日からは普通に訓練を再開と言う事で」「分かりました、ですが徐々に様子を見ながらですよ」
拓郎の言葉に、ジェシカがやや心配そうに声をかける。そして拓郎の家の中に戻ったところで電話が鳴る。誰だ? と思いつつも拓郎は電話に出る。
「もしもし、鈴木ですが」『あ、拓郎。俺だ、お前に治してもらった……』「あ、ああ! どうだその後? 体の不調とかはないか?」『ああ、全くない。ただ……ちょっと俺を含めた3人でそちらに相談したい事があるんだ。クレア先生とジェシカ先生にも来て欲しいだけど……大丈夫か?』
電話をかけてきたのは、拓郎が治療したクラスメイトの一人だった。拓郎はクレアとジェシカに事の次第を話して、2人の判断を仰ぐ。
「良いわよ」「そうですね、話をしたいというのであればしておいた方が良いかもしれませんね、2学期が始まる前に」
と2人からの了解が取れたので、拓郎はクラスメイトに問題ないそうだと伝える。
『本当か、それは助かる! じゃ、悪いが集合場所の情報は──』
伝えられた集合場所は、学校からそう遠くない喫茶店だった。彼曰く、ここは日中人が少ないので話をするのはもってこいらしい。また、マスターの口の堅さにも定評があるのだという。こうして夏休み最終日、拓郎達は出かける事になった。




