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新しいステージ

 朝食を終え、15分ほどの休みを終えた後に早速クレアは今日の指導を開始した。


「──と言う訳で、両足の指の先、そして土踏まずの部分を除いた足の裏側にのみ膜を張るの。膜を大きくすればするほど水の上に立つのは簡単になるんだけど……その分消耗が速まり、速度は大きく落ちちゃうの。これはすでに私とジェシカが何度も実験した結果だから信じてもらっていいわ」


 クレアが要求した内容は、水の上を走る為に必要な膜を必要な部分のみに展開する事だった。これは靴を履いていようがいまいが関係ないとの事で、これが出来るようになってもらうのが最初の段階であるというのがクレアの指導であった。


「いきなり難易度が高すぎる気がするんだが……」「だから言ったでしょ、今日の午前は膜の張り方の指導だけで午前が消費されるって。むしろ今日一日だけでできたら天才ね。今週丸々やってもらってなんとか多少は出来るかな? ぐらいまで行ければいい方だって思ってるし」


 拓郎の言葉に、クレアは正直に難しい事をやってもらうのだと口にした。実際拓郎の言葉通り、この行動は非常に難易度が高い。その一方でできるようになれば色々と使い道がある。そのためにも、この夏休み中にある程度拓郎に出来るようになって欲しいというのがクレアの考えである。


 出来る事が一つ増えれば、実力が大きく伸びる。実力が伸びればさらに難しい事に挑戦することが出来る。科学魔法の後半におけるレベルの上昇は基本的にこの繰り返しだ。レベル5までは一定の資質がある人間が厳しい修練を受ける事で到達できる可能性が十分にある。だがそこから先は──この壁を破れるか否かにかかる。


 そしてまさに、このクレアの指導こそが拓郎のレベル6に到達するための壁を破る第一歩を踏み出す事に繋がるのである。5と6の壁とは、科学魔法を今までよりも遥かに精密発動が出来るか否か。レベル6以降は、より強力な科学魔法が扱えるようになる半面制御も難しくなる。制御が出来ない様であるならば資格なしとみなされ、魔法は霧散してしまうのだ。


 まるで体がリミッターをかけているかのようだと、ある科学魔法の研究者は言った。まさに、体が己に危険な物を寄せ付けない為の安全策としてあるような……もし、このような特性が科学魔法になければ、レベル5の人達は大勢自爆による死者を出していたであろうとされている。これもまた、科学魔法を使えるようになるウェハースを開発した人達が用意した仕掛けなのだろうか……


 話がずれたが、とにかくこの科学魔法をより精密に扱えるかどうかはとても大切な事だ。その為、これが出来なければ拓郎はレベル5止まりで一生を終える事となる。それが嫌なら……必死でやるほかないのだ。なお、この事実もクレアは膜を張る指導をしながら拓郎にきちんと伝えた。当然話を聞いた拓郎は、より真剣にクレアの指導を受けて発動できるように格闘する事になる。


 だが。そう甘くはない。結局この日の午前いっぱいを使ってもクレアから合格を貰えるような膜を張る事は出来なかった。まず、指一つ一つに膜を張るだけでも難しい。それに加えて膜の厚さは極薄にしなければならず、更にその膜が十分に水をはじくことが出来なければならないのだ。クレアが一日でできれば天才だと言う訳である。


「はい、今日はここまで! 午後はちゃんと休んでね、晩御飯の時には料理を教えるんだから、疲れていると身が入らないわよ?」


 発動しては失敗を繰り返し、ぐでっと疲れ切った拓郎にクレアはそう声をかけてからジェシカが作っているだろうお昼を取りに行く。無論拓郎の分もだ。拓郎は疲労困憊かつ空腹状態になっており、歩かせずに休ませてあげようとクレアは判断したからだ。その後、拓郎がある程度回復したのは食事を取ってから1時間半ほど後だった。


「きつかった……」「ま、そうよね。でもたっくんだけじゃなくって今レベル6以上で活躍してる人たちはみんな形こそ違えど本質は同じ訓練を受けているから。ここを越えられるかが一つの壁なのよね」


 木陰のビーチチェアで休んでいる拓郎に対して、クレアははっきりと事実を告げる。甘やかしてはならない所はちゃんとするのは先に生まれた者の義務であるとクレアは考えている。甘やかして成長を止める事は、大いなる罪。そしてもちろん、厳しくし過ぎて壊してしまうのはもっと大きな罪。その塩梅をしっかりと見切らねばならない。


「姉さんの言う通り、ここが一つの大きな壁になるんですよね。乗り越えられない人の方が圧倒的に多いですよ……拓郎さんも学校などで学んでいるとは思いますが、レベル5と6以降の人の比率を知っていますよね?」


 ジェシカの言葉に拓郎は頷く。なお、この5と6以上の比率の差は実に7800:1。7800人中1人しかレベル6以降に上がることが出来ないのである。もちろん諦めた人、時間切れを迎えた人と上がれなかった理由は複数あるが……とにかく、狭き門であると思ってほしい。そもそも、前提であるレベル5に上がる事すら非常に大変なのだ。学校の授業&施設の指導の両方を行っても、早々は上がれない。


 繰り返すが、拓郎もクレアとジェシカという二人の魔女のつきっきりの指導を受けなければ、行けても4だっただろう。それだけ指導の質が重要なのである……が、学校が悪いと言っている訳ではない。学校で同じことをやる為にはあまりにも予算、専門職が足りなすぎるのだ。むしろ学校は低予算でできる事を最大限行っている。


「まあ、時間はまだあるわ。ここで無理に焦って午前も午後も訓練をし続けるとかえって潰れちゃうわ。そう言う人もいっぱい見てきたから……国は言わないけど、レベル6以上の人間を増やして軍隊を作ろうとして色々と無茶させて結果的にとん挫した所とかもあったから。それも複数ね……しかもその中には廃人のようになっちゃった人もいて……あれは酷かったわ」


 クレアの話を聞いた拓郎の背中に冷たい汗が流れた。流石に廃人にはなりたくない……ほとんど死んでいるのと変わらない。あくまで肉体が生命活動をしているだけになってしまう。


「そうならない為にも、拓郎さんは私達の指導を受けている時以外は魔法の訓練をしないでくださいね。私達も、拓郎さんが廃人化するなんて考えたくありませんから」


 ジェシカの言葉に、拓郎は素直に従った。この二人がどれだけ人間の重い所や醜い所を見てきたかなんて、想像する事しかできない。そして、現実はその想像のはるか上を行く酷さなのだろう──拓郎もそれぐらいは分かる。だから素直に従うのだ。


「ま、たっくんは素直だからその心配はないと思うけどね~。それに多分今日はこのまま休んでいたいだろうから、のんびりしましょ~。寝ちゃってもいいよ、ちゃんと起こしてあげるから」


 とクレアに言われたものの、拓郎は眠ることが出来なかった。体が疲れているのは事実なのに、なぜか目は冴えてしまっているのだ。とてもじゃないが、眠気がやってくるとは思えない。なので穏やかに波が寄せては返しているところをただただ無心でぼーっと見続けた。クレアやジェシカもしゃべらない為、ただ波の音だけが耳に届く。


(レベル5と6の壁、か)


 教科書を始めとして、様々な所に出てくる言葉だ。だが、ほんの数か月前……クレアに出会う前までは関係ないものとして考えていた。自分は行けてもギリギリ5が限界だと拓郎は思っていたからだ。だが、クレアと出会った事で様々な物事が動き、ギリギリ届くかもしれないと思っていたレベル5に到達し、今は永遠に縁が無いと思われていたランク6への壁を破る訓練を始めている。


(現実味が、あんまりないな。この数か月は夢の中の話だと言われても納得がいく。そりゃ回復魔法が使えるようにはなりたかった。そのために訓練に時間を割く事を惜しみはしなかった。だけどなぁ……まさか俺がランク6に挑戦するとは)


 7800:1。この数字の重さを、こうも痛感する日が来るとは。ランク5に到達できた人間は、皆更なる上を目指すのが大半だ。ランク5になれたからもう満足だ、という人は圧倒的に少数派だ。それでもランク6に到達できる人間は、本当に少ない。


 だが一方で、ランク6に成れた人はあらゆる特典が付いてくる。悪事さえ働かなければ、経済的に生きていくのに苦労はしないだけの手厚い支援が受けられる。無論、その支援に見合っただけの働きを必要な時には求められるが……なので、5と6の間には大きな隔たりがあると知っていた。知ってはいたのだ。だが、それを自らの体でじっくりと味わう事になるとは思っていなかったのだ。


(結局、俺も紙の上、机の上でしか知らなかったって事なんだよな。だが、今は自分の体で理解する時が来た……だったら、覚悟を決めなおして明日からまた頑張らなきゃいけないよな。クレアとジェシカっていう大勢の人が望んでも得られない究極の先生がいるんだから、相応の結果を出せなきゃ情けないだろうが、俺)


 そう言う考えが固まってくれば、自然と顔が引き締まってくる。そして、また明日の訓練を頑張ろうと心の中で高々と腕を振り上げる。ならば今やる事は、しっかりと休む事。考えるのもやめて、ただひたすらに静かに休む事……大きく息を吐いた拓郎は静かに目を閉じる。眠る為ではなく、無心で瞑想するために。


 その後、そのまま夕方を迎えた拓郎はクレアとジェシカの指導を受けながら夕食を一緒に作る。出来はまあまあで、美味しく食べることが出来たので及第点と言っていいだろう。その後は軽く雑談をしたり、ポーカーなどで遊んだりした後に3人そろって添い寝の形で1日を終える。こうして拓郎の訓練は、新しいステージに投入した。

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