そして一週間
それから一週間は、午前を家の建築&住みやすくするための家具づくり。午後はバカンスを楽しむというルーティンで拓郎たちの生活は進んだ。
なお、この家&家具は夏の終わりとともに焼却処分されることも拓郎は知らされている。ここは人工物を長く残しておきたくはない場所らしい。まあ、そう言う理由があるならと拓郎も理解した。それでも修行を兼ねている為、午前は家と家具を作る事に専念した。細かい作業が多数ある為、それらをすべて科学魔法でやるとなるとかなりの技量を要求されるのだ。
この細かい作業の技術向上は医療魔法の腕に直結する。医療魔法でなかったとしても、外科の手術がいかに難しいかは皆さまご存じの通りだろう。不器用で大雑把は許されない世界なのである。そこには命がかかっているのだから……
午後は一転してバカンスである。泳いだり、木陰で転寝したり、三人でジェットバイクに乗って波乗りを楽しんだりと様々な遊びをしている。ジェットバイクには免許がいるが、クレアとジェシカの両名が取得しているため問題はない。拓郎も帰ったら免許を取ろうと決意していた。
夜は作った家の中で食事を済ませたら夏の宿題をクレアとジェシカの補佐付きでこなしていく。正直高校の宿題につける補佐としてはオーバースペックも良いところで、このペースなら二週間弱で出された宿題はすべて片が付いてしまうだろう。今日のやるべき部分を終え、冷たい麦茶を三人で飲む。後は寝るだけである。
「それにしても、この一週間でたっくんの科学魔法の操作技術はかなり上がってきたね」「あ、やっぱりそうなのか? 3日目あたりでは難しかった木を削ったりする作業が、今はそこまで苦も無く出来るようになってきてるからなぁ。もちろん二人の指導あっての成果なんだけどさ」
二人の指導は、拓郎の血肉に確実に変わっていた。小さな魔法を無駄なく発動させ、必要なだけの力をうまく運用する。この訓練をもっと続ける事で魔法を今までのような感覚で使ったとしても無意識に調整するようになるため無駄が少なくなり、結果として長い時間戦える事や治療を続けられることに繋がる。
莫大な力を持っている魔人、魔女ならともかく一般人の拓郎にとって、これは非常に大事な事である。戦いの最中でガス欠、治療の最中に力を失う。これらはどちらも致命的である……対象は違うが。
「これが学校の授業で教えないのか?」「これはレベル5になってからやらないと意味があまりないという側面があるんですよ……理由は分からないんですが、今までのデータによって出された結論なので」
拓郎の問いかけに応えたのはジェシカ。レベル4以下の人に教えて、そしてやらせてもあまり意味が無いというデータがあるのだ。具体的な数字を挙げるなら、レベル4以下の人に拓郎と同じことをやらせても得られる結果は2%以下なので、ほぼ意味が無い。じゃあレベル5の拓郎ならどうなっているのか? 現時点ですでに消費量5%弱の軽減に成功している。そしてこれはまだまだ伸びる。
「科学魔法はまだまだ謎な部分が多いって事か……そう言えば、人の頭もまだ完全には解明されていないんだっけか」「脳のブラックボックスね。あらゆる手段が講じられたけど、完璧に解明したという例はまだないわね……下手にいじれば、それこそ危険極まりないから」
この時代の技術と科学魔法を併用しても、人の脳の全ては解明されていなかった。ほんの数%ではあるのだが、まだ未解明な部分が残されている。この未解明の部分と科学魔法のレベルは密接に関係しているのではないか? という説がある。
「残り数%の世界に、今の世界を形作っている差別が眠っている……か」「あの過激派の言葉ですね。ですがちょっと調べましたけど……あの方々、訓練も何もせず勝手に科学魔法のレベルが上がるものだと勘違いしている様子なんですよね」
そして、その点を取り上げて差別だ差別だと騒ぐ団体が複数存在する。その中でも一番大きくて声がでかい団体が、『科学魔法消失推進団体』と名乗っている。彼らの主張は科学魔法があるから差別が生まれる、だから無くすべきだという主張である。この主張がどれだけ穴だらけか、皆様はお分かりだろう。
「そもそも、あいつら差別はダメだとか言いつつ他者に対しては暴力、暴言振るいまくりの悪党じゃない。貴方達の方がよっぽど悪質で差別的だって何回か直接言ったんだけどねぇ……言った時は勢いが収まるんだけど、またしばらくするとこう騒がしくなるのよね──消した方が良いかしら」
何気なくクレアがそんな怖い事を口にした。拓郎とジェシカの背中に一滴の冷たい汗が流れる。こういう何気なくクレアが口にしたことは、実はやる気満々ならぬ殺る気満々になっている事を意味するからである。その気になれば、クレアの音を利用した衝撃波によって、人なんぞ一瞬で粉みじんになってしまう。
そしてそんなクレアを止められる存在は……居ない。いや、厳密にいえば拓郎が止めればとりあえずは止めるだろうが。だが、その時は拓郎がなぜ止めたのかの理由をクレアに告げて納得させなければならない。これは相当な難題となる。すかさず拓郎はジェシカと目でコンタクト。
(どうする!?)(とりあえず様子見です、今はバカンスで姐さんの機嫌はかなりいい方です。明日以降この話を振らなければ、たぶん大丈夫です!)
コンタクトを終えた二人は、頷きあってこの話は以後禁止とすることを決めた。そうなると、後は何とかしてこの話をはぐらかしたいところだが……やはり、俺がやるしかないかと拓郎は腹をくくった。
「所で話は変わるんだが、この一週間でこの木のログハウスもかなり住みやすくなってきた。そうなると次の課題があると思うんだけど、何をすればいいのか教えて欲しい」
拓郎の言葉に、ジェシカは称賛を心の中で送った。自分を餌にして、大きく話を変化させられるように動いたからである。
「そうだね、ある程度家を科学魔法で作る知識も磨けただろうし……明日からは海で訓練してもらう事になるかな。たっくんは忍者って知ってる?」「むしろ日本人なら知らない人はまずいないと思うが……」
忍者。もう説明不要な存在。本来は知られちゃあいけない存在なのだが……もはや有名になり過ぎてしまった存在。
「で、その忍者の術の一つに水面を走って渡るってのがあるんだけど……それをやってもらいまーす!」
忍法水蜘蛛のことか? と拓郎は思ったがそうではなかった。道具など一切なしでの水面走破をやれと言うのである。
「足の裏に、ちょっとした科学魔法で作った膜を張ってね。それを切らさないように維持しながら運動をするって訓練なの。これがうまくなると、空中だって走れるようになるわよ。空を飛ぶのは……安定させるにはレベル7ぐらい欲しいかな。だから5のたっくんが空を駆けるにはこの方法が一番ね」
拓郎は、クレア達がバカンスの場所にここを選んだ理由が分かった気がした。この訓練をするからこそ海の近くにやってきたのだと。だが、面白そうだとも思ってしまった。忍者の忍法にあこがれを抱いたのも事実、科学魔法を使えば、ある程度再現も可能な者もあるだろうし……
「分かった、じゃあ明日からの訓練はそれって事で。じゃあ今日はそろそろ寝よう」
拓郎はすぐに了解し、そしてそろそろ寝ようとした。明日も新しい事を覚えなきゃいけないはずだし、しっかり睡眠をとっておかなきゃいけないなと思ったからである。
「うんうん、それがいいね。で、たっくん。そろそろ添い寝したいんだけどイイかナー?」
そして遠慮なく投げ込まれるクレアの爆弾。この一週間は各自別々に寝ていたのだが(無論拓郎が普段慣れていない環境下である為、落ち着かせるためだった)、クレアとジェシカの方が我慢できなくなっていた。なので、そろそろ一緒に添い寝して頂戴、という話なのである。
「──もしかしなくても、俺が使っていたベッドが今日やたらとでかくなっていたのは」「その通りです」
ジェシカまでそちらに回っていたと知って、拓郎はがっくりと肩を下ろした。逃げ場はないと察したからである……また今日から、夏のあやまちを防ぐための科学魔法を活躍させなければならなくなってしまった事が確定した瞬間でもあった。
「じゃ、一緒に寝ましょうねー」「拓郎さんと寝られると、心が穏やかになるのです」
俺が寝にくくなるんですが、という言葉を口に出せない拓郎。こうして、またまた添い寝される毎日、と言うか毎夜が始まってしまったのである。これを天国と見るか地獄と見るかは……人次第だろう。