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バカンス1日目

 目的地に着いたので、クレアが音の魔法で優しく拓郎の眠りを覚ます。寝ていた拓郎は周囲の景色が一変しているので驚いたが、この二人の前ではこの手の話でいちいち驚いていても仕方が無いともう諦めているので大声を出すような事は無かった。


 拓郎が起きた事で、まず最初に取り掛かったのは家づくりであった。キャンピングカーがあるんだから必要ないんじゃないか? という疑問を持たれる方が当然いらっしゃるだろうし、実際その通りではある。だが、これは修行の一環。どこでも家を作れるようになっておけばいろいろと便利と言う事で、拓郎に覚えさせるための行動であった。


 つくり方はもちろん科学魔法を全力で用いる。木の切り出しや乾燥、そして切った後の木の再生までもやってしまうのだ。必要な木は再生させるため、自然破壊にもならない。むしろ森にとって邪魔な木を取り払って風を入れるようになる間伐としての役目をはたしている所すらある。


 余裕綽々で簡単に木を切り倒しているクレアやジェシカの隣で拓郎も四苦八苦しながらもなんとか木を切り出す。必要量の木材確保と木材の乾燥を行う所までが午前のメニューだとクレアから言われている為、拓郎も必死だ。終わらなければお昼ごはんは出さないよ、と言われている事も必死になる理由の一つだろう。


 木を切り出し、科学魔法による乾燥。大半はクレアやジェシカが行ったが、拓郎も当然訓練のために何本もやらされる。最初は加減がうまく出来ず燃やしてしまったりしたが、今の拓郎はレベル5。何回もやっているうちに徐々に感覚を掴んでからは出来るようになってきた。それでも、全てが終わったのは午後の1時半を回った頃合いだったが。


「さて、ではお昼&ここから寝るまではバカンスタイムよ! お昼いっぱい食べて遊びましょー!」


 出てきたお昼は、ポークカレー。空腹のため腹の虫の合唱がすごい事になっていた拓郎はがっつくように次々と平らげた。もっとも、クレアやジェシカもかなり食べていたが。お腹が満たされた3人はまず遊ぶというよりは穏やかに椅子に座って心地よい風に身を任せていた。そうしているうちに疲労の為拓郎は眠ってしまったが、クレアとジェシカはそんな拓郎の寝顔を見ながら静かにしていた。


 様々な世界の汚い部分を見てきた彼女達にとって、こんな穏やかな時間を過ごせることこそが心が休まる数少ない時間であった。色々と体を動かす遊びは明日からでもいい。今日はこんな穏やかな時間をじっくりと楽しんでおきたい。そんなクレアとジェシカの考えが一致していた。そんな二人に見守られながら、拓郎は結局晩御飯近くまで眠り続けていた。


 太陽が地平線の向こうに沈むころ合いに、拓郎は目を覚ました。ゆっくりと意識が覚醒し、大きなあくびを一つしたところで……自分が今どこにいるかを理解した。遊ぶ予定が寝ちまった! と拓郎は焦ったが、彼の後ろから聞こえてきたのは包丁の音。


「あ、拓郎さん起きてきましたね。あと少ししても起きなかったら起こそうと思ってましたがよかったです」「そうだね、あと少ししたら晩御飯になるからね。でも寝てても良かったけどねー、お目覚めのキスを唇にこう、ぶちゅーっと……うん、それは明日のお楽しみかな」


 穏やかなジェシカに、実際されたらいろんな意味で心臓の鼓動が早くなる奴を仕掛けようとしているクレア。拓郎は内心勘弁してくれと思いつつ、椅子から立ち上がる。


「今夜はバーベキューです。鉄串に肉と野菜を刺すスタイルで行く予定です。拓郎さんも、串に刺す作業を手伝ってもらえませんか?」「了解、目も覚めてきたから手伝えるよ」


 材料はもうほぼ切られており、後は串にさすだけの状態になっていた。流石に何もせずに晩御飯を食べるのは居心地が悪いので、拓郎は串に食材を刺していく作業を手伝った。材料を切り終わったクレアとジェシカも加わり、作業はあっという間に終わった。その後は炭(クレアが即興で作った物)でじわじわと焼いていく。


「あー、いい匂いだ」「ホント、お肉が焼ける匂いって本当にいいわよねー」「野菜もちゃんと食べなきゃだめですよ」


 食材が良い感じに焼けていくところを見て、三者三様の言葉が出る。そして焼きあがれば、当然かぶりつく。上品な作法など必要ない、こういった場では豪快に行く方がよりおいしいと感じられる物なのだ。


「ってか、この肉うますぎる! 野菜もすごく旨い! 普段食べてるやつとは全然違う!」「ここ特有の野菜だからね、本当に美味しいよ?」「お肉の方も、そんな野菜を食べた者たちの影響を受けていますからね。美味しくなるのも当然なのです」


 肉も野菜も、普段家で食べている物とは全く違う美味しさに、拓郎は驚きを隠せない。それと同時に、家で食べる今後の野菜が食えなくなってしまうのではないだろうか? という不安も覚える。そんな不安を覚えるほどに野菜がおいしいのだ。


「こんな野菜なら、野菜が嫌いだって言っている奴らでもかぶりつくよ!」「でしょうね、自慢の野菜だもの」「でも、出荷は出来ませんね。こんな野菜を世に出したら、色々と食通気取りが金をもって寄ってきそうですし」


 クレアとジェシカの言葉に、拓郎は素直に納得した。こんな野菜を食べてしまったら、もっと食べたいと大勢の人が押し寄せてくるのは想像に難くない。だから、ここ限定の野菜でいた方が良いのだろう、と。


「じゃあ、世界の富豪だって出来ない贅沢を今しているって事か」「あ、たっくんはそんな難しいこと考えなくていいよ」「そうですね、私達がしてあげたいからやっただけですし。逆にお金でこちらを叩けばなびくだろうなんて連中には絶対食べさせませんが」


 ──この二人相手に、札束でびんたする富豪がいたらそれはぜひ見てみたいものである。勇敢を通り越して無謀極まりない、自殺行為そのものでしかない。クレアもジェシカも、その気になれば一秒かからずその人間が地上にいた痕跡など無に出来るのだから。そして、二人はその様な攻撃? 行為をされたら躊躇せず実行するだろう。


 だが、そんな気配など微塵も見せず感じさせず、楽しい晩御飯の時間が過ぎていく。食べたら焼いて、そして食べる。焼き上がりを待つ間、様々な話をして盛り上がり、また楽しい思い出となる。その行為はまるで、一気に急接近する燃え上がるような恋ではなく、じっくりとワインを熟成させるような愛を紡ぐ為の時間のようである。


 クレアもジェシカも、急ぐ気はない。ゆっくりとじっくりと、拓郎と一緒にいられれば良いと思っている。その邪魔をする者が現れた場合は容赦しないが、そうでない場合は放っておく。拓郎という人間とこうしてたわいない話が出来るこの時間が、修行として拓郎の面倒見る時間が、愛おしくてたまらないのだ。


 正直、結婚にこだわる理由もない。そんな儀式を経なくても、拓郎がずっとそばにいてくれればそれでいい。でも、急接近すれば離れていく可能性が高い。だから、急接近するふりとして実際にはじっくりとゆっくりと……そしてガッチリと捉えて、一緒に人生を過ごしていきたい。


 文字通りの世界中を敵に回してもというフレーズの通りの事態になっても、ここに居ればいい。足りない物は作ればいい。作るだけの素材はここにあり、作るだけの技術はすでに己の中にある。だから後は、共に歩ける人がいればいい……それが、クレアとジェシカの考えだった。


 そんな二人の考えなど、拓郎は知る由もないし知るべきでもないだろう。そもそも知られることを、クレアとジェシカの二人は望んでいない。二人が望むのは、拓郎が自分の意思でずっとそばにいてくれる事なのだから。もちろんそうなればガッチリと捉えて逃がさないつもりでもあるのだが……


 晩御飯が終わったのは、すでに空に満点の星々が輝く世界が広がる時間であった。かなりの長時間、食事を取っていた事になる。もっとも、急がないのんびりとした食事であったことも原因だが。食事を終えた三人は串などの片づけを終えた後、再び椅子に座って空を見上げる。


「──そう言えば、こうやって星空を見上げるなんて、すごく久しぶりな気がする」


 日本での生活の中で、星を見るために顔を上げるなんて事をしたのは何時ぶりだろうか? 拓郎はふと思い、記憶をさかのぼるが……ハッキリとしたことは思い出せなかった。小さいころに見上げた事はあるが、それがいつだったのかは。


「私もそうね、こうやって星空を見上げるなんてここに来た時にしかしないもの」「世の中に身を置いていると、こういった時間は取れない事が多いですからね」


 クレアにジェシカも、拓郎の言葉に同意しながら星を見上げる。無数の星たちが輝き、美しい自然の芸術を作り上げている。


「明日からもまた頑張ろう。修行もバカンスも目いっぱいやらなきゃ、こんなすごい場所に連れてきてもらった意味が無い」


 拓郎の言葉に、クレアとジェシカは微笑んだ。それから一時間ほど……誰も何も言葉を発さないまま星空を楽しみ──そして、就寝した。今日はキャンピングカーの中での就寝だが、明日は家を組み立ててそこで寝る事になるのだという。明日も大変だなと思いつつ、拓郎は目を閉じる。夏休みを丸々使う修行とバカンスは、始まったばかりである。

何とか今日も書けた。

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