125話
さて、今まで特に書いてこなかったが……6月と言えば梅雨である。当然毎日のように雨が降っていたわけだが──拓郎は傘を使っていない。理由は魔法で雨避けをしているから。もっともこれは拓郎だけでなく一定レベルの魔法を使える人ならば誰もがやっている事であるが。拓郎のクラスメイトは皆、出来るレベルにある。
傘を持たないのが当たり前だったのだが、ある日の放課後。帰ろうとしていた拓郎の所に傘を持ったクレアが姿を見せる。
「たっくん、一緒に帰りましょ?」「あれ? 今日はずいぶん早いな……仕事は?」「今日はこの時間に帰れるように仕事を前もって済ませておいたから問題ないわ」
まあ仕事が終わっているならいいかという事で拓郎はクレアと共に帰ろうとしたが、クレアが待ったをかける。
「たっくん、魔法の雨避けはいったん禁止」「なんで? ああ、いや、理由は何となく察した。だが、それでも濡れる心配がなぁ」
そう、クレアは相合傘をやりたいのである。それを拓郎も察したのだ。しかし拓郎の頭の中ではなんで今更? という疑問符が浮かぶ。6月もあと少しで終わるというこのタイミングでやりたいと言ってくるのも少し引っかかる。クレアの性格ならば、もっと早くに声をかけてくるものだとばかり思っていたからだ。
「たっくん、なんで教えてくれないのよ。雨が降った日には、恋人は相合傘という素晴らしい事をしなければいけないという日本人の大事な事実を」「そんな事実はどこにもない」
周囲の下校していく生徒達は、拓郎とクレアのやり取りを生暖かく見守りつつ帰っていく。もはや見慣れた光景故、つまらない真似をするような者はいない。むしろカップルの生徒達は「今日は私達もやる?」「傘、持ってきてないぞ」などの会話をしながら帰っていく。
「じゃあしたくないの?」「付き合うのは構わないんだが、突然言われた上に謎な理論を持ち出されたから泡を食ったというのが正直なところであって」
と言ったやり取りを挟んだ後、結局は相合傘で帰る事になった拓郎。クレアが傘を広げると……拓郎は首を捻った。
「この傘、なんかおかしくないか? クレアが畳んでいた時にはここまで広がるとは思えなかったんだが」「ちょっとした仕掛けがあるのよ。私だってたっくんが雨に濡れて体を冷やすのは嫌だもの、そうならないための対策はちゃんとしているわ」
やたらと大きい傘だが、この大きさならば二人が入っても余裕である。今日は風もないため、横から雨が吹き込んできて濡れるといった心配もしなくていい。校門を出て、家への道を二人並んで歩く。
「なるほどねー、雨の音を聞きながら、こうして二人で一緒に並んで帰るというのはなかなかいい物ね。普段とは違う空間がある様な気がするわ」
クレアは上機嫌で雨の中の家路を楽しむ。拓郎も口にこそ出さなかったが、確かに普段とは違う感じがするというクレアの意見には同意していた。雨避けの魔法を使っていると、傘に当たる雨の音などは一切しない。ただ雨を左右に受け流して濡れないようにする物なので、こういった風情を感じるような雰囲気にはならない。
「傘を使ったのも久々な気がするなぁ。魔法の訓練も兼ねて、雨が降った時は雨避けの魔法をいかに低燃費で使えるかという事ばっかり考えていたから。こうしてたまには傘に当たる雨の音を聞くのも悪くないのかもしれない」
拓郎も、たまになら悪くはないかと思い始めていたが……作者は先ほど申し上げた。雨避けの魔法は一定レベルの魔法を使える人ならば誰もがやっていると。逆に言えば、傘を使っているというのは一定レベル以下の魔法の実力しか持ってないと見なされる事があるという話にもなる。そんな人を狙う馬鹿が残念ながらいる──そう、拓郎とクレアの前に突如立ちふさがった連中の様に。
「ようお二人さん、今の時代に相合傘とか洒落てるじゃねえか。あたし達にもぜひ体験させてくれないかねぇ? 魔法が上手く使えない苦しみって奴をさぁ?」
前に立ちふさがったのは6名の女性であった。その誰もがガラの悪さを隠そうともしない。先ほどまで拓郎とクレアが楽しんでいた風情の空気など一瞬で消えてしまった。
「金、置いていきな。痛い思いはしたかないだろう?」
雨避けの魔法を使って手には小さな炎を発生させる女性達。言うまでもなく脅しているのであるが──拓郎は内心でため息をついていた。
(雨避けの魔法も炎もすべてが雑過ぎる。とりあえず使えるから使っているだけで、より良くしようとかの努力をした痕跡は全くないな。しっかし、こういう連中は減らない。魔法という力に男女差はないからかもしれないが、こいつらの手慣れた感じからして、常習犯だろうな)
以前絡んできたうえに魔法による攻撃までしてきた連中を拓郎は思い出しつつ、目の前の女性たちを冷めた目で見ている。一方で──楽しい時間を邪魔されたクレアの視線は、ちょっとよろしくない感じになっていた。しかし、それを感じ取れるレベルに達していない女性たちは、拓郎達が何も言葉を発さない事から自分達に恐れを抱いていると判断した様だ。
「ま、この状況にビビってしまうのはしょうがねえ。でもよ、あたいらの我慢ってのもあんまり長持ちしないんだわ。早いとこ財布を出した方が賢明だぜ? そのきれいな顔を傷物にされたくなきゃな」
なんて言葉の後に下品な声で笑う彼女達。周囲の人達はこの場から必死で離れていっている。知らない人は自分がまきこまれないために。知っている人は自分の身を守るために。何を知っているかいないか? それはもちろん、拓郎とクレアという存在をだ。
「しょうがねえ、こっちが勝手にやるっ──」「いい加減してくれないかしら、おバカさんたち」
クレアの底冷えのする声が周囲に響いた。せっかく拓郎を相合傘に誘うために普段の何倍も頑張って仕事を片付け、ようやく念願の状況になれたのに……それをこんな連中に邪魔をされた。先ほどまでのいい雰囲気も壊された。ここまでされればクレアの堪忍袋の緒が切れるのも仕方がない。
相手も急激に変わったクレアの気配に気圧された。だが、直ぐに気を取り直す。多少の抵抗をしてくる奴は今までも何度もいた、今日もその類だろうと考えたからだ。言うまでもないが、この時点で考えが大きく間違っている。
「威勢は良い様だが、そっちは2人、こっちは6人。それに愛しの王子さまは怯えて声も出せない状況じゃないか。利口になった方が良いと思うがね? 一生体の内外に残る怪我をしてもいいのかい?」
そう口にした女性は、指先から雷を発生させ始めた。ここまでくれば立派な犯罪行為である。それを確認したので、拓郎も動くことにした。クレアに任せると、血まみれの凄惨な空間が出来上がる可能性があるからだ。
「王子さまって柄じゃないんだが……怯えていると言われるのは心外だ。一応言っておくが、今そちらのしている事は犯罪行為以外の何物でもない。一刻も早く魔法の発動を止めて立ち去ってもらいたい」
拓郎の声には焦りも苛立ちもない。ただ淡々とした雰囲気だけがあった。まあ、このレベル相手では緊張しろというのは、今の拓郎にとって酷だろう。むろん油断はしていないが。
「生意気な、お前ら少し痛い目を見せてやりな!」
その言葉と同時に女性たちは拓郎とクレアに魔法を放つ──事はできなかった。拓郎によって、魔法の発動自体を妨害されたからだ。あまりにも魔法のレベルと技術に差がありすぎて、完全に拓郎によって魔法を封じ込められてしまうまでに時間はたいして必要なかった。
「なんで、あたしの魔法が!?」「出ろよ、なんで出ないんだい!?」
女性たちは大慌てで何度も魔法の発動を試みるが、そのことごとくを拓郎によって潰されてしまうためその手からは何も現れない。そしてようやく感じ取った、目の前の男女が自分達とは比べ物にならないレベルの強者であるという事を。
「お前ら、ずらかるよ!」「できる、とでも?」
逃げ出そうとした6人を、拓郎が一瞬で拘束した。拘束に抵抗する6人だが、拘束はびくともしない。
「このまま警察署に連行させてもらう。魔法を使った犯罪は厳しい処罰が下るが、それはお前達の愚かな行為によるものだから同情なんかしない。報いを受けろ」
クレアほどではないが、拓郎とて楽しい時間を邪魔されたことには腹を立てていた。故に何の容赦もなく6人の女性を警察に連行した。警察署で正式に手錠も掛けられ、彼女たちは裁きを受ける事となった。蛇足になるが、彼女たちの刑罰は魔法封じとなった。今まで雨避けの魔法も使えない奴らと見下してきたレベルの人達よりも下の立場となった。
「まったく! 無粋な奴っていうのはああいう人の事を言うんでしょうね!」
せっかくの相合傘を邪魔されて、クレアの機嫌は悪くなっていた。雨が上がってしまったので、相合傘を続けられなくなった事もさらに機嫌を悪くする要因となってしまっていた。そんなクレアに拓郎は手を出しつつ──
「雨は上がったが、手を繋いで帰る事はできるだろ。あれこれ言っても仕方がない、今はこれで我慢してくれ」
という拓郎の行動でクレアも不満こそあれど、その矛を収めた。とはいえ流石に納得のいってなかったクレアは後日相合傘のやり直しを要求し、拓郎はそれをかなえた。その日は余計な邪魔が入ることなく、クレアは相合傘を十分に堪能する事となった。
インフルなどが流行っています。皆様お気を付けを。
自分も注意はしていたのですが、かかってしまったのかちょっと調子が悪いです。




