124話
試験中は特に何事もなく過ぎ、無事に終了した。それから5日後、上位40名が発表される。なお、この40名に拓郎のクラスメイトは含まれていない。あくまでこの成績発表は、夏休みの合宿に参加できる可能性が高いラインにいる人物の告知であるからだ。発表を見て、ごく一部で喝采と大多数からうめき声が上がった。
「よし、この調子なら参加できる!」「ぎりぎりだ、もっと頑張らないと」
上位30名内に入った生徒の声はこのような物。一方で31位から40位の生徒は……
「くそ、もっと頑張らないと合宿に参加できないのかよ」「今までの人生で全力を出して挑んだのに届いてねえ……もっと集中して勉強しねえとダメって事かよ」
と、焦りといら立ち交じりの声。そして発表内に名前がなかった大多数の生徒は……
「マジか、惜しいラインにすら入れてねえって」「間違いなく自己最高をたたき出したのに!」「時間は少ないけど、巻き返さないとダメだー!」
などの声を発していた。なお、学園全体でみると明確に成績のレベルが上がっており、教師陣からすれば嬉しい話となっていた。
「凄まじい影響ですな」「ええ、平均がここまで跳ね上がったのは教師を続けてきて30年の経験から見ても例がありませんよ。魔女による直接指導で合宿が行われるという影響は非常に大きいですな」「我々が頑張れと言うよりもはるかに効果が高い。ううむ、毎年のイベントにしたいところではありますが、魔人や魔女の先生方の都合もありますからなぁ」
事実、クレアの合宿の話が持ち上がって以降やる気を出して勉学に向き合った生徒はほぼ100%である。ごく一部の例外を除いて、皆が必死で今まで以上の努力を積み重ねた。だからこそ学園のレベルが全体的に跳ね上がった。魔女の直接指導を受けられる30人の枠という物がいかに生徒達のやる気を刺激しているかがはっきりと出た形だ。
「正直、私が学生時代にこんな報酬をぶら下げられたらものすごい勢いで勉学に打ち込みましたよ。魔法のレベルなど上がらなくなってからとうに久しいこの老骨ですら魔法の質が上がったのです。生徒達にとっては最高のチャンスですよ、将来の自分を良くするためのね」「それに関しては異議など申し上げようがありませんな。今までの指導で生徒たちは皆魔法に関する技術が別人レベルになっているのですから。生徒も教師も」
この教師の言葉は、学園全体の認識と言っていい。そしてさらに先に自分を押し上げれるチャンスが合宿という形でぶら下がっているのだ。そのが実の数は30個だけ。掴めるのは全体の1割以下しかいない。だが、掴めさえすれば将来は明るい。こんなイベントが自分の学生時代にあればと先生たちが羨んでしまうのも仕方がないだろう。
「色々な意味で期末が楽しみですよ。どこまでレベルが上がるのか、上位30名には誰が入るのか……更には合宿に参加した生徒達はこの夏でどれほど変わっていくのか。期末だけではなかったですな、楽しみなのは」「はは、仰りたい事は分かりますよ。皆ワクワクしてしょうがないですからな。心が躍るという表現がまさに合う」
生徒がどれだけ伸びるのか、想像がつかない。想像がつかないからワクワクして仕方がない。職員室にいる教師たちは皆、そんな心境である。生徒達が発奮してやる気を出す、そのやる気が萎えないように課題を与えて成長させる。それが実行できている事も合わさって、教師たちは皆やり甲斐を強く感じていた。
そうやって学園全体が興奮気味な空気の中、拓郎達のクラスだけが平常運転であった。もっとも、士気が低いと言う訳ではない。いくら参加が確約されているとはいえ成績があまりにもよろしくないのは頂けないので、皆それ相応の勉学を積み試験に挑んでいた。試験の結果が返ってきたが、誰もが平均を上回っていた。全体レベルが上がった今の学園の平均を、である。
「よし、テストの結果を返し終わった後の成績に対する短評だが──特に言う事はない、皆よく頑張った。この調子で最後の一年を過ごしてくれればこちらから言う事は特にない! このクラスは夏合宿が確約されているからさぼるやつがいるかもしれないとちょっと不安だったのだが、そういう事が無くてホッとしている!」
担任の言葉に、ちょっとした笑いが起きる。が、すぐに収まり、担当はそれを確認してから口を開く。
「が、油断は大敵だ。今が良いだけじゃなくこれからも良いでなきゃいけないのが大変な所だな。しかし、お前たちならできる、そうだろう?」
担任の問いかけに、誰もが頷いて応えた。担任もこの反応を見て一度大きく頷いた。
「お前たちの顔を見ればわかる、腑抜けた奴などいないってのがな。今後もこの調子で勉学にも励んでくれ。魔法の腕を磨く事も大事だが、勉学もおろそかにしないようにしないといけないからな。もっとも、そんなことは言われなくても心得てるってお前たちの顔に書いてあるがな……よし、では今日はこれで終わりだ。明日からは通常の授業に戻るんだが、魔法の訓練をしたいのであれば参加して行ってくれとクレア先生たちから言葉を貰っている。参加するしないは自由だが、まあお前たちなら行くよな? 教師陣も行くぞ、この年になっても魔法を鍛えれば上達するって事が良く分かっているからな!」
そして全員欠けることなく訓練場へと向かい、普段道理の訓練をこなすのであった。なお、この日の訓練に参加しなかったのは体調があまり優れなかった数名の生徒だけ出会った事を追記しておく。そして夜──
「去年の中間試験とは比べ物にならない熱気だ、って言っておく」「そうらしいわねぇ、他の先生達からも『よくぞあの合宿に30人枠を追加してくれました、ありがとうございます』って感謝の言葉もひっきりなしに飛んできたもん。やる気を出させる起爆剤になっちゃってたみたいね」
クレアとしてみれば、拓郎を過剰な嫉妬から守るための策でしかなかったわけだが。それでも感謝されれば悪い気はしないという物である、狙った行為とは全く違った要因であったにしても。
「教師の皆さんは、来年も合宿を受け持ってもらえないかとジャックさんやメリーさんに打診してましたねぇ。実際ここまで熱気が上がるのであれば、続けたいという考えは理解できますが……後はジャックさんとメリーさん次第ですからね。私が強要する事ではありませんし」
と、ジェシカが補足を入れてくる。そして魔女2人の言葉を聞いた拓郎が口を開く。
「まあ、学園の先生の気持ちもわかる。やる気を他者に出させるってのはすごく大変だからなぁ。それを確実に近いレベルで出させる事が出来る方法があるなら、それを続けたいって考えになるのは当然だろうし。むろんそれをやるにあたって、適切な指導者である魔人や魔女の先生を用意しないといけないというのが最大の壁なんだがなぁ」
むしろ、どの学校、学園だって魔人や魔女の先生が指導してくれるならもろ手を挙げて歓迎するだろう。だが、そんな教育に携わる魔人、魔女なんてそうそう見つかるわけもない。ジャックとメリーは長く生きて人生が退屈になってきたから引き受けたというのが真実であり、そんな感じで魔人や魔女が話を引き受けてもいい気分の所にオファーを出すというのは非常に難易度が高い。
「ま、物を教えようなんて考えを持つ魔人や魔女なんて本当にレアケースだからねぇ~。ジャックとメリーはそういう点では実にレアな人物よ。それに学園の生徒も真面目に熱心に取り組むっていう人物ばかりだからあの二人はあそこに留まってるだけだし。サボる奴が増えたら即座に辞めちゃうでしょうね」
クレアはジャックとメリーをそう評した。拓郎もサボる奴が多くなったらやめるだろうという部分に対してしょうがないだろうという感想しか出てこない。教える側にやる気をなくさせるような行為を取りづつけるならば、その機会が失っても当然だろうと。
「ま、それは今後は行ってくる生徒次第だな。俺達にはどうしようもないし」「そうですね、流石にそこまで面倒は見切れません。後の事は後の人達が考える事ですから」
そんなやり取りの後、多少の雑談を挟んでこの日は就寝。無事に中間試験を終えて、普段の学園生活が再び始まる事となる。
いつも読みに来てくれる皆様、ありがとうございます。
拙い作品ではありますが、コツコツ続けていきます。




