118話
それから数日後、この騒動は拓郎達を含めた学園の生徒達も知る所となった。学校からの発表もそうだが、SNSでもこの件は広がって炎上が止まらない。該当の学校への非難はもちろん、今後あの学園が門を開く日は来るのか? もし来なければどれだけの差がつくのか。そして入学、編入を狙うべきなのかといった議論も活発化していた。
さらに来年の入学希望者が既に殺到しているというニュースも駆け巡っていた。もはやあの学園に入れるか否かでその後の人生が天国と地獄にはっきりと分かれるという意見まで飛び交う始末。もはや情報に殺気と怨念が取りついて飛び交っているような事態となっていた。
「とんでもない事態になったなぁ。とはいえ原因はこちらじゃない訳だし……馬鹿な事さえしなけりゃこんなことにならなかったのによ」
この日のお昼休み、スマホでSNSによる炎上を確認しながら雄一がぽつりとつぶやいた。その言葉には何と言うか、ただただ疲労感がにじんでいた。
「なんでSNSに上げちゃうかなぁ、ってのは同意だよ。そりゃあ驚いたってのは分かるよ? でもそれを撮影して、ネットの世界に上げちゃったら流石にダメだよねー。顔はさすがにモザイク入れてたけど、うちの学園だって事は分かっちゃうんだから特定が簡単すぎるよ。プライバシーの侵害ってものを一切考えてないよね」
珠美もげんなりとした表情を浮かべながら呟いた。さて、そんな話の中心にいる拓郎はというと──
「何にも考えてなかったんだろうな。もっとも、今度はそちらが特定される番だが。ただ、ここ数日で家の周りに妙に人がうろつき始めたってのは明確に感じるな……とんでもない事をしてくれたよ、こいつは」
拓郎の言葉通り、拓郎を特定した連中が拓郎にちょっかいをかけようとうろつき始めていた。そして今現在進行形で、護衛の魔人魔女に物理的に排除されている真っ最中である。命はとっていないが、十分なお話と説教が行われている。暴力? いやだなぁ、あくまでお話と説教です。背後にちょっと炎とか氷とか雷とか浮かんでるかも知れないというだけで。
「それ、流石にヤバいだろ? 警察は?」「ああ、必要ない。仔細は省くけどさ……そいつらはそのうちいなくなるさ。連中は大いに自らの行動を後悔した後に二度とやらなくなるだろう」
拓郎は依然一回だけ出会って、ファミレスで会話したあの魔人の事を思い出していた。彼らはすでに動いているだろうと確信している。あの手の連中をのさばらせておいたら、絶対クレアの逆鱗にそのうち触れると分かっているから。
「対策はあるって事ね?」「ああ、その辺は大丈夫。仔細は省くけどな」
仔細は省くと拓郎が二回言ったので、雄一も珠美も、そして密かに聞いていたクラスメイトもここは聞かない方が良いんだという事を自然と察した。察せない奴は生き残れないとも言う。何せ、温厚な姿しか見せていないとはいえ──拓郎にべったりなあの魔女はクレア・フラッティ。
指名手配されてこそいるが、それは実質誰もがどうしようもないから関わるなという警告のために出されている事など世界中の人の常識だ。そんな存在と付き合っている伴侶である拓郎にろくでもない事をすればどうなるか、想像したくもない。だからこそ、拓郎が濁したところは基本的に聞かないのがすでにクラス内における掟の一つとなっている。
「そんな事より、中間テストは大丈夫なのか? ここで赤点取ったら、夏休みの訓練参加がヤバくなるぞ? SNSよりそっちの方が、俺達にとっては難敵だと思うがな」
拓郎の言う通り、中間テストが迫ってきていた。ここで赤点を取ったら追試、その追試でも赤点を取れば──まあ、よろしくない事になるなど誰でもわかるだろう。学生ならばみなまで言うなと口をふさぎたくなる気持ちを抱える事だろう。
「もちろんだ、流石に高得点とは行かなくてもそれなりには点が取れるだろうから赤点にはさすがにならないな」「私も雄一君と同じ感じかな? 赤点のラインからは余裕をもって離れている事が出来そうだよ」
と、雄一、珠美の返答。この言葉は事実であり、雄一や珠美だけでなくクラスメイト全員が余裕をもって赤点を回避できるだけの学力を備えている。名前の書き忘れやケアレスミスさえなければ問題は一切ない状態と言えるだろう。
「そうか、ならいいさ。せっかくの夏の魔法合宿なんだ。クラスメイトが赤点で参加できないとなったら流石に寂しいからな──ならば言い出した俺が赤点を取らないように勉学に励むか」
拓郎の成績も中の上ランク。赤点を取る心配はほぼないが、念には念をと入れておくことは悪い事ではない。
「それが良いぜ、まあこのSNSで炎上している連中はテストどころの話じゃないだろうけどなー」
雄一の見ているSNSには、例の学校からの脱出を図る生徒達が多数か? という見出しがついていた。もはや日本中がこの件に注目していると言っていいだろう。面白半分で騒ぎ立てているわけではなく、日本の科学魔法の前進を大いに阻んでくれた大問題という面で。もはや学校そのものが消滅するのでは? とすら言われている。
実際こんな問題を起こした学校に入りたいと思う中学生がいるか? という事を聞けば全員が首を横に振るだろう。科学魔法のレベルが高いか低いかで将来を左右される情勢である以上、そのレベルを上げる事が難しくなってしまう学校に入りたいと思う学生などいやしない。そうなれば学校は廃校するほかなくなる。消滅するというのは決して大げさでも何でもないのだ。
(SNS上の行動一つで一生消えないデジタルタトゥーを背負ってのは何度も言われて来たけどよ、これほどわかりやすい例はないだろうぜ。今後教科書のいい例として載りそうだな)
などと雄一は感想を心の中で思った後にスマホをOFFにした。これ以上見ていても今の所目新しい話は見つかりそうになかったからだ。
「しかし、一か月の合宿は楽しみだよねー。もちろん厳しい所も多いんだろうけど、楽しい事もいっぱいありそうだよねー」
一方で珠美がそう発言したが──そこに拓郎がこう口にした。
「一つだけアドバイスだ、カレー以外で最低一つ、何か料理ができるようになっておくことを強く勧めるぞ。連日カレーは辛いだろう? だから何かしら料理が出来ると大いに役に立つはずだ。何せ一か月も過ごすんだからな」
拓郎の言葉に、クラスメイトは素早く反応する。まずはお互いに何かできる料理はあるか? という確認から始まり、徐々に表情が暗くなっていく。
「拓郎! 料理を教えてくれ!」「ちょっと私も自信がない! 次の休みで集まって料理教室を開いてくれない!? もちろん材料費と講習料は払うから!」「料理出来ないと確かにやべぇ!? クレア先生の事だ、絶対自分で食べるものは自分で作れとか言ってくる!」
と、クラスメイトが拓郎の所に殺到する事に。なので拓郎が最初に確認を取った。炊飯器を使わないで米を炊けるのはどれぐらいいるんだ、と。
「それって、飯盒とか釜でやるって事だよな……」「やべえ、自信がない」「やり方は分かるけど、実際にやって問題なくできるかどうか……」
と、大半が自信がない、やり方は分かるがやったことは無いという返答だった。まあ、これは無理もない。彼らを責めるのは酷というものだ。何せそんなことをする機会などそうそうないのだから。
「そうか、ならまずはそれが出来るようになるようになるべきだな。米が長ければおにぎりにして具を変えるだけでも味の変化はつけられる。そこに味噌汁もつけられればなお良しだが──まずは米を炊けるようになろうか。米が炊けてサラダが作れれば、ひとまずの飯にすることはできる。どうだろうか?」
拓郎の提案に、なるほど、それならばなんとかできそうだとか、確かに米が問題なく炊ければかなり安心だなどの声が行きかう。こうして次の日曜日に、突如料理教室が開かれることとなった。
昨今のSNSは恐ろしい所です。
下手に個人情報に繋がる様なものを乗せるのはやめましょう。
すぐに特定されて大変なことになりますから。