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117話

 その日の夜、インターネット上でのある掲示板にて……先日の拓郎の一件がばらされていた。人の口に戸は立てられぬとは昔から言われている事だが、インターネットが一般普及している今日、その拡散速度は加速度的になるのは当然の事だろう。流石に拓郎の名前は出ていなかったが、とんでもない物を見たという事だけはしっかりと書かれている。


 そのうえで掲示板の反応は、冗談だろ? が七割。盛りすぎ、が二割五分。残りはいや、まさか、でも……という半信半疑と言った所だろう。しかし問題がある。それは学園の訓練内容を一部だけとはいえ、不特定多数が見ているネットの海に情報を流してしまった事だ。機密というには開けっぴろげではあるが、それでもネットなどに流す情報ではない。


 ──ゆえに、学園の対処は早かった。最初の書き込みから書き込んだ媒体を割り出した。書き込んだ他校の生徒は翌日追い出されて己が母校へと強制的に帰還させられることとなった。学び、それを母校に伝えるのは構わないが、ネットという不特定多数が見る場所に個人的な情報を流したのは許さないという事である。


 この生徒にとって不幸だったことは、来てからまだ一日しかたっていなかった事である。せっかくの抽選倍率を勝ち抜いて学べる機会を得たにもかかわらず、その機会を丸々どぶに捨てる事となったわけだ。まあ、当人の認識の甘さが招いた結果なので、不幸と表現するのは間違いかもしれないが──当人にとっては不幸としか思えなかった。


(ネットへの書き込みぐらい、別に構わないだろうが。生徒の名前や学園の名前だって出していないのに、この処分は重すぎる)


 と、当の本人は考えている。だが、その考えは甘い。今の時代、大体の情報があれば住所を割り出してしまう人間などごまんといるのだ。そしてその内容の一部分と、行われていた行為のとんでもなさから考えれば──翌日の掲示板は『ガチだと思う』『あの学校なら、魔女がいるからありうる』『あの学園だろ? まず間違いない。書き込んだ奴は書かなかったが、授業の内容からしてあの学園の可能性は高い』と変化していたのだ。


 更にその翌日、母校に帰ってきた生徒を見る目は冷ややかだった。無理もない、少しでも技術を学んで帰還し、その技術の情報から自分達の魔法を鍛えるためのトレーニングに活かす事を目的としているのに、ネットに不用意な書き込みをしたために追放を喰らってこうしてすぐに帰ってきてしまったのだから。


 その居心地の悪さと、当人にとっては理不尽な処分に腹を立てるという感情が渦巻く中──この帰ってきた生徒のいる教室に担任と一緒にこの学校の校長先生が入ってきた。そのただならぬ雰囲気に、誰もが自然と静かになる。そして教室内を見渡した校長先生は、例の生徒がいる事を確認すると、口をゆっくりと開いた。


「さて、本日授業を始める前に皆さんにはお伝えしなければならない事があります。本日のお昼に重要な放送があります。それを決して聞き逃さないようにお願いします。私はこの後全てのクラスに同じことを伝えて回る予定です。今日だけはお昼休み中は静かに待機してください。以上です」


 としゃべり終えた校長先生は、このクラスの担任に「では、後はいつも通りの流れでお願いします」と言い残して教室を出ていった。ただ事ではない雰囲気だったが、担任が私語を慎ませたためにその場ではそれ以上生徒達は話し合いをすることは無かった。異様な空気が流れる中、ついにお昼休みを迎えた。


 普段とは全く違う静かな昼休み。生徒達は昼食を取りながら静かに放送を待つ。そしてお昼休みに入ってから五分後、ついに放送が始まった。


『えー皆さま、この学園の校長を務めさせていただいてる者でございます。本日は皆さんに重要なお話がございます。どうかよく聞いていただきたい』


 学校の全ての教室が静まり返る、その静寂さは不気味さすら感じるほどのモノであった。すでにすべての学年にこの学校から例の学園に行った奴が向こうを怒らせて早々に返されたという情報は広まっており、その事がらみだろうという予想は誰もが自然と行っていた。


『では。今魔法訓練にて魔人、魔女を迎えて有名となっている例の学園ですか……その学園から発表がありました。それは今後しばらく他校の生徒の受け入れを行わないという内容でした。すでに抽選結果が出て内定している生徒までは受け入れるが、そこから先の新規の抽選は当分行わないという事です』


 例の追放された学生がいる教室は、誰もが自然と例の学生に目を向けていた。もちろん凍えるような視線である。例の生徒は居心地が悪くなるだけでなく、拓郎達が通っている学園に対するいら立ちをより募らせた。ここまでやり込めなくても良いだろうと。そんな彼の感情など当然誰も察しないまま、校長先生からの放送は続く。


『抗議はかなり強い物でした。わが学園内にて学ぶのは良い。学んだ事を伝えるのもまた学び故そこも否定しない。しかし、インターネットという世界に訓練内容を書き込み、個人の特定を容易くする行為は断じて許しがたい。そのような行為をさせるために、こちらは門戸を開いたわけではない。過剰な魔法訓練の差を埋めるために門を開いたのだ、と』


 拓郎の通っている校長先生の言葉は事実である。クレアは元から有名だから横に置いておくとしても、拓郎はそうではない。それに加えて、有名人相手だからと言って何でもかんでもネットに書き込んでいいと言う訳でもないのだ。それは常識であり、人としての節度。それを、当の生徒は理解していなかったのだ。


『今後科学魔法の差が大幅に隔たりを得てしまったとしても、切っ掛けを作ったのはこちらではない。それを忘れないでいただきたい、と巨大な鈍器をこちらに叩きつけるかのような重さで非難をうけました。もはや取り付く島もないでしょう……今内定している生徒は一学期までの範囲です。その後、向こうは受け入れの窓口を固く閉ざすことになります。これは損失などという言葉では表せないダメージとなるでしょう』


 反論は、なにもない。どよめきなども一切ない。この学校を今支配するのはただただ静寂のみ。誰もが口を開くことなく、押し黙る事となっていた。


『そして、私も責任の一つとして、本日をもって校長の役職を辞する事となりました。むろん私の首一つで済む話ではありませんが……最低限それだけでもしなければならないという事です。今後皆さんの学業を支える立場には戻れませんが──どうか生徒の皆さんの先に、素晴らしき道がある事を祈らせていただきます。以上で放送を終わります』


 放送が終わった後も、しばらく誰も何もしゃべらなかった。こんな形で校長先生がやめるという事の衝撃もあったが、向こうが相当に怒っている事を痛感したからだ。もはや自分達が魔法が伸びる期間、あの学園は門を開かないだろうという事は誰もが直感的に理解する事になった。直後──


「どうしてくれんだよお前!」「責任どうとるのよ! 取れないわよね? こんな大事に責任なんか取れるわけがない! 今後ネットでこの学校がどう書かれるかなんて分かったもんじゃないわ!」「少なくとも、俺達の未来は真っ黒かもな……巻き添えを受ける形でよ」


 原因を作った生徒に多くの生徒が詰め寄るが、彼ら、彼女たちも分かっていた。責任なんか取れっこない、と。ここまで事が大きくなれば、もはやどうしようもない、と。まさにネットに書き込んだ一滴が、大きな波紋となってしまった。その波紋が津波となって、本人の所に帰ってきた。もはや逃げる事も避ける事もかなわず──


「こんな事になるなんて、思わなかったんだよ……」


 当人が精いっぱい絞り出して口にした言葉が、それであった。そう、誰だって自分の行為が大事になるなんて思わない。むろん大事になる様に計画した事などは別だが。ネットに書き込んだことだって、面白い物を見たから書きたかっただけ。そしてネット上で盛り上がりたかった、当人にとってはそれだけだった。


 しかし、そうはならなかった。まわりまわって大事になってしまった。今後、例の学園の門戸を閉ざした者として一生消えないデジタルタトゥーを彼は背負う事になってしまった。その恐ろしさを、ようやく例の生徒は思い知ったのだ……もちろんもう手遅れ以外の何物でもないが。


「どうして、こんな事になったんだ……」


 肩を震わせ泣き出す彼だが、声をかける者はいない。もはや彼だけでなく学校そのものが悪役にさせられる可能性すら高まっている。生徒の中には一刻も早く転校する事を考える生徒も現れ始めていた──こうしてこの日より、この学校は壊れ始めた。もっとも、拓郎達がそれを知ることは一切なかったが。

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何か目立つことをして注目を浴びたかった。 その結果自分を含めた周囲にどんな悪影響を及ぼすかまで考えず、軽率な行動を引き起こしてしまう。 「こんな事になるなんて、思わなかったんだよ……」 このセリ…
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