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116話

 そんな時間も終わって昼休み。まあ、当然ながら拓郎は話の中心となっていた。クレアが訓練中ずっとしがみ付いていれば、注目を浴びないというのは無理難題という物だ。


「クレア先生、ずっと拓郎君にしがみついてたよね」「でもよ、いちゃつくって感じじゃあなかったな。むしろ不安?」「あ、俺も感じた。なんと言うか小さい子が必死で助けを求めているような感じで」


 付き合いがそれなりに長くなってきたクラスメイト達は、クレアの行動が不安から来ることを感じ取っていた。なので、話の中心となっている拓郎だが話しかけられずにいるという妙な形になっている。拓郎にとっては助かる形ではある。


(なんにせよ、今日の帰宅後はクレアのケアが必要かもしれない。明日もこのままでは流石に困るしな)


 昼食を食べつつ、拓郎は今夜の予定を考える。なんだかんだ今まであったが、クレアには世話になっている。ならばクレアが困っている時はこちらからも手助けできるところは手助けするべきだろう、という考えになるのは自然な事だろう。それから午後の授業の時間となり、大きな問題は何一つ起こらず放課後の時間を迎える。


「今日は以上だ、特に大きな連絡事項もない。気をつけて帰る様に」


 と、担任の言葉にしたが、クラスメイト達はそれぞれの帰途につく。もっとも拓郎が校門付近まで歩を進めると、当然のようにクレアとジェシカが待っていた。


「じゃ、帰りましょう」「ああ」


 クレアの言葉に小さく頷きながら拓郎は返答を返した。それからしばらくは無言での帰宅となったが、たまりかねかねたかのようにクレアが口を開いた。


「今日の事、聞こうとしないね」


 クレアの言葉に、拓郎は悩んだ。どう返答すればいいのだろうかと。言葉は思いつくのだが、どうしても口に出てこない。どれもこれも返答としてふさわしくないようにしか思えなかったからだ。そんな無言な拓郎に対してクレアはさらに口を開く。


「迷惑かけちゃった事に対して、怒ってるのかな?」「いや、そういうんじゃないんだ。そういう事で口を噤んでいたんじゃないんだ、ただ、上手く言葉にできなくて」


 クレアからの言葉に、拓郎はそう返答を返す。それから少し間をおいて、拓郎が再び口を開く。


「夢ってのは、経験したことに大きく左右される物だろう……今はこうしているけど、クレアはいろいろと──ジェシカさんもか。人が生み出す汚いもの、辛い物、反吐が出るもの、そういったもの今までの人生でいっぱい、いっぱい見て来たんだろう? 自分の意思など関係なく否応なしに。そういったつらい経験が切っ掛けとなった悪夢なら、俺が何を言っても薄っぺらい慰めの言葉にすらなれないと思ったらな……」


 言葉がまとまらないのなら、正直に本心を打ち明けるしかない。そう考えた拓郎は素直な心の内を明かす。


「俺はそういう物をまだ見ていない。見ていない人間が見てきた人間に対してあれこれ言ってもさ……それは何の重みもない価値のない言葉だろう? そんな言葉なんてかければかけるだけ、クレアを空しくさせるだけになると思うとどうしても何も言えなかった」


 拓郎の本心からの言葉に、気がつけばクレアは拓郎を抱きしめていた。


「そっか、うん、たっくんはそう考えたんだね。でも、たっくんはあんなもの見なくていい、知らなくていい。心が歪んだだけではない、他者の理不尽な苦しみにこそ喜びを見出すようなクズな連中の愚かな行為なんて……あんな連中が人間だなんて、私達だって思っていない。人の姿をしただけの異物よ」


 クレアの悪夢はそういった物だった。人の形をしただけの異物に、拓郎が玩具にされる夢。その夢の中で自分はとてつもなく無力で、その恐怖は、その悲しみは、そして何よりその怒りは目を覚ましても忘れる事などできようもなかった。だからこそ、拓郎が今ここに問題ない五体満足な姿でいる事が嬉しかった。


「もちろん、あの連中が私達に手を出してくる可能性はゼロだとは断言できない。でも、私がたっくんを絶対に守る。あんな連中にいいようにされる未来なんて、絶対認めない」


 クレアが見せる涙に、拓郎も気が付く。だからこそ拓郎はクレアを抱きしめる。


「ならば俺がクレアをサポートしつつ自分の事も守れるようにならないとな。そのためにも、訓練を頼む。俺だって、自分の無力さに泣くあの日の事を繰り返したくないんだ」


 拓郎も幼い時に血まみれのバスの中で何もできなかった記憶が強く焼き付いている。あの時以上の無力感を感じる事などご免被ると考える点では、クレアが見た夢に似通った点があると言えるだろう。


「私を忘れないでくださいね。私だって戦えるんですから──私達は孤独じゃないんです。共に手を取り合って困難に立ち向かえる得難い存在が、こうして存在しているんですから」


 ジェシカが拓郎とクレアの二人を同時に抱きしめながらそう囁いた。このジェシカの言葉に拓郎もクレアも大きく頷いた。俺達は、私達は孤独じゃないと再認識する事が出来たのだ。そして、クレアの不安が和らいでいく。


「そうよね、夢は夢よ。もしあの夢が正夢になろうとするなら、私達でぶっ飛ばせばいいだけの話よ」「そうだな、その通りだ」「もちろん私もぶっ飛ばすのに手を貸しますよ。ろくな連中じゃないんでしょうし、心を痛めずに消し飛ばせるでしょう」


 ようやく本来の調子を取り戻し始めたクレアの言葉に、拓郎とジェシカは合わせる。実際、困難からは逃げるか戦うかしかできないのだ。ならば戦うだけだ、となるのはクレアの質からして自然な形だ。そもそも逃げられる状況などなかったクレアの人生──そんな運命にあぶられ続けた彼女の中に、逃げるという意識はとうに無いのだが。


「ならたっくん、明日からの訓練はさらに難易度を上げるわよ?」「むしろ望む処って奴だな。今年の夏にレベル9になるためにも、自分という器をできるだけ大きく、かつ頑丈でしなやかな物にしなければいけない。限られた時間を最大限に活かさなければ、最終目標のレベル10なんて届かないだろう?」


 などのやり取りの中に、すでに陰鬱な空気はなかった。そしてその日の夜、クレアは悪夢を見なかった。



「まあ、何とかなった感じだな」「ああ、それは分かる。クレア先生の雰囲気がいつも通りに戻ったからな」


 翌日の昼休み、拓郎と雄一、珠美の何時もの3人は昼食後の雑談をしていた。


「うん、クレア先生がいつも通りに戻ってよかったよ。それだけで雰囲気がずっと明るくなったもんね……その一方で、拓郎君への攻撃にクレア先生まで混ざったから、訓練内容はかなり引いたけど……」


 珠美の発言の通り、この日の訓練はいつもの生徒達に囲まれて攻撃魔法を浴びるという訓練にクレアからの攻撃が混じった。言うまでもないが、加減をしてもクレアの魔法の威力は生徒達とは比べるのもおこがましい威力の差がある。それを見切って適切な防御を行わなければ、今の拓郎であっても大怪我は免れる事はできない。


「そろそろ次の段階に入る頃合いってのは言われていたからな。事前に訓練内容は聞いていたから問題はなかった──あくまで俺は、だが。周囲の驚愕の雰囲気は、嫌って程伝わってきたけどな」


 クレアの行った攻撃内容を鑑みれば、それは当然だろう。爆発魔法に貫通力の高い氷魔法。触ればただでは済まないと一目でわかる雷撃魔法にその音から恐怖を掻き立てられる風魔法。魔女の魔力を持って振るわれるそれらが、拓郎に降り注いでいたのだから。そこにさらに生徒達十数名が打ち込む魔法も追加されるのだ。普通の人が見れば念を入れに入れた殺人行為でしかない。


 が、それらを拓郎はきちんと捌ききって見せた。怪我を負うことなく、訓練時間終了までずっと魔法の防御を切らすことなく。この結果に、今度は拓郎に対してドン引きしたのは1年生と2年生。彼もまた化け物と呼ばれる存在なんだとばかりにひきつった表情を浮かべるばかりであった。


「拓郎が他校の生徒から化け物扱いされるのは火を見るより明らかだよな」「まあ、普通の人じゃ生き残れないもんね。拓郎君の目指す所を考えれば普通の感覚じゃ絶対たどり着けないからなんだけど、他校の生徒はそんなこと知らないだろうしねー」


 この雄一と珠美の言葉通り……拓郎は他校の生徒に正真正銘の化け物扱いされることになる。今までも化け物扱いを受けていたが、魔女の攻撃すら受け切った事でそれがさらに加速した形となる。クレアはきちんと拓郎が受け切れる範疇で加減していたのだが、そんなことを他校の生徒が認識できるはずもない。  

こうして噂に尾ひれと背びれが付き、更に羽が生えて飛び上がっていくのは当然の流れだった。

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