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111話

製本作業が大体終わったので再開です

 それから数日は何事もなく過ぎていった。拓郎の学校に通う生徒達は普段通りに熱心に魔法を訓練し、真面目に授業を受ける。そんな普通の日々であったのだが──ある日、拓郎達が3時限目の授業を受けていると外から救急車のサイレンの音が聞こえてくる。何かあったのか? と拓郎達は首を捻ったが授業中という事もあり、授業に戻っていく──普段ならば。


 最初に聞こえたサイレンの音から、ひっきりなしにサイレンの音がやまないのだ。流石にこうなると学生だけでなく教師だって集中できない。当然情報を仕入れる事になるのだが──


「拓郎君、すまない。校長室に向かってくれ。君の力が──必要になる様だ。回復魔法使いとして、協力してほしいという要請が入ったそうだ」


 教師の言葉に、拓郎は校長室へと向かう。そこですでに待っていたクレアとジェシカに手短に説明を受ける。学校から数キロ離れた場所で玉突き事故が発生。更にバスが混じっている影響で多くの人が怪我を負った。原因は赤信号で止まっている所に大型トラックが突っ込んだこと。大型トラックの運転手は──


「飲酒の疑いあり、か」「今のご時世で、昼間からお酒を飲んで運転とか終わってるわよね」


 大まかな情報を得た拓郎は、クレア、ジェシカと共に移動を開始。もちろん普通に走る様な事はせず、最初に大きく跳躍する形で空を駆ける形となる。これにより現場へ到着するのに一分もかからなかった。そして現場だが──油のにおい、血液に含まれる鉄分の匂いが漂っていた。


 すでに警察や消防隊が到着しており、何とか車の中にいる人々を救出しようと行動していたが、玉突きによって体を圧迫されてしまった怪我人も多く、下手に動かすとクラッシュ症候群を発生しかねない状態に手をこまねいている。クラッシュ症候群についての説明は調べてほしいが、対処を間違うと後遺症や最悪死ぬ可能性がある事がある、厄介な話だ。


 そして拓郎が呼ばれた理由がまさにこれだ。クラッシュ症候群を発生させないように回復魔法をかけてもらい、出来る限り安全に救出するために援護を頼みたい。回復魔法に長けている拓郎の存在はすでに警察も消防も知っており、今回の事故の被害をできるだけ抑えるためには協力を頼むしかないと判断が下されたのだ。


「では、私が回復魔法をかけ次第、皆様が救出するという事で?」「それで頼む。事態は一刻を争う。すまないが君の力を貸してほしい」


 現場にいた消防隊の体調から説明を受けて、拓郎は最初に応急処置となる回復魔法を行使。その後は被害者の痛みを一時的にマヒさせながら、消防隊やクレア、ジェシカの救出に合わせての適切な回復魔法を掛けていく。被害者たちも一時的に痛みを麻痺させられたことで精神的に楽になり、救助はスムーズに進み始めた。


「こちら、そろそろ限界です!」「了解、そちらに向かう! 何としても救いだす!」


 あちこちから声が飛び、拓郎は状況を見定めながら必要な回復魔法を使い分けつつ救助の支援を行う。そのおかげで一人、また一人と車の中から救出が進み、救急車に乗せられて病院に運ばれてゆく。バスの方もかなりのけが人が出ていたが、今の拓郎にとってその怪我人全員を癒す事は難題でも何でもなかった。


「助かった、ありがとう!」「腕利きの回復魔法使いがいるってのは、こういう事なのか……」「生きている事が信じられねえ──俺は死ぬんだって、薄れていく意識の中で持っていたんだが」


 救出され、回復魔法を受けたことで余裕が戻ってきた被害者の中には拓郎に感謝を述べる人、回復魔法の価値を再認識する人、生還した自分の事がまだ実感できていない人など、それぞれの反応を示す人々の姿があった。そんな人々を横目で確認しつつ、拓郎は回復魔法をかけ続ける。結局すべてが終わった時に、時計は午後の2時を軽く回ってしまっていた。



「急な要請に応えてくれたことにまずは感謝する。君のおかげであのような酷い玉突き事故であったにもかかわらず数多の命を救い上げられた。君がいなかったならば、何人の死者が出たか予想がつかない。本当にありがとう」


 と、その後事故があった地点から最寄りの警察署の所長室にして拓郎は警察署長を始めとした数人の警察官から頭を下げられていた。なお、その前に拓郎達は警察署長のおごりという形で昼飯を食している。


「いえ、こちらが力になれたことは喜ばしい事です。日々の訓練が役に立ちました」


 拓郎はそう口にしたが、後ろに立っているクレアとジェシカは満足そうに頷いていたことを拓郎だけが知らない。更に──


「学生とは思えない回復魔法だった。所長が救援を要求したときには学生にあんな凄惨な現場を見せるのかと思ったが──事が終わった今、所長の判断は正しかったと痛感している。ありがとう」


 と口にした男性警官が改めて頭を下げてきた。この男性警官の言葉は、現場にいた警察官のほとんどの本音であった。それを代表して彼がその事を口にした、それが礼儀だと考えるが故の発言であった。


「そこよ。たっくんの回復魔法の実力を署長さんが知っているのはいいわ。でも回復魔法使いなら、警察だって在籍させていたはずよ? 何故たっくんに頼むことになったの?」


 このクレアの発言は最もだろう。拓郎の様にとびぬけたレベルではないにせよ、回復魔法使いは警察にも一定数在籍している。応援を呼ぶならばそちらに声を掛けるのが普通である。にもかかわらずなぜ拓郎に声がかかったのか? このクレアの問いかけに警察署長が返答をするべく口を開いた。


「おそらくあと少ししたらニュースとして全国に報道が行くだろうから伝えておこう……本日午前9時47分、愛知県を中心に災害が発生した。その災害を最小限に抑えるべく、警察の特別チームはそちらにかかりっきりだ。回復魔法使いももちろん総動員されている──故に、こちらに回せる余力がなかったのだ」


 この言葉に顔を見合わせる拓郎、クレア、ジェシカ。クレアが視線で所長にもう少し詳しく話してくれないかしら? と問いかけて署長は頷いて応えるべく口を再び開く。


「地震等の自然災害ではない──魔法による災害だ。どこかの馬鹿が、日本を経由して魔造生命体を輸送していたらしい。しかし、その魔造生命体は何らかの影響で暴走。現在も暴走し続けている魔造生命体を抑え込むべく戦闘が継続中という話が入ってきている」


 魔造生命体。聞きなれない言葉を聞いた拓郎に、ジェシカが補足を入れてくる。


「拓郎さん、魔造生命体自体は違法ではありません。ただ、魔法で疑似的な生命体を作るのは難しいという事は感覚で分かっていただけると思います。故にその製造は厳しい管理下の下でのみ行われ、国に必ず届け出なければなりません。この決まりに例外はないのですが──」


 歯切れが悪い話の終わり方をしたジェシカの後をクレアが受け継いだ。


「いつの世も、そういう決まりを破って金のため、自分の都合、復讐なんかの理由で非合法な事をする馬鹿は減らないって事よ。しかし、魔造生命体の不法製造はここしばらくなかったのに……どこの馬鹿がやったのかしら。作られた方はかわいそうだけど……暴走してしまったらどうしようもない、か」


 クレアの声には、魔造生命体の不法製造を行う者への侮蔑の色が濃く浮かんでいた。無理もない、彼女自身がそうやって生み出されてしまった不法魔造生命体を何体もその手で葬ってきた。生み出されてしまった側に罪はないのに、理不尽に殺される定めを背負わされるのはあまりにも悲しい。


 故にクレアは必ず、魔造生命体の不法製造を行ったものを血祭りにあげてきた。勝手に生み出されて、ただただ製造者の都合だけで暴れまわる事を強いられて殺されてしまった魔造生命体の無念を少しでも晴らすために。だからこそ、今回もこんな馬鹿をやらかした人物は血の海に沈めると心の中で決めている。


「本当に、どうしようもないのか? 暴走してしまったら本当にダメなのか? 助ける手段はないのか?」


 と、拓郎は口を開く。だが、それにはクレア、ジェシカ、そして警察官の皆が首を振った。


「拓郎君、君の言葉は分かる。我々とて手があるならば彼らには穏やかな姿に戻ってもらいたい。しかし、大抵こういう不法に作られた彼らは元から暴走する事を前提としている事が多いんだ。人で言うなら感情の喜怒哀楽から、喜と哀と楽を取り去って怒りだけで狂うように作る事など──良くある話なんだ」


 署長が言葉を発した後に、その現実が悔しくてたまらないと言わんばかりに歯ぎしりをする。その所署長の姿を見て、拓郎は現実を知る。そんな存在がいたこと自体拓郎にとっては驚きだが──さらに残酷な現実に殴られたかのような衝撃を受ける。


「そうね……これも勉強よ。たっくん、その暴れている魔造生命体を見に行きましょうか。残酷な現実を知る事もまた、大事な事。辛いものを見る事になるだろうけど、勉強と割り切ってもらうわ」


 この発言に署長は驚愕するが、ジェシカの「私と姉さんが守りますから」と言われれば反論など仕様がない。魔女二人が守るとなれば、流石に魔造生命体でも何もできずに終わる事は理解できる。


「拓郎君、この魔造生命体が暴れたという事は秘匿してほしい。ニュースになったとしても、その点だけは報道されない。魔造生命体に関することはまだ機密な所が多い。君に話したのは多くの命を救ってくれたことに対する敬意と、信用だ。それからこのタイミングで言うのは少々あれだが、今回の救援に対する報酬は数日以内にそちらに支払う。これは規則故、受け取ってもらいたい」


 署長の言葉にうなずき、その後警察署を後にした拓郎達。警察署を出てからクレアが口を開く。


「じゃあ、行きましょう。これも現実よ、目を背けないでね」


 そこからは3人とも無言で愛知県を目指す。そこで待つ現実──拓郎は、受け止めきれるのかと己の中で自問自答していた。

愛知県の方ごめんなさい。愛知に恨みがあるわけじゃないです。

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