その11
「タク! 俺レベル3になったよ! 信じらんねえ! 確かに目標とはしてたけどさ、本当に行けるなんて思わなかった! 親にも連絡したら、すげえ喜んでた!」
夏休み目前、最後の検査にて拓郎の友人である雄一が大声で自分のレベルが3に到達したことを報告してきた。
「やったじゃないか、雄一。大きな目標を一つ達成できたって訳だ」
拓郎の言葉に雄一も、今日は祭りだ! と訳の分からないほどにテンションを上げている。まあ、彼の喜びっぷりは無理もない。一般的な考えからするとレベル3に到達するのは一種の壁であり、就職にも有利になる大きな材料となる。彼が腐らない限り、将来は約束されたようなものだ。
「マジか、あいつレベル3になったのか」「やっぱりクレア先生の授業はすごいって事だよね、私達も大半が2になってるし」「その成長率が原因で、他のクラスの連中から凄まじい嫉妬の目で見られてるからな……」「でもクレア先生は他は一切見ないって宣言してるらしいよ」「だからますます、なんだよなぁ」
雄一の喜ぶ姿を見て、口々にクラスメイトはあれやこれやと今までの授業に関する感想を口にする。こうしてレベル3になる人物が現れてくると、当然俺も私も続いてやるとクラス全体が気合を入れる。いい意味で、クラス内での競い合いが生まれているのだ。
そんな話で盛り上がる中、普段は科学魔法の授業以外に顔を見せないクレアがジェシカを伴って教室に入ってきた。どうしたんだろうと生徒たちは思ったが、とりあえず席に着く。クレアに逆らっても碌な事にならない、そう言う事も彼等は十二分に学んでいた。なので、彼等はとりあえずクレアが現れたら大人しくするという行動に自然と移るのだ。
「ちょっとごめんね、どうしても連絡しておきたい事があるからちょっとだけこうやって時間を貰って出てきました。夏休み中に君達が科学魔法に関して気を付けておかなければいけない事があるのよー、ちゃんと聞いてね?」
クレアの言葉に、生徒達はお互いの顔を見合わせる。クレアはそんな彼らが多少落ち着くのを待ってから、再び口を開く。
「普通の先生が言う、科学魔法を悪用しちゃいけない云々って話じゃないわ。むしろ、そんな悪用した生徒を私が見つけたら──生き地獄という物はこういうものだと言う事をたっぷりと教えてあげちゃうわ」
クレアの言葉に、拓郎を除いたクラスメイト全員が凍り付いた。この人は、やると言ったら絶対やる。故に、この瞬間ちょっとした火遊びを考えていた人間も含めて、誰もがただ首を縦に振る事しかできなかった。まあ、このおかげで道を踏み外すかもしれない可能性を持った人物がそうなる未来を回避する事になったので、その点はクレアのファインプレーと言えなくもない。
「さて、私の言いたい事だけど。夏休み中、科学魔法をあまり使わずに過ごしてくださいって話ね。もちろん、何らかのトラブルで使わないと己の身を護れないという時は別だけど、極力使わないようにしないとダメ。イイかな?」
訓練しろ、ではなく使うな、という指示。夏休み中も自主訓練をしようとしていた生徒も多数いたため、このクレアの言葉にはざわめきが生まれた。そんな中、一人の女性生徒が手を挙げた。
「先生、一つ質問を許してください。何故科学魔法の使用を止められるのでしょうか? 夏休み中に自主訓練をしようと考えていたのですが……」
学校外でも科学魔法の練習のために存在する施設は複数あり、そこに通うつもりのせいとは多数いた。いや、この学校のクレアが受け持ったクラス以外の生徒はほとんどが通う事を決めていた。同じ学校の一つのクラスだけが科学魔法のレベルをすさまじい勢いで上げた。当然、それを指をくわえてみてなど居られなかった。
なので、夏休みという時間を生かして何が何でも食らいついてやるという空気があった。施設側は例年以上の申し込みに、てんやわんやしていたりする。受け入れられるギリギリの募集があったからだ。熱心な子が訓練に来ることは毎年ある事だが、それにしたってここまでの人数にはならない。何が起きているのか分からない人達は、この状況に混乱気味である。
「うんうん、勤勉な子はそうすると思ったから、こうしてやっちゃダメって言いに来たの。もちろん理由はちゃんとあるわ。厳しい授業を選んだ君達は短期間で、大幅に科学魔法のレベルが上がったわよね? 周囲の人達と比べれば、それは歴然だって分かって貰えてるはず」
クレアのこの言葉に、クラスメイト達はとりあえず頷く。否定するところなど、欠片もないからだ。
「でもね、今の君達の体はひたすら走って走って走り続けた状態にあると言えるの。だから夏休み中は休まなきゃダメ。むしろここでしっかりと休む事で、夏休み明けの訓練でまた力を身に着けて行けるのよ。だから、夏休み中はできるだけ科学魔法は使わずに休んで欲しいのよ。休まずに訓練したら、体がオーバーヒートして悪い影響しか出ないから。最悪、せっかく上げたレベルが下がるわよ?」
クレアの言葉に、クラスメイト達はそう言う理由かと納得した。周囲に比べて一気に科学魔法のレベルを上げてくれた実績があるクレアが言う事なのだから間違いない、という信じられる理由もあった。が、ここでさらに一つ手が上がった。
「先生、質問があります。夏休み休まなければならない理由は理解しました。そして質問なのですが、夏休みが明けた2学期以降の訓練でレベルを更に上げられる可能性は俺達にあるのでしょうか? 拓郎ほどではないにしろ、俺もどこまで行けるのか確かめてみたいという願望があります」
男子生徒からの質問に、クレアは頷いた。
「そうね、ちゃんと訓練をまじめに受ければ……大半の子が3は行くわ。4に届く子もいる。やって損はない、そう思ってもらえる事だけは保証するわよ」
クレアの返答に男子生徒は満足げに頷いて「ありがとうございました」とクレアに返答を返した。
「じゃあ、他に質問はないかな? 無いならこの連絡プリントを渡しておくからちゃんと親に見せるよーに! このプリントが嘘だって親から言われたら、校長先生に言いなさい。この一件に関しては嘘偽りないって言ってもらえるようにしてあるから」
そうして、プリントが配られる。その内容はクレアが言った通りであり、夏休み中に子供に科学魔法の訓練を強要してはいけない理由も添えられていた。更に、この件が嘘だと思うのであれば校長に問いかけてみよという点もしっかり明記されていた。
「じゃあ、これで私の用事は終わったのでばいばいするねー」「先生、ごめん! 悩んだんだけどやっぱり聞きたい事があります!」
クレアとジェシカが教室から出て行こうとしたとき、珠美の声が教室内に響いた。クラスメイト全員の視線が、当然珠美に向く。クレアが珠美に質問する事の許可を出すと、珠美は質問を口にする。
「拓郎は夏休み中どうなるんでしょうか? 誰よりも厳しい訓練を受けている事は私達全員が知っていますが、クレア先生やジェシカ先生が近くに居る拓郎は夏休み中も先生たちの元で調整を受けながら訓練をするんでしょうか? それとも私達と一緒で休むのでしょうか?」
──珠美の質問は、ある意味クラスメイトが気になる事のトップクラスの質問であった。故に、クラスメイト達の心は珠美、よくぞ聞いてくれた! という思いで一つになっていた。
「あ、聞きたい? 気になっちゃう? そうよね、やっぱり気になるよね。じゃあたっくんが今後どうなるかですが……私達と旅行に行きまーす!」
一気にテンションが上がったクレアを見て、ジェシカと拓郎がマズイ!? と思ったがクレアの口は止まらない。
「旅行に行って、いろんなものを見て、より開放的になって~……やっぱり行くところまで行っちゃいたいなーって。とっても楽しみなのよね、あははっ♪」
行くところまで行っちゃいたい。それが何を意味するかなんて、この歳の人間なら当然分かる事で……クラス内は一気に大きなどよめきが起きた。一方で拓郎はジェシカに「旅行に行くなんて初耳なんだけど!?」と目で訴え、ジェシカは「私も初めて聞きましたよ!?」と拓郎に目で返した。その後、二人で頭を抱える。
「あ、もちろん君達は行っちゃダメよ? 君達はまだ学生なんだから。たっくんは私が責任とれるからいいけど、君達はそうはいかない。だから愛する人がいてもきちんと適正な所で踏みとどまってね? おねーさんとの約束だゾ?」
一方でクレアはテンション高いままで、そんなことまで口走った。火に油を注ぐとはまさにこのこと──クラスのあっちこっちで、あれやこれやのひそひそ話を隠しもせずに多くの人間が始めてしまう。その流れに置いて行かれたのは拓郎とジェシカの二人。当然ものすっごく居心地が悪い
(あのバカクレアー!!!! なんてことを言ってくれちゃってんだ!)(姉さん、流石にこれはビーンボールにも程がありますよ……大騒ぎじゃないですか)
こうして夏休み直前に爆弾なんて生易しいレベルの表現では足りない特大の発言を残して、クレアとジェシカは立ち去った。当然その後拓郎にあれやこれやの質問の雨あられが来たことは言うまでもない。拓郎にとって波乱しかない夏休みが、すぐそこまで来ていた……