109話
翌日、投稿してきたソフィアは少し憔悴して見えた。それに気が付いたクラスメイトがソフィアに対して心配するのも無理はない話で。しかしソフィアは『悩みが解決する方法が見つかったのだが、その方法が厳しい。しかし他に道がないから頑張るしかない』と言った感じの話をクラスメイトに話していた。
(なるほど、彼女も覚悟を固めたか。痛みを踏み越えて前に進もうという気概を感じる)
ソフィアの話を聞いていた拓郎は、ソフィアが残りの時間を全て勝利する可能性を掴むために使うのだと理解した。ならば、その可能性を彼女が掴むためにも協力できるところは協力しようと密かに決めていた。彼女が抱えている事情を知ってしまった以上、見過ごすのはどうにも落ち着かないという感情もある。
この日の科学魔法の訓練の時間にも、ソフィアの変化が見て取れた。拓郎に対して今まで以上に激しい魔法攻撃を仕掛けてくるようになったのだ。まさに5分以内に自分の魔力を全て使い切るという勢いで。当然拓郎はそれらを全て無効化したうえでそれ以上の攻撃を返していた。その密度は明確に他の生徒とは違うため、2人の間に何かあったか? と勘ぐらない生徒はいない。
結局ソフィアがぼこぼこにされて訓練時間は終わるのだが、その後休憩をしているソフィアの下に野次馬が集まってしまう。なぜあんなに激しくやりあってるの? という疑問を周囲が持ち、事情を知りたいという感情を抑えられないからだ。だが、そんな野次馬に対してソフィアはこう告げるだけだった。
「私は、もっともっと強くなりたいんです。だからこそ、より激しく攻撃しますし反撃も受け入れています。皆さんだって、少しでも上達したいからこの普通じゃない訓練を受けているんでしょう?」
この言葉を聞けば、他の人もそりゃまあそうだなと納得するしかない。実際、拓郎を相手にした訓練は実を結んでおり、学園全体の科学魔法レベルの向上に繋がっている。拓郎と同学年の3年生はもちろん、2年生にも多大な影響を与えている。日がまだ浅い1年生は参加できる人数こそ少ないが、参加した生徒のレベルはすでに1上がっている。
効率よく経験を積み、嫌でも強くなれるのが拓郎との魔法訓練だ。拓郎が行ってくる魔法の反撃方法の嫌らしさは確実に向上しており、それらに対処できるなら並の成人魔法使いを相手取っても問題なく逃げる事はできる。下手をすれば学生なのに勝ててしまう可能性すらある。だからこそきついし、訓練が終わればみなへとへとになるのだが。
「そりゃ、まあ、な」「実際、拓郎君は容赦ないからね。でも容赦ないからこそ訓練になっているわけだし」「むしろ手加減したら、クレア先生から魔法が放たれて拓郎先輩に飛んでいきそう」「クレア先生、訓練に関してふざけた真似は絶対許さないもんね。でも、それも当然だけど……ふざけてやってたら、時間を無駄にするだけだもの」
などと各々が口にしながら訓練に戻っていく。拓郎も当然これらの会話を聞いてはいるがいちいち口をはさむような真似はしない。それに、また参加する生徒が入れ替わった以上、訓練を再開させなければいけない。自分にとっても周囲の生徒にとっても時間の無駄は許されない。そうして、大勢の生徒から放たれる魔法を防御しながら反撃する訓練に戻る。
そして放課後、拓郎やソフィア、クレアにジェシカは再び昨日と同じ場所に集まっていた。時間が惜しいとばかりに、再び訓練に入るソフィア。そして再び腕を切り落とされる。すぐさま拓郎が腕の結合に掛かる。
「いい? 腕を落とされたという時点で相手の剣の受け方が間違っているという事を体に叩き込みなさい。私は決して貴女が防げないほどの威力や速度を出してはいない。にもかかわらず腕を落とされて激痛を味わうのは貴女が自分の体の力を引き出しきれていない証拠。剣技はもちろん、相手を見るという事がまだまだできていないの」
治療の時間を使って、クレアがソフィアに事実を淡々と伝えていく。
「正直、このまま剣技を教えていても時間の無駄ね。たっくん、その治療が終わったら一回彼女と殴り合いなさい。もちろんソフィアちゃんもたっくんに殴り返していいわ。防御だけに徹しろとは言わない。でもたぶん、たっくんが一方的に殴り続けるだけになると思うけど……ま、一回やってみて頂戴」
教わる立場であるソフィアは反論など一切せず、黙って受け入れた。腕の治療が終わり、問題なく動くことを確認したソフィアは拓郎に格闘の訓練をお願いすると告げる。拓郎も応え、お互いが向き合った状態で構える。
「それじゃ、始めなさい」
クレアの言葉に従って、先手必勝とばかりにソフィアが前に出て拓郎に拳を振るう。しかし、拳は空を切る。そのまま何回も拳を振るうソフィアであったが、拓郎は全てを無力化して一切のダメージを受けていなかった。そろそろいいか、と拓郎は判断し──ソフィアにカウンターのストレートを見舞う。
このストレートがソフィアの頬を捕らえ、軽い炸裂音を周囲に響かせた。だが拓郎は止まらず、左右のワンツーを基本としたボクシングに近い形でソフィアに拳を振るう。ソフィアは一転して防御に専念する事を強いられるが、その防御ですら拓郎の拳はすり抜けてソフィアの頭部や腹部にダメージを与えてゆく。
しばらくその様子を見ていたクレアが「はい、そこまで」と宣言。拓郎はすぐに手を止めたが、ソフィアは防御態勢を取ったまま、しばし動けなかった。やがて静止が入った事に気が付いたソフィアがゆっくりと崩れ落ちていく。拓郎が与えたダメージを治癒している間に、クレアの指導が入る。
「たっくんは一切魔法を使っていなかったわ。でもここまで一方的やられた理由は分かる? 技術だとかそういう事が理由ではないと貴女ならわかる筈よね? これが、貴女の剣技が伸びない理由の一つ。貴女はどうしても剣にばかり気を取られている傾向が強い。でもそれでは相手のフェイントや動きについていけない。一歩下がって相手の体全体を見なければ、いつまでたっても進歩しないわ」
クレアの言葉を聞いたソフィアは、思い当たる節があったようで項垂れていた。
「たっくんはそのあたりの事はもうちゃんとできるからね。でなければ周囲を囲まれた状態で魔法に対する防御と反撃なんてできるわけないから。まずはこの物の見方が出来るようになることを覚えないと話にならない。なので、ちょっと順番を変えてたっくんとひたすら組手ね。たっくんは全力で殴り倒してね。そうしないと覚えられないから」
こうしてこの日はひたすら拓郎がソフィアをぼこぼこにし続けるという、何も知らない人からしてみればDVなんて言葉が生易しいレベルの光景が繰り広げられることとなった。ソフィアがノックアウトされるまで拓郎は攻撃を行い続け、ノックアウトしたらソフィアを回復させるという……まあ、その、一種の拷問か? と行けるような状況であった。
「まだいけますか?」「もちろん、です。少し、何かを少し掴めて来た気がします。それが気のせいか、本当に掴めたのかを確認するためにもお願いします」
ソフィアからの返答を受け、拓郎は再び拳を握った。自分自身もクレアやジェシカにしごかれたからこそ分かったことは数多い。故にその時の記憶を思い返し、ソフィアとの手合わせに生かすためにはどうするかを考えながらこの日はひたすらソフィアとの手合わせを行った。訓練終了時にソフィアは疲れ果てていたが──
「クレア先生が言っていたことが少し、分かってきた気がします。また明日、よろしくお願いします」
と、その表情は明るかった。ソフィアが立ち去った後、拓郎はクレアに「指導方法はこれでよかったのか?」と確認を取った。クレアからの返答は──
「そうね、問題は無いと思うわ。意図的にしっかり見てないと対処できない攻撃を適度に織り交ぜて、経験を積ませていたから。あと数日ぐらいたっくんと殴り合わせれば、たぶん覚えてくれるかなー?」
と帰ってきたので、拓郎はほっと一安心。こうして、数日程拓郎とソフィアが組み手をする日々が続くこととなった。




