108話
翌日の放課後、さっそくソフィアの訓練が始まったのだが……開始してから数分後、クレアによってソフィアの右腕が切断されていた。
「はいたっくん、ソフィアちゃんの腕をくっつけてね。ソフィアちゃん、そんな剣技じゃド素人以外勝てないわよ?」
クレアがソフィアに課した訓練はすべて実戦形式。むろん合間合間に理論を挟んだ授業は行うが、基本的にほぼすべての時間を実践方式にしてひたすら経験を無理やりに積ませる形をとった。当然、ソフィアの剣技を鍛えるために使われる武器も真剣。故にソフィアは腕を飛ばされる結果となった。
「まずは痛みを和らげる、その後に接合するからな。暴れるなというのは難しいかもしれないが、何とか耐えてもらう」
拓郎は拓郎で、斬り飛ばされた先の腕をすぐに回収し他の血に切断面を手早く消毒。細胞を活性化させて接合の促進を行っている。むろん接合時に血管や神経と言った重要なものがきちんと正しく繋がるように最大限の気を使っている。いかに素早く患者の苦痛を取り除く事が出来るかというのが、この時間における拓郎の訓練内容である。
「どうだ? これで問題なく動くと思うが」「──大丈夫、です。すごいわ……ほんの数分できちんと奇麗にくっついている。手を動かしても痺れとかがない。このレベルの回復魔法使いが学生だなんて、言っても信じてもらえないでしょうね」
拓郎の確認に、ソフィアは賛辞を交えながら正常につなげられた腕動くことを告げる。拓郎は一度頷いて下がり、クレアがソフィアに立つように促す。
「時間がない以上、あまりに下手な行動をした場合はさっきのように腕や足を切り飛ばして痛みで分かってもらう事になるわ。それが嫌なら少しでも早く覚える外ないわね。せめてあと1年時間があればこんなことをしなくてもいいんだけど、時間ってのはいつも足りないものなのよね」
そうして再び、剣技と魔法が入り乱れたクレアからの攻撃をソフィアが必死で防御するという状況が再開された。そのタイミングで、ジェシカが拓郎に話しかける。
「先ほどの縫合、見事でした。どうでしょう、やってみた感覚としては」「大丈夫です、痛みを止める。切断個所の消毒と活性化、そして縫合。全てがイメージ通りに出来ています。後は以下により素早く、かつ常に平常心で出来るかという所だと思います」
ジェシカからの腕の接合処置に関する回復魔法の感覚に対する問いかけに対し、拓郎は今の所は問題なし、あとはより迅速に回復できるように、そして冷静に処置できる様になっていくべきであるという自分自身に対する課題も口にした。
「そうですね、そこが回復魔法使いが一番苦労するところです。戦闘中、周囲が騒がしい中での治療、迅速かつ冷静に行動しなければならない場所での活動は今後多くやって来るでしょう。ここでの訓練もまた、あなたの未来に役立つでしょう」
拓郎に告げながら、ジェシカはソフィアを見る。クレアの課した訓練内容は苛烈だが、残された時間を考えるとこれしかないというのはジェシカも同意見である。この訓練を乗り越えられなければ、彼女は何も守れない。心が折れた時点で、彼女の未来も一緒に折れる。が、乗り越えられたなら──
「世の中ってのは、常に不平等だってのは分かっていたつもりだった。だが、分かっていたつもりでしかなかったことも痛感しています。俺と違ってソフィアさんは、生まれた直後からあまりにでかい荷物を背負わされていた。彼女だけじゃない、いろんな人がいろんな荷物を背負っている。それに比べれば、俺は実に恵まれているって事をここでまた痛感してるんですよ」
と、拓郎は正直な心の内をジェシカに打ち明ける。が、拓郎もまだ理解が甘い所がある。災厄とまで言われた魔女の抑え役として存在することを世界から決定づけられた事実は決して軽くないし、拓郎もまた重い荷物を背負わされた人間である。が、当人にとってその荷物は何に負担にもならないから、意識していないに過ぎない。
拓郎にとってクレアはすでに大事な存在であり、師である。なので拓郎にとってクレアとは災厄の魔女ではなく、頼れる姉さん的な感覚となっていた。時々とんでもない事をするが、それもまた愛嬌の一つであると捉えている。このことを世界の人々が知れば、あの災厄を相手にそんなことを思えるのは心が広いのか頭のネジがぶっ飛んでいるのかと言われる事になるだろう。
そんな状況を拓郎は恵まれているのだとと言った。その言葉に、ジェシカは喜びを覚えていた。多くの者から一方的に拒絶され、その人生に同行するものは孤独と絶望だけだと思われていた姉と慕う人物が、こうして極東の国で幸せを掴んでいる。拓郎がいれば、姉が孤独の海に涙をこぼして溺れずにいられることはとても素晴らしい。
「そうですね、クレアお姉さまもそういった運命の下に生まれてしまった方でした。お姉さまは何も悪い事をしていないのに、周囲が勝手に恐れて忌諱して呪詛を吐く。そんな状況に幼い頃から晒され続けてきたと聞いています……ですが、過去は変えられなくても未来を変えられる可能性は常にゼロではないのです。ソフィアがその未来を変えられるか否かの今がまさに瀬戸際という物でしょうね」
絶望のまま一生を終えると思われていた姉が、拓郎という人物との出会いを経て今は教師としての信を集める人生へと変わった。重い荷物を背負って生まれても、その荷物を分け合ってくれる人物と出会えれば。荷物を置いていける機会が得られれば。未来を変える事が出来るチャンスに繋がっていく。
だが、チャンスは待ってくれない。掴むべき時に掴めなければ一瞬で消えてしまう。掴めるときに、全てを投げ打ってでもつかめるか否かがその先を左右する。大きな成功を収める者は、そういった機会に掴みに行ったからこそ成功という未来を得たのだ。むろん掴みに行っても必ず成功するわけではない。沈んでしまう者も当然いる。
だが、掴みに行かなければその先の可能性は閉ざされる。そして、大半の人はチャンスに気が付かないままチャンスを逃し、掴んだ者を羨むのが世の中である。しかし、クレアも拓郎も、そしてソフィアも全力で掴みに行った。ソフィアの未来が変わるのかはこれからの経過次第だが──彼女の未来が変わる可能性は、ゼロの門にまだ閉ざされてはいない。
そして1時間後、ソフィアの訓練は終わった。結局今日だけで彼女は腕を6回、足を3回切断された。それらはすべて拓郎が接合したが──彼女の精神には多大なダメージが残った。むろんそれらも拓郎が出来る限りの処置を行っているが、どうあがいても無くすことはできない。自分の四肢を切り裂かれる事によって刻まれる痛みは生半可なものではないのだから。
「今日はここまで。もし心が折れたのならば、定めた時間にここに姿を現さない事。その時点でこの訓練は終了、私達も協力を止めます。ですがまだ戦えるのなら、心が折れていないと牙を向けるのならば来なさい。苦痛と苦難に見合っただけの力を貴女が掴めるようにしてあげるわ」
クレアの言葉を聞いたソフィアは、少しふらつきながらこの場を後にした。その背中は精魂尽き果てた人間のそれであり、多少ふらつくだけで歩けているのはソフィアの地力だろう。彼女を見送った後、拓郎は口を開く。
「明日以降、来ますかね?」「どうかしら? 来なければそれぐらいの覚悟だったって事。私はそれでもいいのよ、ただ──折れないのなら鍛えてあげるだけ、ここの教師としてね」
拓郎の言葉に対するクレアの返答。その後は3人とも帰宅する。晩御飯を食べて風呂に入った後、拓郎は今日おこなったソフィアの四肢の縫合から得た経験を振り返りながら魔力を練る訓練を行う。クレアはジェシカと一緒にこの日ソフィアに課した訓練を振り返り、もし明日以降来るのであれば、どのように負荷をかけて鍛えていくかを話し合った。翌日、彼女は来るか否か……どちらでも良い様に各自が過ごしていた。