107話
この日の夜、ソフィアは拓郎、クレア、ジェシカに己の置かれている状況を電話で伝えた。学園の不特定多数の耳がある場所では話ずらい内容だったからである。なお、拓郎側はスピーカーモードで聞いている。
「そういう事情があったのか……」『黙っていて申し訳ありません』「まあ、言い出しずらい話ではあるな。そこら辺を理解できない程馬鹿じゃないつもりだが……で、肝心なのはこれからだ。来年の4月に決闘をするという事は分かった。で、残り時間は1年もない。これらを鑑みて、クレアとジェシカさんの意見を聞きたい」
拓郎からの話に、口を開いたのはジェシカだった。
「まず、ソフィアさん。私に迷惑云々などの気遣いは必要ないですよ。むしろ知らないまま決闘が行われてしまう方が私としては嫌ですからね。さて、それはいったん置いておいて──貴女の今の実力と、話を聞いただけではありますが貴女の決闘相手との実力を考えると、今の力では間違いなく負けるでしょうね。勝率は良く見積もって5%あるかないか、無謀の域でしょう」
このジェシカの予測に、電話の向こうでソフィアは崩れ落ちていた。信じている人物が5%というのだ。自分の見積もりがあまりにも甘すぎた事実に打ちのめされている。しかし、だからと言って打ちのめされているままでは終われない。背負っているのは自分の家全員の未来なのだ。いつまでも絶望に打ちひしがれている時間はない。
「その状況から来年の3月までに50%、どうなるか分からないというレベルにもっていくには……クレア姉さん、どれぐらいの実力を持つことが目安とみますか? 私ではまだ甘くなってしまう可能性があるので姉さんに判断してほしいです」
ジェシカの言葉を聞いたクレアは、少しの間「んー、そうねえ」と考えてから口を開いた。
「レベル6は必須ね。もちろん中身がスカスカのレベル6では意味がないわ。そのうえで剣術、体術を磨いたうえで挫けない精神力も求められるわ。欲を言えばレベル7に到達してもらったうえで、様々な応用を覚えてもらわないと50%の勝率の壁は破れないように感じたわ」
レベル6は必須、その言葉にソフィアの顔が曇る。今の彼女のレベルは4、そろそろ5になりそうだとは言われているがまだ4。そこから1年も残っていない時間で科学魔法のレベルを最低でも2上げないといけないというのは、一般的には絶望的話である。言うまでもないが、レベル1から3に上がるよりもレベル4が6に上がる方が難易度がはるかに高い。
「だから普通にやってたんじゃだめね。半死半生ぐらいまで追い詰めて、なおかつ生き残るぐらいの修行っていうレベルの訓練をしなきゃ届かないわね。逆に言えば3月までそういう訓練をすれば届くだけの素質は貴女の中にあるとも言えるのだけれど」
クレアの発言の後、しばしの沈黙が訪れる。だが、決断を下すのはソフィアだ。クレアが半死半生と口にした以上、生易しい訓練では済まないことは間違ない。それでもなお足を前に踏み出すか、それともここで止まるか。その決断を下すのは他でもないソフィア自身なのだから。そしてしばし後、ソフィアが口を開いた。
『やります。私の肩に乗っているのは私一人の運命ではありません。家に関わす数多の人間の命と明日が掛かっているのですから……やります、レベル7を目指して試練に耐え抜きます』
電話越しでもわかるソフィアの決意を固めた声。それにクレアとジェシカは頷いた。
「いいわ、ならばその言葉を信じましょう。それに、貴女はまだ運が良いわ……たっくんというレベル8の回復魔法使いが近くにいるのだから。どんな大怪我をしようが、貴女は死ぬことは無い。たっくんの回復魔法の腕も私とジェシカが保証するわ、何せ実践も経験済みだからね」
クレアの声に、電話の向こうのソフィアの声が驚きの声を上げたのが聞こえた。決して大きな声ではないが、拓郎の歳で回復魔法の実践を経験している例はあまりない。今まで何度も繰り返してきた回復魔法使いの少なさだが、拓郎のようなレベルの回復魔法使いとなるとその数は相当に希少になってくる。
「明日から、放課後の時間を使ってちょっと特別な場所で訓練を開始するわ。言っておくけど、死ぬ覚悟で来なさい。その上で死なない意地を見せて頂戴。それぐらいできなければ、貴女の望みは叶わない。もっとも、聡い貴女の事だからそれぐらいはすでに理解しているでしょうけれど」
このクレアの言葉にソフィアが同意し、ソフィアからの電話が切れる。スマホを仕舞った拓郎は、クレアに向き直る。
「どういう訓練をするつもりなんだ?」
拓郎の質問は当然だろう。死ぬ覚悟で来いというのだ、他ならぬクレアが。生半可な訓練ではない事は簡単に分かる。ソフィアの事情も分かって心のわだかまりも解けた拓郎が心配するのも当然だろう。
「ひたすら実践、それしかないわ。剣も真剣を使うわ、腕の1本2本切り落とすつもりだし。そんな痛みと苦しみを乗り越えるしか、短期間での無茶なレベルアップはできない。正直、相当な無茶を通すことになるのだから大変よ。でも、それを望んだのがほかならぬ彼女だからね。こちらは願いを可能にするべく、相応の試練を課すことしかできないわ」
腕の1本2本も、別に今日調節へ依然と言い切ったクレアに、拓郎はいろいろと思うところがないわけではない。が、それでも残り1年もない以上それぐらいやらなければ届くわけもない事もまた理解できている以上反論などできようはずもなかった。
「なるほど、そうなると俺の仕事は傷ついた彼女の体を十全に回復する事か」「そういう事。正直、彼女の心が壊れる寸前まで追い込む予定だから……そこで壊れるか、自分の殻を破って飛翔できるかは彼女次第。せめてあと1年あれば、こんな無茶をしなくてもいいのだけれど」
──クレアとて、そんな試練を課すのは本音ではないという事が漏れ出す言葉が混じった。その事に拓郎は安心する。
「拓郎さんにもクレア姉さんにも負担をかけてしまいますが、よろしくお願いします。まさか過去に関わった子が、こんな重りを背負っているとはさすがに分からず……」
ジェシカがそう口にするが、何でもかんでも察しろというのは無理だろう。いくら魔女と言えど、無理なものは無理なのだ。
「気にしないでいいわ、たっくんの訓練にもなる事だしね」「まあ、そういう事だからジェシカさんもあまり気にしすぎないでくれ」
ジェシカの心の負担を和らげるべく、クレアと拓郎はジェシカにそう声をかけた。もっとも、クレアの方は半分本音も混じっているが。人間が目の前で腕を斬られた後、その腕を正常にくっつけるというのは難易度が高い。ただくっつけただけでは意味がないからだ。くっつける際、血管はもちろん神経も正確に繋げないといけない。
神経が正常につながっていなければ、腕から先が動かなくなってしまう。そういった問題を発生させずに的確にくっつけるという経験を積む事は回復魔法に関する経験にとって大きくプラスとなる。クレアはそういった訓練を拓郎に積ませることができるから、この1件を引き受けたのである。むろん、そんなことを拓郎に直接伝えることは無いが。
(彼女自身も力を伸ばせる。たっくんの訓練にもなる。悪いけど、こちらにも益があるから引き受けたのよね。たっくんが回復魔法使いを目指していて、彼女は本当に運が良いわね……そうじゃなければ、ジェシカはともかく私は引き受ける気がなかったもの)
このクレアの考えを非情と取る人もいるだろうが……彼女にとって一番は拓郎である以上、こういった考えをするのも仕方がない所がある。逆に言えば、そんな非情な魔女を抑えておけるからこそ拓郎の存在に価値が大いにあるという事である。こうして、翌日からソフィアの訓練の名目でクラスメイト達は知らない秘密の修行が幕を開ける事となった。
やっと腰痛がかなり楽になりました。
本当にきつかった……