106話
それから毎日、ソフィアは拓郎に一騎打ちを要求してくるようになっていた。そうなれば当然拓郎も何かあると嫌でも察することになる。が、迂闊に踏み込んで事情を聞き出していい話かどうか迄は分からないため、ソフィアの一騎打ちを受けて毎日倒すという流れがこの一週間で出来上がってしまっていた。
「なんでソフィアさんはあそこまでやるんだろう……」「表情が、鬼気迫っているよな。美人がああいう表情を浮かべていると怖い物があるな」「それを淡々と毎日倒している拓郎の方も怖いっちゃ怖いよな。しかも今まで一分以内に倒してるぞ」「容赦なく倒してくださいと言われたからって、本当に容赦なく倒すんだもんなぁ」「でもソフィアさんの方も拓郎君を殺すような気迫で挑んでいるのよね。そこを考えるとお互い様なのかもしれないけど」
拓郎のクラスメイトだけでなく、他の生徒達も一騎打ちをしている時のソフィアの異常さに嫌でも気が付いていた。しかし、誰も下手に話を振ることはできずに二の足を踏んでいた。だが、流石に拓郎としてはいい加減にしてほしいというのが本音として心の内に湧き上がってきていた。そして今日も──
「今日も一騎打ちを──」「いい加減にしてくれないか? こっちは毎日毎日一騎打ちを仕掛けられていい加減うんざりしてきている。こうも連日仕掛けてくる明確な理由を話して貰えないのなら、これ以上受けるつもりはないぞ」
ソフィアからの一騎打ちを断る拓郎。拓郎側からしてみれば訳も分からず一騎打ちを仕掛けられているのだ。最初に数日だけならまだしも、こうも続けば面倒でしかないと考えても仕方がないだろう。そして、事情を知りたくなるのもまた、無理らしからぬ話である。
「今よりも強くなりたいから、ではいけませんの?」「そんなのは他のみんなも一緒だが。誰だって魔法の技術を学んで将来に活かしたいからこそ必死にやっている。それに、その理由ならあれほど一騎打ち中に殺気を向けてくる理由にはなっていない。話したくないというならそれはいい、だがこちらももうこれ以上一騎打ちには付き合わないぞ」
拓郎の返答に、かっとなるソフィア。後がない彼女としては、拓郎がいい加減にしてほしいと断りを入れてくる言葉を発するようになった理由に気が付けるほどの余裕がない。ソフィアからしてみれば、拓郎との一騎打ちは来年行う予定となっている一騎打ちの予行演習として最高の相手なのである。が、そんなソフィアの一方的な都合を拓郎が察して引き受ける理屈などない事は言うまでもない。
「どうしてもいや、とおっしゃいますの?」「そちらにも都合があるんだろう、それぐらいはこの一週間の行為を見ていればさすがに分かる。だが、こちらが理由も告げられないまま延々と付き合う理由もまたないという事だ」
拓郎の言葉は正論だが──今のソフィアには正論が通じる精神状態ではない。仮想の相手として最適な人物との戦闘経験が今後積めないとなれば、来年の一騎打ちでの勝率は期待できない。そうなれば家族を含めた身の破滅となるため、ソフィアにとっては断られても素直に分かりましたとは言えない状態である。
しかしその理由は、ソフィア側の一方なわがままでもある。そのわがままに拓郎が延々と付き合わなければならない理由など、一つもありはしない。だからこそ、拓郎も詳しい話を聞かせてもらえないまま訳も分からず一騎打ちに付き合わされるのはごめんだと考えるようになったのは自然な事だろう。
「そんなに一騎打ちの経験を積みたいなら、クレアやジェシカさんに頼めばいいじゃないか。自分よりも容赦なくやってくれる分、嫌でも実力はつくぞ……死ななければだが」
そう拓郎は口にしたが、それは拓郎だから言える言葉である。拓郎の願いだからこそ、クレアもジェシカも快く応じたのである。今のこの状況も、拓郎が孤立しないためにやむなくやっているというのがクレアの正直な胸の内である。ジェシカもクレアほど極端ではないが、この学園に留まる理由として、拓郎の存在は非常に大きい。
そんな二人がもしソフィアから一騎打ちの相手をしてほしいと言われて応じるかどうかは、気分次第としか言いようがない。少なくとも絶対ではないし、拓郎とやっている時と比べると雑になる事は間違いないと断言できる。むろん、それでも十二分すぎる訓練にはなるだろうが。
「──そう、ですか」
様々な感情が巡り巡った後、何とかそれだけの言葉を絞り出したソフィアは、力なく自分の席に腰を下ろした。拓郎は内心申し訳なさも覚えたが、だからと言ってこの状態をずるずると続けられても困るためここは毅然とした態度を取るべきだと割り切っていた。そうして迎えたこの日の訓練時間。拓郎は一週間弱続いたソフィアとの一騎打ちがない、普段通りのメニューをしっかりとこなす。
一方でソフィアの方はどこか力が抜けてしまったような訓練時間を過ごした。当然その姿にジャックとメリーは気が付く。むろん、ここ一週間ほど続いていた拓郎との一騎打ちがなかったため、そこから違和感を覚えていたのだが……当然放課後にソフィアは呼び出された。
「そうでしたか」「はい、明確に断られてしまいました」
ソフィアは今日の拓郎とのやり取りを正直にジャックとメリーに伝えた。ジャックとメリーは互いに目配せををした後に、ジャックがソフィアに話しかけた。
「どうでしょう、正直に事を打ち明けては。拓郎さんにも、クレアさんやジェシカさんにもあなたが置かれている状況を説明するのが一番いいと思います。こちらもこの一週間ほど貴女を鍛え上げるためにいくつもの厳しめな訓練を課してきましたが、やはり拓郎さんを始めとした協力者が必要です」
ジャックとメリーももちろん指導はしっかりと行ってきた。だが、このままの伸びでは来年までにソフィアが望むだけの力を手に入れる所までは行けない可能性が高いという事をこの一週間の訓練成果から逆算して結論を出していた。故に、もっと効率的かつ厳しい訓練を彼女に課さなければならない。そうなると、ジャックとメリーの指導だけではどうしても難しい。故に、協力者が必要になるのだ
「ジェシカ先生には、知られたくないです……」「その気持ちは理解しますよ。ですが、残念ながら時間がありません。このままでは、貴女が一番望まない未来を迎える可能性が非常に高いままです。一生取り返しのつかない運命を迎える事を望まないために、貴女はここで訓練をするためにわざわざ国を超えて来たのではないのですか? 今は、取れる手段はすべて取る。それぐらいの考えで臨まなければならないのではないのですか?」
ソフィアの恩人であるジェシカには今の自分の状況を知られたくないと悩むソフィアに、マリーはそう現実を突きつけた。このままでは、破滅を迎えるだけだと。それを望まないのであれば、あらゆる手段を模索して使える手はすべて使う。なりふり構っている場合ではない、と。
「見ていた側から正直な意見を言いましょう。拓郎さんとの一騎打ちを始めてから一週間。その一週間だけで貴女の動きはかなり変わりましたよ。瞬時に攻撃に対する防御技術の伸びが特に素晴らしい。まあ、まだ魔法の構築や瞬時の練り込みは甘いですがね……その甘さも一週間でかなり改善されている事が見て取れます。彼との一騎打ちは、来年まで続けるべきでしょう」
マリーに続いてジャックの言葉を聞いて、ソフィアは事情を包み隠さず話すしかないと腹を決めた。知られたくないといった個人的な感情を捨てなければならないと考えを改めた。
「分かり、ました。拓郎さんやクレア先生、ジェシカ先生に事情を打ち明けます」「そうした方が良いでしょう、理由を知れば拓郎さんも貴女を無碍には扱わない筈です。この選択が正しかったと、来年の貴女は知るはずです」
このままでは、破滅が待っている未来を変えられない。そう理解させられたソフィアの表情は決していい物とは言えなかった。それでも、未来を変えたいならばもう他に手段はない──いつしかソフィアは泣いていた。己の弱さへの口惜しさと、恩人であるジェシカに迷惑をかけてしまう事実に対しての申し訳なさに。