105話
ゴールデンウィークの初めの方で、腰痛を発症しました。
ゴールデンウィークも終わり、また日常へと戻ってきた拓郎であったが──朝のホームルームが終わった直後、彼に近寄ってくる人物がいた。その人物とは、転校から日にちが過ぎ、ある程度学校になじんできていたソフィアであった。
「拓郎さん、本日の訓練の最初に一対一での手合わせを申し込ませていただきます。ゴールデンウィークなるものを生かして、魔法以外の部分でもいろいろと強くなるための訓練をしてきました。あの日からどれだけ私が強くなったか、見ていただきましょう!」
最初はあっけにとられた拓郎であったが、「じゃあ、クレア先生かジェシカ先生の許可を取ってくれ」と伝えると、分かりましたわと言い残してソフィアは教室から出て行ってしまった。
「おいおい、あと少しで一限目が始まるというのに……大丈夫か?」「まあ、ソフィアちゃんだから大丈夫でしょ。あの子、科学魔法を駆使した高速移動が得意だし」
そんなクラスメイトの声を聴きながら拓郎も授業を受ける準備を始める。結局ソフィアが戻ってきたのは、一限目の開始1分前であった。
そして科学魔法の訓練時間。拓郎とソフィアはクレアとジェシカの立会いの下に勝負を開始して、一分立たずに決着がついた。言うまでもないが勝ったのは拓郎。むろんソフィアも訓練をしてきたという言葉は偽りなく、確実に強くなっていたことは事実ではあった。だが、それ以上に拓郎の成長速度が上回っていた。
故に勝負らしい勝負にはならなかった。試合が始まると同時にソフィアがレベル4の氷魔法を用いて拓郎に攻撃を仕掛けたのだが──拓郎はそれを見切って一瞬でソフィアの後ろに移動して雷魔法で失神させた。これで終了となってしまったのである。気絶したソフィアは訓練場の端に移動させられ、普段通りの訓練が幕を開けていた。
それから3分半ぐらいでソフィアは意識を取り戻し、状況を見て負けたことを悟った。そこにジャック先生が近づいて声をかけてきた。
「体の方は大丈夫ですか? 訓練の方は休みますか?」
この問いかけにソフィアは「大丈夫です、訓練も参加します。時間が惜しいので」と返答を返していた。その返答を聞いたジャックは内心で心配になった──体の方はいい、そちらはあくまで失神させられただけで大きなダメージは残っていない。心配になったのは時間が惜しい発言したことの方だ。
(明確な焦りがありますね。何らかの形で追い詰められているようにも思えます。事情があって早急に強くならなければいけない理由が出来てしまった人間に共通する焦り、というところでしょう。何人も見てきましたからね、こういう焦りにかられた人は……さて、流石に放置はできませんか)
そう考えたジャックは、訓練に戻ろうとするソフィアを呼び止める。
「本日の放課後、少し時間を貰えませんか? 貴女も親以外の大人に話したいことがあるはずです」
ジャックの言葉にソフィアは一瞬驚き、そして顔をしかめてから数秒ほど考えた。その考えから出た言葉は──
「分かりました、では放課後に職員室に失礼いたします」
という言葉であった。そこからはソフィアも科学魔法の訓練に熱心に打ち込んでいた。しかし、その姿に危ういものを感じ取っていたジャックの表情は普段とは比べ物にならないほど険しい物であった。
「あなた、ソフィアさんに何か?」「ああ、メリー。彼女、何か問題に直面しているようだよ。それも本人ではどうしようものない物、と言った所か。メリー、今日の放課後に彼女と話をすることになっている。すまないが君も同席してほしい」
普段の穏やかな夫がめったに見せない表情、そして言葉からメリーはすぐに同意した。そして時間は流れて放課後、ソフィア、ジャック、メリーの三人は学校内にある相談室にいた。
「消音の魔法も掛けました、これで盗み聞きされる心配はありません。ソフィアさん、悩みを打ち明けるのは勇気のいる行動であることは確かです。しかし、今の貴女は放っておけない危うさがあります。どうか、悩みを打ち明けていただけないでしょうか?」
マリーの穏やかな声に促されたのか、ソフィアは悩みをゆっくりと打ち明け始めた。実は卒業後、一騎打ちをする予定がある事。その一騎打ちに勝つため、敬愛するジェシカの近くで最後の訓練を行いたかったこと。一騎打ちに負ければ、家ごと相手にすべて持っていかれてしまう事などを打ち明けた。
「何とも、とんでもない話ですね。そういう契約なのでしょうか?」「何世代も前に結ばれた契約で、破棄はできないそうです。正直に申し上げれば、未来にこんな負債を残した先祖を直接呼び出してぶった切ってやりたいというのが正直なところですわ……」
名家の負債。一言で言えばこうであろう。過去、文字通りの意味で命の取り合いをした名家が二つあった。で、お互いそれなりに殺し合った後、流石に共倒れはごめんだとなって停戦した。で、その時の契約が巡り巡って今のソフィアに降りかかってきた。内容はシンプルで、名家の跡取りが一対一で一騎打ちを行い、負けた側が勝った側に全てを差し出す。という内容であった。
言うまでもないが、子孫の事なんぞなーんにも考えていない内容である。双方ともに『俺の子供が勝つんだから、問題なかろう』という考えの下で結ばれた契約としか言いようがない。しかも契約をしっかりと果すために、無駄に契約が失われたり破棄されたりしないように国にまで働きかけて何十もの仕組みをくみ上げてしまったのだ。
「なんとまあ、無駄な所に無駄な力をかけたものですね」「私もまったくもって同意見と言わざるを得ません……普通に停戦してそれで時間をおいて終戦としてくれればこんな事にはなりませんでしたのに」
メリーの感想に、ソフィアは疲れきった表情を隠さず見せている。正直、当事者とされてしまったソフィアにとってはいい迷惑なんて言葉では言い表せないレベルで祖先に恨みを向けている。
「更に問題なのがあちら側でして……何と言いますか、あちらも女性なのですが、私よりもプライドも実力も高くて、この契約に則ってこちらを確実に潰すと意気込んでいまして。あちらは本当に先祖返りしたのではないか? と疑いたくなるぐらいの入れ込みようなのです」
このソフィアの発言に、ジャックもマリーも頭を抱えてしまった。双方がやる気がないのであれば、一騎打ちを形だけ行って引き分けにしてしまえばよかったからだ。引き分けならば、どちらも負けていない以上資産を始めとしたあらゆるものの取り合いはなしにできる。だが、片方がやる気満々である以上、そうはいかない。
「負ければ破滅です。すべて持っていかれるというのは、財産だけでなくその家に関連している人間の命も含まれます。そうなれば私の将来など、無くなったも同然でしょう──望まぬ結婚をさせられる、ぐらいで済めば御の字という奴でしょうね」
想定以上の話を聞かされて、ジャックもメリーもどうしたものかと考える。流石にこんな話は想定外にもほどがある。
「一応お聞きしますが、今一騎打ちをした場合勝率はどれぐらいだと見ますか?」「そうですわね……私の読みがかなり正確に当たったという甘めに見積もって──3割あればいい方でしょうね。実践ではそんな甘い展開はまずありませんから、もっと勝率は落ちるでしょうね」
甘めに見積もって3割。正直勝ち目はかなり薄いというしかない確率だろう。正直どうする? と頭をひねっても良案は出ず……今後も話し合いの場を持つことと、訓練をやや強めにしていく事で全体的に鍛えて勝率を上げる事を決めるに留まった。
ゴールデンウィークは腰痛の療養のため、何もできませんでした。