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風牙

 オレ様がイカレてるんじゃない、オレ様以外がイカレてやがるんだ。

 オレ様はそれを正してやっているだけだってのに、それの何が悪いんだ?


 虐殺王ガズス・ウォルケンス




 我が名はフーガ。偉大なる主であるエルレイン様が我に対して、力に続いて授けてくださったものだ。


 エルレイン様と出会う前の我は、この森の中でどこのグループにも属さず、己の力のみを頼りに生きるしがないゴブリンだった。

 いや、無意味な見栄は張るまい。自分の力だけで生きるとは聞こえこそ良いが、要するにどこのグループにも所属させて貰えなかった外れものに過ぎない。

 こうしてエルレイン様より力を賜った今だからこそ冷静に分析できる事ではあるが、かつての我はこの森の中でも相当な弱者に分類されるゴブリンの中でも、さらに下位に位置していた。

 しかもその事を欠片たりとも理解しようとせず、ゴブリンこそが森の中の王に相応しい種であると自惚れていた挙句、自分の事を迎え入れようとしない同族を蔑み責任を一方的に転嫁していた、無知の極みに立つ愚か者だった。

 その考えを、当時は微塵も疑っていなかったのだ。どこのグループも受け入れてくれないのは当然の事と言えた。


 だが今は違う。自分の愚かな過去を冷静に見据え、過ちをそうであると認める事ができる。

 その全てが、エルレイン様のお陰なのだ。


 しかし自惚れるつもりはない。我は最初からエルレイン様より見出された訳でもなければ、特別であった訳でもないのだ。

 ただ偶然にもエルレイン様と出会い、そして偶然が重なって与えられた力に適応できたからこそ、目を掛けて頂き生きる術を教えて頂いたのだ。

 だからこそ、何の縁もなければ何の取り柄もない自分にチャンスを与えてくださったエルレイン様に対して、自分は生涯を掛けてその恩を返さねばならないのだ。


「選ベ。我ニ従ウカ、ソレトモココデ我ニ殺サレルカ」


 森の中にいくつも存在する同族のグループの中でも、小規模なものに目を付けて、少し頭を捻れば考え付くような罠を用いて戦力を削る。

 その次にグループを束ねる長を、エルレイン様より賜った力と、同じく授けられた剣と共に振るって打ち倒す。


 元々我らゴブリンは知能が高くない為に、自分で武器を作るという発想すら滅多に思い付かない。たまに人間より奪った武器や、あるいは木の棒などを装備する程度の個体がいるぐらいで、基本的には生まれ持った牙と爪を武器に戦う。

 おまけに武器を手に入れたとしてもそれを手入れするという発想もない為に、あまり質は良くないのだ。

 そんな者たちを相手に、自分が剣を持っている時点で大きなアドバンテージを有しており、さらにエルレイン様より賜った力が加われば我が勝つのは自明の理だった。

 それでも生き残った同族たちのうち一部の反抗的な者たちは我に抗ったが、それも数の劣勢をものともせずに倒し、残る数体の同族たちを同胞として迎え入れた。


 迎え入れた同胞たちに、まず最初に戦い方を教え込む。

 と言っても、我とて大した事を知っている訳ではない。精々が手頃な木の棒を武器として持って、石を投げて飛び道具とし、あとは拙いながらも連携して敵や獲物を追い詰めるという発想を与えるだけだ。

 しかしそれだけで、生存率と狩りの成功率は劇的に上がる。

 ゴブリンは森の中においては弱者であり、常に強者である捕食者の存在に怯えている為に、大半の者が飢えている。

 同胞として迎え入れた者たちもそう言った部類に属する者たちであったが、狩りの成功率が上がったお陰でで食事に困る事は無くなり、また多少格上の存在に対しても数と武器で連携して抵抗する事によって、仕留める事はできずとも撃退する事ができるようになった事で、当初は力によって嫌々ながら従っていた同胞たちも心から我に従うようになった。


 そうやって同胞から信頼を集め終わったら、次のグループを探す。

 そして同じような要領でグループを纏め上げる長や反抗的な者を仕留めては生き残りを同胞として迎え入れ、戦い方を教えて信頼を得ていく。

 それを繰り返していき、我が率いるグループに属する同胞の数が一〇〇を超えた頃、我は次の目的――ひいては本来の目的に取り掛かる事にした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 元々我が同族たちを傘下に収めていったのは、単純に手足の数を増やすのが目的だったからだ。

 我一体だけでできる事など、たかが知れている。そしてそのたかが知れている事でエルレイン様に返す事のできる恩は、驚くほど小さい。

 故に手駒を増やし、より大きな恩を返せるように準備を進めていったのだ。

 ニンゲンをエルレイン様へ献上できるように。


 ニンゲンは強い。それは認めなければならぬ。

 かつて自分を含めた同族たちは、人間を獲物としかみなしていなかった。しかしそれは大きな間違いだ。

 一対一ではまず勝てないし、数で勝っていようとも、ニンゲンは自分たちよりも遥かに高度な連携を駆使して数の差を覆してくる。ただでさえ個々の力が我らよりも上だというのに、そうなったらいよいよ手が負えなくなる。不幸にも遭遇してしまい、殺されていった同胞の数は決して少なくは無い。

 だからこそ我は、自分の命令を忠実に実行できる手足の数を増やして来た。


「イイカ、我ガ合図シタラ手筈通リニ頼ムゾ」


 我の指示を受けた同胞が頷き、持ち場に向かう。

 既に斥候役として鍛え上げた同胞によって、こちらにニンゲンたちが向かって来ているのは確認済みだ。

 報告によれば、ニンゲンの数は全部で六人。しかし、六人全てを生け捕りにするつもりはない。欲は張って全滅する事だけは避けねばならない。


 程なくして、報告通り六人のニンゲンの姿が視界に入り始める。

 当然だが全員が武装しており、その時点で装備の差はこちらの方が圧倒的に不利だ。だがそれを覆す為の策は練ってある。


「……止まって」


 合図を出して襲い掛かろうとした瞬間、ニンゲンの一人が警告の声を発して行進を停止させる。


「気配がするわ。それも多数」

「全員構えろ。フェリ、魔術の準備を」

「流石ダ……」


 まだ大分距離があるというのに、もうニンゲンたちはこちらに気付いたようだ。

 そして同時に、優先的に狙うべき目標も決まった。あの中央で指示を出していた男だ。あいつを真っ先に殺す。


散矢アラゴ

「グゲァッ!?」


 ニンゲンの女が魔術を行使し、周囲に針を飛ばす。運悪くそれを喰らってしまった同胞が悲鳴を上げて、姿を現してしまう。


「ゴブリン!」

「油断しないで、数が多いわ!」


 姿を見られた事で突進し始めた同胞に釣られて、他の隠れていた同胞たちも姿を現して突進を始めてしまう。

 できれば堪えて潜伏を続けて欲しかったが、そこまでの事を同胞に望むのは酷だったか。だがここまでくれば、やる事に変わりは無い。


「始メロ!」


 飛び出して行った一〇体弱の同胞たちがニンゲンたちに斬り伏せられている隙に合図を送り、投石部隊に攻撃を行わせる。

 それにニンゲンたちは驚きはしたものの、すぐに盾を掲げたり魔術で防壁を生み出す事で対応し、被害を最小限に留める。だが、注意をそちらに向けただけで十分だ。

 剣と同様、エルレイン様より賜った杖を手に持ち、術式の構築を始める。


炎弾ガーヴァ


 我が組み立てた術式による炎の弾が、一直線に指示を出していた男に向かって飛来する。

 それに男は気付くが、もう遅い。とっさに盾を掲げるも、炎弾は盾に命中した瞬間に強烈に炎上し、男は盾を持っていた腕に大きな火傷を負う。


「ライル!」

「そんな、どうしてゴブリンが魔術を!?」


 驚いている、驚いている。計算通りだ。


「行クゾ!」


 我の声に従い、数少ない鉄の武器を装備した同胞たちと共に、混乱しているニンゲン共に向かって突進を始める。

 男の傷は我らだったら重傷だが、時間さえあればニンゲンはその程度の傷はあっという間に回復できる事を知っている。だからこそ、回復する隙は与えない。

 すぐにニンゲンと同胞とが衝突し、そして瞬く間に二体の同胞が斬り伏せられる。やはりニンゲンは強い。

 だが、我は同胞のようにはいかない。


「ぐっ、何だこいつ――!?」


 数度斬り結んだところで、眼前の剣を持った男が戸惑いの声を上げる。

 そんな男を嘲笑うかのように我はさらにイドより魔力を汲み上げ、身体能力を底上げする。

 それでもニンゲンは辛うじて食らいついていたが、すぐに限界が訪れて我に逆に斬り伏せられる。さらに返す太刀で、もう一人ニンゲンを斬る。


「逃げろ! こいつはただのゴブリンとは違うぞ!」


 腕を押さえた男が、素早く指示を飛ばす。その状況判断能力も素晴らしい。

 しかし、我もまた陽動だ。本命は他にある。


「フェリ! 広範囲の魔術をッ!?」

「ライル! 馬鹿な!?」


 それまで木の上で待機させていた同胞による奇襲を受けて、最優先目標だった男が頭を割られて倒れる。

 その混乱は瞬く間に伝染し、半分となったニンゲンのうち、さらに一人が同胞に囲まれて命を刈り取られる。


「投降シロ」

「ゴブリンが言葉を!?」


 生き残ったニンゲンたちが驚愕する。それも無理も無いだろう。

 しかし説明をする義理はない。


「投降シロ。ソウスレバ、貴様ラにコレ以上危害ハ加エヌ」

「し、信用できるか!」

「ナラバ殺スダケダ」


 もう一度降伏勧告をすると、やがてニンゲンたち歯を食い縛って膝をつき、両手を上げる。

 我は同胞に指示を出して二人を蔦で縛らせ、武装を解除して拘束する。


 そこからは我の仕事で、ニンゲンを自分の足で歩かせながらエルレイン様の下へと向かう。

 例え同胞であっても、エルレイン様に会わせるつもりは無い。それが他でもないエルレイン様の意思だからだ。

 既に事の顛末は報告してあり、これから向かうべき場所も指定されている。我は後を付けている者が居ないかを確認するだけで、指示された場所に向かうだけでいい。

 捕らえたのは男と女が一人ずつで、女も連れて行くと言うと同胞たちは不満そうな顔をしていたが、それは致し方ない事だ。彼らには我慢して貰うしかない。


 エルレイン様の下にニンゲンを連れて行くと、お褒めの言葉を頂いた。身に余る光栄だ。

 しかも女のほうはくれてやるとも言われた。さらに得た物資も自由にして構わないとも。さすがはエルレイン様、我らの事を思いやってくださる。

 今回の戦いで決して少なくない同胞が犠牲となった。しかし滅多に手に入らない武具を配備すれば、群れの戦力を底上げでき、損失以上の利益が出る。


 その事に満足感を得ながら、我は一層エルレイン様に忠義を尽くす事を誓った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから幾ばくかの月日が流れた。

 時々数を大きく減らす事はあるものの、群れの全体数も順調に増えていき、森に住む格上の存在にも負けなくなり、またニンゲンに対する襲撃も全て成功を収めていき、武装面も充実すると共にエルレイン様に献上したニンゲンも数十に達した頃に我が率いる群れは襲撃を受けた。


 敵はニンゲンで数は三人。しかし、今までに戦って来たニンゲンの中のどのニンゲンよりも強かった。

 ニンゲンの女が放つ魔術は我の魔術よりも遥かに強烈で、何体もの同胞が一度に焼き払われる。

 禿頭の男が振るう巨大な剣は、武装した同胞の武器と鎧ごと同胞を両断する。

 そして何より、頭らしき男の振るう剣は同胞では反応すらできずに喰らい、命を刈り取っていく。

 我も当初より大分強くなったという自負があるが、その男は我と同等か、それより僅かに上だろう。


「ソコマデダ!」


 しかし、勝機はある。勝率も決して低くは無い。


「我ガ名ハフーガ、偉大ナルエルレイン様ヨリ賜ッタ名ダ!」


 名乗りを上げながら、男へと斬り掛かる。

 やはり予想を裏切らずに我の斬撃は受け止められるが、我は次々に畳み掛けていく。

 我よりも僅かに男の方が強いのは事実だ。しかし、あくまで僅かな差だ。少しの間ならば拮抗させる事した状況を作り出す事ができる。

 そして数の利はこちらにある。我が注意を挽きつけている間に、同胞に背後より襲い掛からせれば倒す事ができる。

 その邪魔をしかねない禿頭の男に対しては、魔術を行使して来る女と一緒に同胞に襲わせて時間を稼がせている。長くは持たないだろうが、少しの間はこれで邪魔が入ることは無い。

 そしてこの男を倒せれば、後は数に任せて禿頭の男も倒す事ができる。術式を構築できる時間を稼いでくれる前衛が居なくなれば、女は無力な存在に過ぎない。

 今までにも、今回以上に数が多いニンゲンたちと戦った事はある。そしてその全てに、そうやって勝利して来た。


「終ワリダ!」


 男の背後より、槍を手にした同胞が迫るのを目にして、我は会心の笑みを浮かべる。

 男の剣は速く、鋭く、そして重かった。我だけでは絶対に勝てなかっただろう。

 しかし我には多くの同胞が居た。その点において、目の前の男よりも我は勝っていた。

 これまでも我よりも強いニンゲンとは遭遇して来た。しかしそれでも勝つのは我だった。そして今回もそうなのだ。


 そう、これからも……、

 あれ、どうして自分は背後を見ていて……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「少しばかり手間取ったな。この群れの長は、随分と優秀だったみたいだ」


 無数のゴブリンの骸が転がる中で、複雑な構造を持った巨大な剣を地面に突き立てた禿頭の男が、戦闘の熱を吐き出すように一息ついて言う。

 そして近くでゴブリンの骸を見下ろしていた、カラスの濡れ羽のような黒髪を持った男に声を掛ける。


「どうしたイーグル、何かあったのか?」

「いや……」


 イーグルと呼ばれた男は、名が体を表すという訳ではないだろうが、向けられるだけで身を裂かれるのではないかと錯覚するほどに鋭い眼光を男に向ける。


「ただこのゴブリンが、気になる事を言っていたと思ってな」

「そういや、そいつ何か人語を話してたな。何か言ってたか?」

「偉大なる主がどう、とかな。それと……」


 イーグルは手に持った剣をフーガの頭部に突き刺し、額に埋まっていた縦長の小さな双角錐の結晶を抉り出す。


「こんなものが埋まっていた」

「これは……」


 イーグルから受け取った結晶を手のひらに転がし、傷のある顎に反対の手をやって禿頭の男は黙考する。

 そこに横から、三角帽子を目深に被りローブを纏った、二人と比べれば小柄な体躯を持った銀色の髪を持った女が覗き込む。


「……微かだけど、濃密な魔力の残滓を、感じる」

「明らかに人為的に埋め込まれたものだろう。このゴブリンは他の個体と比べて、おかしいぐらいに身体能力が高かった。おそらく知能もそれによって発達していたんだろうな。差し詰め、その偉大なる主とやらが埋めたんだろうが……」

「一体何が目的でそんな事をしたのか、だな。つうか、そんな事ができる奴なんて居たか?」

「少なくとも、オレは聞いた事が無い。それと何が目的かなんてのも、オレにとってはどうでも良い」


 禿頭の男の言葉を、イーグルはあっさりと切り捨てる。


「ただ依頼の内容は、ここ最近のゴブリンの大量発生の原因の究明と排除だからな。その原因にこれを授けた奴が含まれるのかどうか、考えていただけだ」

「黙っていれば、ばれない」


 イーグルの言葉に、陰気に笑った女がそう応える。


「ただ突然変異した、知能の高い個体が居たとだけ、伝えれば良い。そうすれば、任務完了になる」

「さすがにそれは……」

「言われてみればそれもそうだな」

「おい……」


 それに禿頭の言葉が反論しようとして、イーグルが同意した事に口を噤む。


「ついでに遺品らしきものも回収しよう。上手くいけば、遺族から謝礼金が下りる」

「それで良いのかよ?」

「良いに決まっている。命を懸けた働きには、正当な報酬が支払われて然るべきだろう?」

「否定はしないが……終始遊んでいた奴が、命を懸けていたって言っても説得力に欠けんだよな」

「ヴォルフ、オレのやる事に何か文句でもあるのか?」

「いや、ない。お前さんがそれで良いのなら文句はねえよ。だから報酬は折半な」

「当然だ」

「それでこそ傭兵だ」


 ニヤリとお互いに大人の笑みを浮かべて肩を叩き合う。そして続いて、骸と化したゴブリンたちが築き利用していたコロニーを、手分けして探索し始める。

 発見した武具や装飾品といった物は選別し、誰のものか特定できそうな物、あるいは換金できそうな物は全て懐に収める。

 その様子は正しくならず者に近く、まかり間違っても気高いイメージの付き纏う存在――例えば勇者などには見えなかった。




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