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神界

 見渡す限りの、豊か過ぎる緑に覆われた地表。

 砂利を投げて、何にも触れる事無く地面に落ちる砂など無いのではないかと思わされるほどに乱立する木々は、適当な木を見繕っても樹齢にして数百年、数千年は誇る木に簡単に当たる程の長寿の群れであり、一〇〇年や二〇〇年程度の若い・・木を見付ける方が困難を極めるであろう程だった。


 そしてそんな樹海の中にあっても、周囲のものと比べても何倍もの太さと高さを誇る、おそらくは万単位の樹齢を持つであろう樹木も視界に数本は入るような景色の中に、その万単位の樹齢を誇る樹木すらちっぽけに思えるような規模を誇る白亜の塔が一つ。

 その巨大な塔の頂上は吹き曝しとなっており、雲すら下におくその屋上には巨大な円卓と、その円卓を囲うように座る人影の群れ。

 その集まりに参加している人影たちに、パッと見で共通点を見つけ出す事は難しく、何の集まりなのかを推測するのはそれ以上に困難を極めるだろう。


「では、本日の集会はこれにて終了とする。何か意見のある者は?」


 その円卓を囲う者たちの中で唯一椅子から立って進行役を努めていた、曇りも染みもない純白の祭服を纏った、柔らかな金色の巻き毛を持った青年が他の円卓を囲む者たちを見渡して問い掛ける。

 それに対して、挙手をする人物が一人。

 青年に促されて立ち上がったその人物は、第一印象として清楚という単語が思い浮かぶような、そこそこの年齢を積み重ねた淑女だった。


「本日の集会では査問対象として上がる事はありませんでしたが、第四位階転生神アキュラ・カルメラ・ルドフォン・ドルーギ・エルレイン・ロッソ殿が担当いたします地区に存在していた筈の迷い子はどうなったのでしょうか? それについて、報告も伺っては居ないのですが」

「……ああ、あれか」


 淑女の言葉に、それまで行儀悪く両足を円卓の上に乗せて踏ん反り返っていた、いくつもの傷跡のある凶悪な人相をした金髪オールバックの男が、思い出したように声を上げる。


「あれは転生させておいた」

「話を伺っていた限りですと、頑なにそれを拒否していたとの事でしたが」

「だから、させたんだよ」


 したのではなく、させたのだと強調してアキュラが言う。

 そのニュアンスを正確に察した淑女が、疑念の視線を向ける。


「……まさかとは思いますが、強制的に行ったのですか? だとすればそれは、明確な規則違反ですが」

「安心しろよ婆さん。多少強引だった事は否定しねえが、本人の了承は取り付けた」

「貴様、口が過ぎるぞ!」


 淑女を婆さんと形容したアキュラに対して、激昂して立ち上がる若い男が一人。


「良いのです」

「しかし、ユディト様!」

「わたくしが良いと言っているのです」


 静かでこそあるものの有無を言わせぬ不思議な雰囲気を内包した言葉に、それ以上男も何も言えずに、だが表情に不満は隠しきれずに座り直す。


「見ねえ顔だが、新顔か? あまりカッカするもんじゃねえぞ。婆さんが婆さんなのは事実で、それを本神も認めてんだからよ」

「……ッ!!」


 あからさまに相手を煽る口調と言葉に顔を赤くするが、それでも直前のやり取りがあった為か、歯を噛み締めるだけに留まる。


「……最終的に本人が同意したのであれば、わたくしからは特に言う事はありません。ですが、そういった事柄はなるべく報告してくださると嬉しいです」

「へいへい、以後気を付けるわ」

「わたくしからは以上です」

「畏まりました。他に何かありますか?」


 青年の言葉に、今度こそ応じる者が居ない事を確認して首肯する。


「分かりました。では本日はこれにて解散といたします」


 その解散宣言に、次々と円卓から立ち上がりばらけ始める。

 アキュラもまた両足を円卓から下ろして立ち上がったところで、呼び止める声が掛かる。


「アキュラ第四位階転生神。先ほどは場を考えて口にするのは控えましたが、なるべく相手を煽るような言葉は慎んでください」

「りょーかいだ。ただ、お前もちと固すぎると思うぜ、エノク」


 進行役の青年――エノクの言葉に、アキュラはあくまで軽いノリで肩を竦め、まるで長年の友であるかのように肩を叩く。


「……既におまえが色々とやらかして来ているのを、散々目の当たりにしているからな。こうして口煩くもなる」


 それをエノクも咎める素振りは見せず、一転して砕けた口調でそう言う。


「とにかく、この時期はおまえの事を知らない奴も多く異動して来る。普段のノリで居ると無用な軋轢を生むぞ」


 真剣な表情でアキュラを見て言う。


「頼むから、もうあの時みたいな事は起こさないでくれ」

「肝に銘じておこう、エノク第一位階転生神殿。ただ、確約はできない」

「そこは嘘でもいいからしてくれ」

「ならジジイ共に言えよ。それに嘘を確約しても、何の意味もないだろう」


 苦笑を交わし合い、どちらからともなく互いに背を向け合う。

 そのままアキュラは真っ直ぐに階段へと向かい、屋上から降りて行く。


 そうして淡々と段差を降りて行き、数十階層は下に降りてフロアに足を着けた辺りで、意図せぬ形で彼は足を止める事になる。

 眼前に立ち塞がる、複数の人影に進行先を塞がれた為に。


「おーおー、さすがはエノクだ。予想は的中だな。一体何の用だ?」

「何の用、だと? 心当たりがないのか?」

「生憎、心を読めるような権能は持ち合わせていないんでね」


 肩を竦めてそう答えると、奥歯を噛み鳴らす音が響き、人影のうちの一人が一歩前に出る。


「ならば言うが、貴様は少しは分を弁えろ!」

「さっきの奴だったか。新顔って事はお前、位階は五位だろ。オレよりも位階が下の癖にそんな態度取っておいて分を弁えろとか、一体何の冗談だ?」

「貴様こそ他者の事を言えた義理か! エノク様に対する態度もそうだが、何よりユディト様に対して態度が過ぎるぞ!」

「おいおい、言っとくがエノクと婆さんの位階は同じだぞ? にも関わらず、エノクはおまけ扱いかよ。狂信者は人間だけの特権の筈じゃなかったのか?」

「だからその口を改めろと言っているのだ!」

「不敬が過ぎるぞ!」

「また降格されたいのか!」


 わざとユディトを婆さんと呼ぶ事で反応を楽しんでいたアキュラが、そのうちの一言で表情を変える。


「オレが降格された事があるのを知ってる辺り、どうやらオレの事をまったく知らないって訳でもないみたいだな。その上でギャンスカ言える度胸は大したものだが……」


 より一層浮かべていた笑みを深め、そこにさらに微かな凶暴さを追加していた。


「ならオレが降格されたのが、クソ生意気なガキを始末してジジイ共を半殺しにしたからだって事も知ってるな?」

「――ッ!?」


 そのアキュラに気圧され、立ち塞がっていた者たちがたじろく。

 それを見たアキュラは、相手にも分かるようにあからさまに鼻で笑い、興味が失せたように表情を収める。

 相手もまた自分たちが馬鹿にされた事は理解したが、さすがに直前のアキュラの威圧感に押された事もあり、それ以上の激昂を抑え込む。


「と、とにかく、昔の貴様が何であろうとも昔は昔だ。今の自分の立場を少しは弁える事だな」


 それだけを言い残し、そそくさと退散する。

 そして入れ替わるように、別の女性がアキュラに近付いていく。


「災難だったねえ」

「…………」

「あっ、無視って酷くない?」


 視線を合わせようともせずに移動を再開しようとしたアキュラに対して抗議の声を上げるが、それさえも意に介さずに行こうとするアキュラの前へと、その女性は突然移動する。


「まあまあ、少しは話を聞いてよ」

「…………」

「彼らの態度については、大目に見てあげてよ。彼らは人間から成り上がった、所謂人間上がりだからさ。聖書の登場人物に対して抱いている敬意もひとしおなんだよ」

「別に何も思っちゃいねえよ」

「あっ、反応してくれたねえ」

「チッ」

「あからさまに舌打ちされた!?」


 それ以上は声も聞きたくないという意思表示なのか、アキュラが女性を避けて先に進もうとした矢先に、背中に女性の言葉が投げつけられる。


「で、礼の転生させたっていう魂についてなんだけど」

「…………」

「まさか本当に、言葉の通りって訳じゃないでしょ? 何せ二〇年も粘っていたんだしさ、そんな魂が言葉で説得されたぐらいで、すんなり頷くとは思えないんだよね」

「確かに言葉通りじゃないのは確かだが、精々が嘘の脅しを掛けただけだぞ」

「本当かなぁ? 確認して良い?」

「勝手にしろ。管轄違いなのを理解した上でな」

「それを言われると弱いなぁ」


 ニマニマと笑う女性と、アキュラとが睨み合う。

 そこには言葉こそなかったものの、無言の視線による牽制のし合いが行われていた。

 そしてその牽制のし合いにも一応の決着がついたのか、視線は逸らされ、アキュラは今度こそ振り返らずに歩を進める。


「まあ、何も確認するのは私である必要はないんだけどね」


 アキュラが立ち去った後で、女性は既に居なくなったアキュラへと向けて、そんな言葉を投げ掛けた。




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