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奴隷

 民衆なんざクソだ。

 勝手に崇拝し偶像を作り出し、こうであれと強制する。自分たちに危機が迫れば都合よく擦り寄って初対面の相手を死地に飛び込ませる。

 調子に乗るなクソ共。図に乗るなカス共。どうしてお前らにオレが束縛されなきゃいけない。

 自分の身ぐらい、自分で守れ。


 勇者イーグル・バルゼスト




「信頼ってさ、なにを持ってうまれるんだろうね。

 血の繋がり? ある程度の時間の共有? それとも境遇の共有? 仲間の間には無条件で発生するものなの?

 そもそも、仲間ってなんだろうね。同じ状況下に置かれた間柄なら、それは仲間って言えるのかな? それとも思想を共有すれば仲間なのかな? でもその程度の関係なら、簡単に裏切れるよね、人間って。裏切るような間柄が仲間っていうのは、ちょっとおかしいよね」

「いきなりどうしたんだい?」

「それとも、もしかしてそれらを踏まえた上で仲間付き合いをしているのかな? だとしたら矛盾しているよね。最初から信用も信頼もしていないのに、どうして仲間なんて呼べるの?」

「……小難しい話は勘弁だよ。結局、お前は何が言いたいんだい?」

「気にしなくていいよ。ただの哲学の真似事だから」

「哲学……? いきなり悶えだしたり、小難しい事を言い出したり、今日のお前は変だね」


 悶える――確かにあれは客観的に見れば酷かったかもね。当の本人としては、堪ったものじゃなかったけど。

 いきなり手足を折り畳んで身体を巻き取られてグシャグシャに圧縮される痛みが襲い掛かって来るんだもん。二度目の経験だったから多少はマシだったけど、気休めにもならない。


 唐突に前世の記憶が蘇った。ちょうどおれが三歳になった朝の事だ。

 いや、唐突にって言うのは語弊があるか。アキュラが転生してから三年後に蘇るよう、設定していたんだ。

 アキュラの言っていた保険っていうのは、これの事らしい。生まれた時から記憶を引き継いでいるんじゃなくて、時限式にする事で、発覚の可能性を少しでも下げたようだ。

 でも、何でわざわざ痛みまでフラッシュバックさせるのかな。未だに幻痛が全身を苛んでいるよ。もう痛みの感覚が麻痺して来ている。


 アキュラが言っていた通り、おれは生まれた瞬間から奴隷だ。片親が魔族で、もう片方が人間の、所謂半人半魔。

 奴隷の魔族から生まれた為に、奴隷の身分を赤子の時から押し付けられた存在だ。

 周囲には、似たような生まれの奴らが結構いる。揃いも揃って、皆奴隷だ。


 おれらみたいな半人半魔っていうのは、奴隷の中では珍しくないらしい。

 人間よりも生命力や身体能力、魔力に秀でていて、それでいて生まれた瞬間に相手の行動を自由に束縛できる奴隷紋を簡単に刻み込めるから、反逆の心配もない。

 生命力が強い故に粗末な食事でも十分に命を繋げられるから、維持費も対して掛からない。それでいて、五年も経てば戦奴隷として高値で売り払える。

 長期的に見れば、世話をした年月に見合うだけの利益が出る。だからこそ、半人半魔の奴隷を扱う奴隷商というのは多いらしい。


 おれの事を飼っている・・・・・奴隷商も、そんな連中の一人だ。

 名前なんか知らない。とにかく豚面の醜く肥え太った典型的な商人といった風で、他の奴隷商と共同で商隊を組んで各地を転々とし、立ち寄った街々で奴隷を売ったり、あるいは女の魔族を娼婦として客を募ったりと、そんな事を続けている。

 そうして孕んだ奴がいれば、子供を取り上げては隸紋を刻み込んで、簡単に訓練を施す。

 半人半魔の成長というのは早いもので、親の種族にもよるが、最速で生後一年も経てば訓練を施せる。

 おれは割と遅い方だったけど、それでも半年前から訓練を始めている。


「ほら、体調に問題がないなら、さっさと訓練を始めるよ。基本となる魔力の循環からだ」


 おれを含めた奴隷に訓練を施してくれるのは、目の前にいるニーナという名前の魔人の奴隷だ。

 魔人というのは魔族の中でも力のある個体の総称であって、種族名ではないのだけれども、そんな強い力を持っているはずの彼女がどうして奴隷なんかに身を堕としているのかは分からない。

 ただ分かるのは、彼女はもう数十年間も代々続いているこの商隊で、生まれてくる半人半魔の奴隷の教官を務めているという事だけだ。

 まあどんな事情だろうと、おれには関係ない。記憶を引き継いで思い出した目的に邁進する為に、利用できるものは利用するだけだ。


 さて、問題の訓練の方だが、残念な事におれは周りと比べてかなり遅れている。

 先程ニーナの言っていた魔力の循環というのは基礎中の基礎で、全身に魔力を循環させる事で身体能力を向上させるだけでなく、魔術を行使するのに必要な最初のプロセスなのだ。

 普通ならば訓練を始めてから二ヶ月かそこらで次の過程に移れるのだが、おれは未だにできないでいる。言ってしまえば、落ちこぼれというやつだ。


 ところが、改めてやってみたら簡単にできた。


 大切なのはイメージだ。記憶の引き継ぎと同時に得た知識を用いて、心臓と血液の循環をイメージしながらやってみたら、思いの外簡単にできてしまったのだ。

 それどころか、他の子の誰よりも多くの魔力の量を、一度に循環させる事ができた。


 循環させる魔力の量が増えれば、それだけ向上する身体能力の幅も拡がるし、行使する魔術の威力や効果の幅も拡がる。基礎中の基礎だからといって、決して疎かにしていいものではない。


「凄いじゃないか! どうして今までできなかったのか、不思議なくらいだよ!」

「いいや、まだまだだよ。意識せずとも、日常的にできるようにしなきゃ、意味がない」


 そんな事を言うと、ニーナからは怪訝な表情をされる。

 一体どうしたのかと尋ねたら、それができるのは魔族でも一握り程度しかいないと言われる。

 確かにそんな事を、昨日までは碌に循環もできていなかったガキが言い出せば怪訝に思うだろう。

 だけどおれは前言を撤回するつもりはない。できるできないではなく、やらねばいけないのだ。

 それすらできないようでは、到底目的を達成する事はできない。


 ひとまず今日はここまでと、解散を促される。明日からは、簡単な魔術を教えていくとの事。

 個人的には明日ではなくて、今すぐにでも教えて欲しかったが、いきなりがっついて怪しまれても元も子もないので我慢する。

 少しずつ勤勉にやっていき、真面目であるという認識を植え付けていけば良いと、自分に言い聞かせて、寝所に向かう。


 おれたち奴隷を纏めて運ぶ馬車の周囲には、既に同じ境遇の子供たちが地べたに座って食事を取っていた。

 戻って来たおれに対して向けられる視線は、侮蔑と嘲笑。

 普段から虐げられる彼らにとって、碌に魔力の循環もできない落ちこぼれであるおれは、鬱憤を晴らす格好の標的だったという訳だ。


 そういった視線を無視して、食事を配っている商隊の人の下に行き、本日の食事を受け取る。

 食事は日に一度。それも固いパンが一つと、塩と申し訳程度の野菜の切れ端が入ったスープのみ。これだけの食事で生きられるのだから、魔族の身体というのは凄い。


 それを受け取り、皆とはやや離れた場所に座って食べ始める。

 固いパンをスープに付けて柔らかくし、口に運ぶ。思わず感動で涙が出そうになる。

 いつも皆はやれ不味いだの、量が少ないだの文句を言っているが、おれから言わせればとんでもない。

 おれは物心ついた時には既に幽霊だった。当然ながら、霊体に食事など必要ないし、取る必要もない。

 だからこそ、味覚を刺激してくる食事という行為は、堪らなく素晴らしく感じられた。例えパンとスープのみの粗末な食事であっても、おれからすればご馳走だ。


 そんな内心で感動しているところに水を差すかのように、そいつらは近づいて来た。


「よう落ちこぼれ、今日の分はどうした?」


 生まれた時から奴隷であるおれたちに、名前などない。しかし名前がなければ不便な事も多く、その為自然と仲間内では個人を判別する為の呼び名というのが生まれていた。

 おれの場合は『落ちこぼれ』で、目の前にいるこいつは『兄貴』だ。


 周囲の奴と比べても二周りは大きな体を持つこいつは、見掛け倒しではなく、同期の中では一番訓練が進んでいる。その為ガキ大将のような立ち位置にあり、周りには舎弟とも呼ぶべき奴が集まり、派閥を作って幅を利かせていた。

 兄貴という呼び名もそこから来ている。間違っても頼り甲斐があるとか、そんな理由で呼ばれている訳ではない。

 最初におれを鬱憤晴らしの対象にしたのもこいつで、以来ほぼ毎日のようにおれから食事を奪っている。


 昨日までのおれだったら、この時点でビビって食事を差し出していただろう。しかし明確な目的を思い出した今のおれに、そんな事をするつもりは毛頭ない。

 いつまでも返答せずに食事を取り続けるおれに業を煮やしたそいつは、舌打ちをして手を伸ばしてくる。

 おれから食事を奪おうとしたのか、それともおれ自身を掴もうとしたのかは分からないが、おれは伸ばされて来た手の中指を掴み、関節とは反対の方向に曲げる。

 そのまま力任せに骨を折り、腕を捻り上げて関節を極め、流れるように投げ技に移行する――そんなつもりでやったのだが、残念な事に指の骨を折る段階で失敗する。

 ただし、反抗の意思を表明するのには十分過ぎた。


「痛ぅ、この、落ちこぼれがぁ!」


 優に一〇キロ以上は体重差がありそうな相手に殴られ、口の中に血の味が広がるが、お構いなしにこっちも殴り返してやる。

 今までは一度殴られれば悶絶していた事もあり、まさか反撃されるとは思っていなかったのだろう、痛みというよりは驚愕に顔を染めて動きを停止させる。

 その隙を突いて、股間に蹴りを入れる。

 蛙が潰れたような声と言うのだろうか、酷くしゃがれた悲鳴を上げて、内股になって悶絶していた。


「こ、こんの、やろぉ、調子に乗ってんじゃ、ねえよ!」


 再び拳が飛んでくる。

 魔力循環をしているのか、それとも元々のスペックの差か、拳の軌道を見切るなどという芸当はできず、気が付いたら殴られていたと認識する有様だった。

 しかし、以前なら殴られた激痛に転げ回ったものだが、今は不思議と痛いとは感じなかった。

 全く痛みがない訳でもなく、痛覚が麻痺しているという訳でもない。確かに痛みはあると分かるが、それが他人事のように思えてならないのだ。

 何故そう思えるのか、大体の予想はついた。

 転生直前に受けた、おそらくこの世で最上級の痛みと、先程襲い掛かって来たフラッシュバックの痛み。

 この二つの痛みが今もなお生々しい記憶として全身に刻み付けられている為に、それに遠く及ばない痛みなど現実性に乏しく感じているのだ。

 何にせよ、自分にとって都合が良いのは確かだった。


 殴られた衝撃によって体が揺らぐも、踏ん張って殴り返す。

 今度も反撃して来た事に驚きはしていたが、先程のと比べて軽かったのかあっさりと受け止められ、さらに拳を叩き付けられる。

 それでも尚も殴り返しては受け止められて殴られるという事を繰り返していると、いつまでも倒れないおれに苛立った相手が、自分の取り巻きにも一緒に攻撃するように命令する。

 奴隷の中では頂点に位置する自分が、ヒエラルキー最下層に位置する筈の落ちこぼれに手こずるなど、あってはならない。そう考えたかどうかは不明だが、取り巻きも加わった事により、その拳の苛烈さがさらに増す。

 そこに取り巻きの攻撃も加わった結果、おれは徹底的にボコボコにされて、地面に倒れ伏して土を味わう事になった。


 その無様な姿を見て溜飲を下げたのか、毒づき唾を吐き掛けながらもそれ以上の追撃はせずに、パンとスープを奪って立ち去った。

 途端に周囲から響いてくる、嘲笑の声。そのどれもが、おれを見下し馬鹿にするものばかりだったが、今さら気になりはしなかった。

 そんな事を気にするよりも、自分が今後するべき事を計画するのに忙しかったからだ。


 しばらく土と血を味わいながら地面に転がり、ある程度体のダメージが抜けて動けるようになって、体を起こす。

 その頃には既に全員寝静まっており、おれを避けるように離れた場所に一塊になって雑魚寝をしていた。

 おれも寝ようと馬車に毛布を取りに行こうとして、何故かおれの分だけ毛布が用意されていないのを思い出す。

 大方落ちこぼれのおれには毛布すら勿体無いとかいう理由なんだろう。その為におれは、毎晩寒さに震えながら、少しでも暖を取ろうと馬車の下に潜り込んで寝ていた。

 しかし今のおれは、全身に傷があった。下手に馬車の下に潜り込んで寝ようものなら、破傷風を始めとした感染症に罹りかねない。

 碌に体も洗えてない不衛生な奴が何を今さらとも思ったが、その事に気づいてしまった以上は用心しなければならない。

 この世界に地球と同じ病気があるかどうかは不明だが、発症して死んでしまいましたでは、笑い話にもならない。せめてもの気休めにと、馬車が風を遮るような位置で凭れかかって寝る事にした。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 翌朝、前日の疲労が思っていた以上に溜まっていたのか、泥のように眠っていたところを鞭で叩かれて目が覚める。

 商隊の一人が「いつまでも寝てんじゃねえ」と鞭を振って、次々と奴隷たちを叩き起こしていた。

 奴隷紋のせいで逆らえない為に反撃などできず、全員が身を竦ませて怯えながら指示に従う。それは昨日散々おれを痛めつけてくれた奴らも例外ではなかった。


 馬車に乗り込み、移動が始まる。

 道中、一緒に乗っているニーナが魔力循環を終えている子向けに、魔術の基本的な仕組みと扱い方について講義してくれる。


 取り組むべき事は、大別して三つ。

 単純に力をつける事と、奴隷紋を解除する方法を探す事と、転生ボーナスの把握だ。


 当然ながら逃げ出したところで力がなければ生きてはいけないし、奴隷紋を解除せずに逃げ出す事は、主人に設定されている奴が死なぬ限り不可能だ。

 よしんば主人が死んで逃げ出せたところで、奴隷紋が刻まれている限り一生逃亡生活を余儀無くされる。それでは余りにもリスクが高過ぎる。

 隠して生きようにも、左胸を中心に広がっている複雑な刺青は目立って仕方が無い。切っ掛けさえあれば、簡単にバレてしまうだろう。

 そしてアキュラが与えてくれた転生ボーナスについても、不明なままだ。今後生きていくのに、ほぼ間違いなく有用であろう代物だ。できる限り早期に把握しておきたい。


 その第一歩として、ニーナの講義を真剣に聞く。移動中の馬車の中なのであまり派手な事はできず、やる事といえば基礎的な事だけだが、今のおれに重要なのはその基礎なのだ。間違っても適当に流す事はできない。


 魔術の基本的な仕組みとしては、体内で魔力を循環させながら練り上げ、術式を編み込んで放出するというもの。

 編み込まれた式に応じた事象が放出された際に引き起こり、その事象の威力や規模は込められた魔力の量や密度によって左右される。

 つまり、一度に循環させられる魔力の量が多い程規模の大きな魔術が行使でき、より魔力を圧縮できる程強力な魔術を行使できるという訳だ。


 しかしこれらは、魔術の最も基本的な属性である無属性に限った話である。

 他の属性に関しては、体内で魔力を循環させる際にそれぞれに応じた属性に変換する必要があり、どの属性に変換できるかは各々の才能次第であり、自分自身で知るしかないとの事。

 因みに魔力の変換はそこそこ高度な技術らしく、現在それができているのはガキ大将とその取り巻きのみらしい。


 他にも体内ではなく体外に術式を構築したり、あらかじめ構築しておいた術式を何かしらに刻んでおき、魔力を通すだけで事象が得られる魔道具といったものがあるらしいが、詳しくは教えてくれなかった。知っていれば役に立ちそうだっただけに残念だ。


 そこでニーナの講義は終わり、後は各自で練習をして、分からない事があれば聞くという形になった。

 おれも無属性の基本である、魔力を弾として放つ『魔弾』の練習を始めたのだが、まるで上手くいかない。

 体内で単純な構成の術式を編んで外に出し、後は放つだけの魔術とニーナは説明していたが、その単純な構成の術式を編むという行為自体ができなかった。

 体内で魔力を循環させるのはいい。全身に血液を巡らせるイメージでできた。だがその状態で術式を構築するというのは、体内を巡る血液の流れを自在に操るというようなものだ。碌にイメージが湧かない。


 それでも悪戦苦闘しながら術式の構築を試みているうちに、ようやく手応えのようなものを掴み掛けたその瞬間に、左隣で爆発音が響いた。


「おっと、悪ぃ悪ぃ」


 耳鳴りと微かな痛みが襲い掛かり、折角掴み掛けていた手応えもスルリと手元から抜けていった。

 その事に対する激しい憤りを感じながら左を向いてみると、まるで悪びれた様子のない、むしろ嘲笑った表情をした奴がいた。

 こいつもおれで鬱憤を晴らしている奴の一人で、ガキ大将の取り巻きでこそないが、こうして道中の馬車の中で隣に座っては爆発を起こす奴だった。


「コラ! お前はまたそんな事を――!」

「ごめんなさい。制御に失敗しちゃって」


 不貞腐れるかと思いきや、素直に謝る。だが本心からではないのは、火を見るよりも明らかだ。

 ニーナのする説教も、まるで聞いている様子がない。


「お前さ、生意気なんだよ」


 自分の言葉をまるで聞く様子のない姿に溜め息をついてニーナが立ち去った後、そいつがおれに対して憎々しげに言う。


「落ちこぼれのクセに、ニーナ姉ちゃんに構わられてよ。身の程を弁えろよ」


 これは所謂あれか、嫉妬というやつか。入院患者が見ていた昼ドラによく出て来た感情だが、実際に向けられると中々不愉快だった。さすがは魔族と言うべきか、ガキのクセに随分とマセている。

 しかしこの嫉妬野郎の言葉は的外れだ。

 落ちこぼれのクセに構わられるのではなく、落ちこぼれだからこそ構って来るのだ。少し考えれば分かりそうなものだが、そこまで頭が回ってないようだ。


 その後も似たような嫌がらせを受けつつ、馬車が停止。野営の準備に入る。

 食事までの間にニーナから個人授業を受け、配給を受け取る。

 そして例のごとくガキ大将とその取り巻きに殴られたり反撃したりした挙句にボコボコにされて食事を奪われ、就寝。

 翌朝になって鞭で叩き起こされて馬車に乗り込み、講義を受けたり嫌がらせを受けたりする。


 そんなサイクルをしばらくの間送っていたところで、いくつか分かった事があった。


 まずおれの保有する魔力は、同年代の連中と比べても倍近く多いらしい。

 ニーナの話していた事を纏めて地球の知識で要約するなら、この世界において生物に宿る魔力とは、心臓の左心房の辺りにバンクが存在しており、そこから魔力を汲み上げて全身に循環させているのだという。

 おれが最初に魔力の循環を血液の循環に例えたのは、偶然とはいえ的を射得ていた訳である。最も、この世界において体構造のメカニズムがきちんと把握されているかどうかは不明だが。

 ともかく、その魔力バンクの名前を『イド』と呼ぶそうなのだが、一定の実力を持つ魔術師はそのイドにどの程度の魔力が貯蓄されているのかが量れるらしい。

 ニーナもそれは可能で、おれに限らず奴隷全員の貯蓄量を量っており、その中でもおれの魔力量が図抜けて高い事にかなり驚いたとの事。

 最初にその事を聞いた時は、特に何も思ったりはしなかったが、よくよく聞いてみると、その魔力量のお陰でおれは死なずに済んでいたらしい。

 何でも、商隊としても才能のない落ちこぼれを五年間も食わせてやる程お人好しではなく、さらには出来の悪い奴隷はその分安く買い叩かれ、最終的な収支が赤字となってしまうため、おれのような落ちこぼれは本来ならば早々に処分してしまうのだそうだ。

 本来ならば処分される筈のおれが生き永らえていられたのは、ひとえにおれの保有する魔力量が図抜けていたからにすぎない。

 おれの保有する魔力量が多いのは、片親が純粋種の悪魔であるのが理由だろう。どんな力であろうとあって困る事はないので、顔も知らない親ではあるが、一応は感謝しておこう。


 あと、奴隷紋についてだが、主人が自主的に解放するか、もしくは死ぬ以外に解除された例というのは、少なくともニーナは知らないらしい。

 奴隷紋がある限りは主人に対して歯向かう事もできないし、有事の際はおれたちが戦わされる事になる上に、現在主人として設定されているのは商隊の者全員であるため、主人の死亡というのは現実的ではないとの事。

 だから妙な事を考えるのはやめろと釘を刺されたが、おれ的にも一応は自由になれるとはいえ、奴隷紋が消える事もないその方法は遠慮したいところなので、杞憂でしかない。

 ひとまずはニーナを始めとした、この世界の者が知らないだけで、他にも方法はある事に期待するしかないだろう。


 それと難航すると思っていた転生ボーナスの把握の件についてだが、予想外な事にあっさりと終了した。

 というか、前世と同じように、先日唐突に脳内に浮かび上がった。

 それによると転生ボーナスは複数あるものの、現状ではその殆どが封じられている状態らしい。その封じられているボーナスに関しては、おれの実力が相応のものになれば自動で開放されるとの事。

 何でも、最初から大きな力を持つと慢心しやすく、呆気なく死んでしまう事が多いのでそうしたのだとか。他でもない転生神がした事だ、本当によくある事なのだろう。

 現在解放されているのは一つだけで、内容は殺した相手の力を自分のものにするというもの。まさしくおれに打って付けの能力じゃないか?

 どうもアキュラは、おれを本気で神格化させたいらしい。


 そのアキュラの期待に応える為にも、具体的に能力を把握したかったのだが、何分能力が能力なので、中々確認がし辛かった。

 どうやって確認したものかと一晩悩んだ上で、とあるプランを閃き、実行することにする。


 その頃にはようやく術式の構築の感覚というものを掴み、手の平に魔力の球を生み出して放つくらいの事はできるようになっていた。

 とはいえ、未だに術式を構築するのに軽く一〇秒以上は掛かるし、それよりも複雑な術式の構築はできなかったりと、到底実戦て使えるような代物ではないのだが、重要なのは魔力球を生み出せるという事だ。


 移動の為に馬車に乗り込む。隣には当然のように嫉妬野郎。

 こいつは最近ますますおれの事が気に入らないようだ。少し前まで魔力循環もできなかった奴が、一応は魔力球を作れるようになったのがムカつくのだと言う。その為か嫌がらせの頻度も露骨さも増してきていた。

 おれが魔力球を手の平に生み出して維持していると、必ずと言っていい程妨害してくる。それも、わざと自分の魔力球を暴発させるという方法でだ。お陰で生傷が絶えないが、今回ばかりは利用させてもらう。


 いつものように魔力球を生み出して、手の平の上で維持する。そのまま待つことしばし、予想通り隣で爆発音と衝撃が襲いかかって来る。そのタイミングに合わせて、おれは維持していた魔力球に一気に魔力を送り込み、暴発させた。

 鼓膜が破れ、周囲から音が消える。全身に激痛と熱が走った状態で、おれは馬車の天井を見上げていた。


 おれの魔力の圧縮率は、自分で言うのもなんだがかなりのものだ。何せ転生の際に身を持って圧縮というのがどういうものかを体験している。魔力を圧縮して密度を高める事など、造作もない事だった。

 それに加えて、同年代の連中と加えて保有する魔力も多く、一度にイドから汲み上げて循環させられる魔力の量も多い。そんなおれが全力で生み出した魔力球の暴発は、ちょっとした手榴弾に匹敵する威力を誇った事だろう。魔力循環で頑丈になっていなければ、こうして意識を保っていられたかも怪しい。ましてや、おれよりも循環に劣る嫉妬野郎は、さぞかし大変な事になっている事だろう。


 ヌッと視界にニーナの顔が現れ、何かを喋る。ごめん、何を言っているのか全然分からない。

 取り敢えず嫉妬野郎の状態を確認しようと起き上がろうとすると、酷く慌てた様子のニーナに押し留められる。表情は焦りで染まっていて、忙しなく口を動かしている。きっと耳が聞こえていたら、さぞかし喧しいと感じた事だろう。

 しかし身を起こさない事には嫉妬野郎の状態も確認できないなと考えたところで、別に確認するだけだったら起き上がらずとも横を向くだけでいいじゃんと思い至り、首を右に回す。


 首を回した先には、嫉妬野郎らしき物体が転がっていた。

 何故らしき物体なのかと言えば、顔面が深く抉れていて、誰だか判別できなかったからだ。

 被害は顔面だけでなく、左手は手首から先が失くなっていたし、腕から肩にかけて肉が爆ぜて幌に血と肉片がこびり付いている有様だ。辛うじて痙攣しているが、これは助からないだろう。

 中々酷い有様だったが、おれに喧嘩を売ったのが悪い。因果応報というやつだ。

 次に転生したら、自分の行動を悔い改めながら徳を積むようにするんだな。人間に転生できるかどうかも怪しいが。


 一方、魔力循環をしていたとはいえ、爆心地であったおれの状態も中々酷い。

 魔力球を乗せていた右手なんかは、手の平が失くなって骨だけになっているし、腕もズタズタで、所々骨が覗いて見えていた。

 腕だけでなく、右半身は大小様々な裂傷が刻まれていて、ダラダラと血が流れ出ていた。

 人間ならば痛みで一度ショック死し、さらに出血によるショック死を経験し、尚も放置して置けば失血死に至るだろう。魔族の体というのはつくづく頑丈だ。いや、半人半魔か。


 因みに経過を報告しておくと、結局嫉妬野郎は助からなかったそうで、死体は適当なところに捨てられた。

 それと同時に、おれの保有する魔力量もハッキリと分かるぐらいに増大した。丸々一人分という訳ではないが、他にも制御能力が向上したり、足が少しだけ速くなったりと、様々な恩恵が得られた。

 どうやら力と言っても、魔力だけでなく相手の長所に当たるものが得られるようだ。

 嫉妬野郎は暴発の振りでおれを攻撃できるぐらいは制御能力に長けていたし、全体のヒエラルキーで見れば下の方に位置していた為に度々ガキ大将一派に追い掛けられていた事もあり、足も速かった。それらの一部が、おれの力として還元された訳だ。

 しかし、今回のような手は余り多用はできないだろう。

 今回は不慮の事故と思い込んでいるニーナが、相手側に普段から問題があったと擁護してくれたお陰でお咎めなしで、しかも最近のおれの伸びに期待されて治療までしてくれたが、連続で起これば間違いなく疑われるし、そうでなくとも治療してくれるという保証はない。

 あくまで今回治療してくれたのは、おれの伸び代を鑑みて、一回程度の治療ならばお釣りがくると思ってくれたが故だ。毎回無条件で治療してくれる訳ではない。

 しばらくは地道な鍛錬で実力を伸ばすしかないだろう。




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