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黒い黒の君





 ゆさゆさと身体を揺すられる感覚に、アシルは目を覚ました。

ぼんやりとしながら欠伸を噛み殺しいつものように微笑んで。

そして目の前のエルの頭へと手を伸ばそうとした瞬間、咄嗟にその動きを止めた。


 アシルの頭に、エルが既に成人しているという事実が過った。

今まで子供だと思って接していたが、よくよく考えてみると成人した立派な女性であるエルからすればとてつもなく無礼な行動だったのではないか。


 きょとんとしているエルから視線を逸らしたアシルは、気まずげに表情を固めて身を起こした。

妙な違和感を感じたアシルは、何故かまともにエルの顔が見れない。

ふと、この間感じた違和感を思い出した。


 エルに触れた時に感じた、はっとするような感覚。

触れてはいけないような、それでも触れていたいような。

今まで感じたことのない感覚に自分が自分らしく無くなっていくようで、つい突き放してしまったのだ。



「あの…アシル様?」



 遠慮がちに掛けられた柔らかい声に、アシルはぴくりと反応した。

しかしエルに視線を向けることが出来ない。

暫しの間明後日の方に目を向けていたアシルは、そのままエルを見る事なく朝の仕度に取り掛かった。



「あ、お手伝いします」



 とことことアシルの傍へと駆け寄り着替えを手伝おうとエルが手を伸ばすが、それをふいとかわしたアシルはそのまま寝室を出ていってしまった。




 何も言わず無視するかのように寝室に残してきたエルに罪悪感を感じながらも、アシルは席についてフォークに手を伸ばした。

そして掴んだ筈が己の手をすり抜けて床へと落下したそれを見て、大きく溜め息を吐いて手で顔を覆った。





―――何をやってるんだ、俺は…

これじゃまるで初めて恋を知ったガキみたいじゃねぇか。




……恋?俺が、エルに?




「はっ……まさか、」



 鼻で笑いを漏らしたアシルが顔を上げると、そこにはこれでもかと言うほど目に涙を溜めたエルがいた。

ぎょっとしてアシルは目を見張る。

目を潤ませたエルは、それでもぐっと涙を堪えながら微かに震える手でグラスへ水を注いでいる。

瞬きをすれば涙がこぼれ落ちてしまいそうだ。



ーーーしまった、また傷付けたか…



「…悪い、気にするな。今朝は夢見が悪かったんだ」



 言ってさらりと頭を撫でてやると、弾かれたようにエルは顔を上げた。

ぱちぱちと瞬きを何度か繰返すと、安心したように表情を緩ませた。





 そんなこんなでどうにか何時もの調子を取り戻しつつ数日が過ぎた。

この日も午後のお茶を楽しみながら、アシルはテラスで優雅な一時を過ごしていた。

暖かい日が降り注ぐ中でお気に入りのお茶をすすり、心地よいまどろみに身を任せる。

そんな時、ふいにエルがアシルの袖をくん、と遠慮がちに引っ張った。



「…うん?どうした?」


「あの、お昼寝をされるならお部屋に入らないと…風邪をひかれてしまいます…」



 いくら暖かいとはいえ春に入ったばかりのこの季節だ。

日の光が雲に隠されてしまえば、まだ肌寒さを感じる。

それもそうだなと残りのお茶を喉へ流し込んだアシルは、カップを置いて立ち上がろうとした。

とその時、エルの細い手首がアシルの目に止まった。

白い肌にくっきりとついた青い痣。

瞬時にアシルは大方の予想をつけ、眉を寄せる。



「それ、どうした?」


「えっ?それ、って…」



 ぱちりと目を瞬かせたエルの手首を、アシルは優しく掴み上げる。

そして親指でするりとそこを撫でると、促すように再びエルへ視線を向けた。



「あ、えっと…ぶつけ、ました…」




「ーーーそうか…」



 アシルは安心したように表情を緩めると、エルの手をそっと離した。

そんな様子にほっと息をつくエルと視線を合わせるように身を屈めたアシルは、よしよしとエルの頭を撫でる。

ほわりと頬を染めて遠慮がちに視線を上げたエルは、ビシリと硬直した。

どこか不穏な笑みを浮かべてエルをじっと見つめるアシルと、目を見張って固まるエル。

まさに、蛇に睨まれた蛙のようだ。



「嘘を、つくのが下手くそだな…エル?」


「………っっっ!!」



 ぐい、とエルが身に纏っている侍女用のドレスの袖を捲ると、エルの細く白い腕には同じような青痣が無数に散りばめられていた。

苦虫を噛み潰したように眉を寄せたアシルは両手でエルの顔を包み込み、上向かせる。



「お前の主である俺に嘘を吐くのは許さない」


「っごめ、なさ…」


「誰にやられた?」



 アシルがそう問い掛けると、視線を落として言い淀むエル。

それでもじっと目を見つめ続けると、観念したように引き結んでいた小さな口をようやく開いた。


 数日前から数人の侍女がエルに厳しく当たっていたこと。

最初はエルの小さな失敗をぶつくさとしつこくなじる程度だったのが、次第に人気の無いところで罵声を浴びせるようになり、そして水や残飯を頭からかぶせるようになったこと。

そしてついには例え小さな事でもエルが何か失敗をすると、その細い腕や手首をぴしゃりと叩くようになったこと。



「で、でも、他の人は優しくして下さいますっ…だから平気ですっ」


「ーー誰?」


「え……?」


「そんな下らない事した奴。誰?名前言って。一人残らず」



 黒い笑みを浮かべてそう言ったアシルに、エルはーーああ、やっぱり言わなければ良かった……ーーと深く後悔したのだった。




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