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黒の君とガルデニア






 口聞けぬ美しい少女と言われていたエルが突如口を聞き始めた事で、屋敷の人間は驚きに包まれた。

小鳥の囀ずるような鈴の鳴るようなと比喩されながら噂となった彼女の声は、噂通り可愛らしいもので。

しかしその容姿に見合った愛らしい声を発するのはアシルの前だけであった。





「おはよう、エル」


 今日もゆさゆさと揺り起こされて目を覚ましたアシルは、大きな目で覗き込むエルに微笑んだ。

パッと身を離したエルはその頬を愛らしく染めて、きゅっと服の裾を握る。



「…おはよう、ございます」



 小さな声でそう言い切るや否や、恥ずかしそうに俯いて部屋を出ていってしまった。

身体を横たえたままその様子をきょとんとして見送ったアシルは、くすりと笑みを漏らした。



 あの日以来、エルの態度は幾分か柔らかくなった。

特にアシルの前では躊躇いがちであっても言葉を発するようになり、表情のレパートリーも増えた気もする。

アシルが少し微笑むだけでも恥じらうような仕草を見せる様子は、とても可愛らしいものであった。

愛らしく恥じらうエルの姿見たさに、アシルはわざと微笑んだり頬に手を滑らせたりと悪戯をして楽しんでいた。



 服を着替えて寝室を出ると、既に朝食が並べられていた。

「ありがとう」と言いながらエルの髪をさらりと撫で席につくと、案の定エルの頬は真っ赤に染まっている。

漏れそうになる笑みを堪えながら、アシルは涼しげな顔で首を傾げて見せた。



「顔赤いけど、風邪?」



 驚いて首を振ろうとしたエルの後頭部を引き寄せ、自分の額とエルの額を合わせる。

すると、アシルの後頭部がスパーンと叩かれた。

顔を真っ赤に染めて走り去っていったエルを残念そうに見送りながら、アシルは眉を寄せて振り返る。



「お前俺のエルに何ちょっかい掛けてんだコラ」



 眉間にシワを寄せて不穏な笑みを浮かべながらそう言ったのは、フィリクスだった。



「何でエルがお前のなんだよ」



「俺に懐いてるからに決まってるだろうが」



「あいつの声聞いた事も無いくせに何言ってんだよ」



 ハッと鼻で笑って言ったアシルの言葉に、フィリクスはぐっと詰まる。

そんなフィリクスを放置して朝食に手を付け始めたアシルに、フィリクスは思い出したように真面目な顔付きになった。









「まぁエル、顔が真っ赤よ」



 アシルの朝食の給仕から戻ったエルにそう言ったのは、元アシル付き侍女であったリアだ。

ウェーブがかった栗毛を後ろできっちりとまとめ、侍女用のドレスを身に纏っている。



「あらあら、もしかして黒の君に悪戯されちゃったのかしら?」



 くすくすと笑みを漏らしながらエルの頭をぽんぽんと撫でると、エルは一層真っ赤に顔を染め上げた。

そんなエルを姉の様な表情で見つめていたリアは、ふと真剣な眼差しを向けた。



「エル、何かあったらすぐに言うのよ」



「……?」



 首を傾げたエルに再び微笑むと、リアはすぐに仕事の表情に切り替えてその場を去っていった。











「お前エルを構い倒すの辞めろ」



「何で?」



 アシルの斜め向かいの席に座ったフィリクスに、アシルは厚切りのベーコンを一口サイズに切りながら目線も寄越さずに返す。

溜め息をついたフィリクスは食卓の上の蒲萄を一粒口に放り込み、頬杖をついて再びアシルへ視線を向けた。



「お前の大事なお姫様が泣くのなんか見たくないだろ?」



 フィリクスの言葉に漸くそちらに目を向けるも、怪訝な表情で首を傾げる。

そんなアシルに、フィリクスは苛ついたように顔を顰めた。



「あの子一人を特別扱いなんかしたら黙ってない人間がいるだろ?」



「他の侍女の事か……アリエルの時は何もなかったんだから心配いらないだろ」



「あの時はあの子がエリクに夢中だったからだろ」



「だからってエルはまだ子供だぞ?」



 馬鹿にしたように言ったアシルに、フィリクスは一瞬目を見開いた。

そして、呆れたように盛大な溜め息を漏らす。



―――何故この男が知らないのかは大体想像がつく。

どうせ女好きのこいつが手を出さないように侯爵が言わなかったんだろう。

まぁ言われないと気付かないだろうとは思うが…

知ったら知ったで俺としては面白くないが。

しかしまぁ、さすがにそろそろ言っとかないとまずいことになりそうだしな。

なんせ、こいつ以外の屋敷の人間は皆知ってることなんだ。

有らぬ噂が屋敷中に蔓延してもおかしくはない。

そうなると結果的にあの子が傷付けられることになるかもしれない。

それだけはなんとしても避けたい。



 ぼんやりと明後日の方向を見ながら考えに耽っていたフィリクスは、不意にアシルに視線を戻した。



「いいか、よく聞けアシル」



「何だよ」

 


「エルは、既に成人してる」



「成人?それがどうし……」




 怪訝そうに言ったアシルは、最後まで言わぬまま目を見開いて固まった。



―――エルが、成人してる?




「……待て、何の冗談だ」



「冗談じゃない。エルは今現在十八だ」



「じゅうは……」




 更に目を見開いたアシルに、フィリクスはやれやれと肩を竦めた。


 この国での成人は十六とされている。

つまり、エルは成人して既に二年も経っているということだ。

 身長はアシルの肩に届くか届かないか程しかなく、その容姿は美しいことは美しいのだがあどけなさが残る少女顔だ。

そして表情や仕草も貴族のそれとは認められるものの、身体が小さいせいかどこか幼く見える。


 そんなエルが、十八歳。

アシルと四歳程しか変わらないのだ。

てっきりエルは十歳前後だと思っていたアシルは、あまりの驚きに暫く呆然としていた。








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