物言えぬ美しき少女
侯爵第一子息であるエリクと当時侍女見習いであった子爵令嬢のアリエルが婚儀を上げて、二年が経った頃。
二人が屋敷を出て別邸で暮らし始めた為めっきり賑わいを無くしたアランブール家に、新たな侍女見習いがやってきた。
ウェーブがかった透き通る金色の長い髪に、宝石の様に美しい大きな緑色の瞳。
白い肌に林檎の様に赤い唇、長い睫毛に小さな顔。
その恐ろしい程整った顔には、誰もが感嘆の声を上げた。
そんな十二かそこらの歳の見目をしている少女を前にしたアシルは、思わず眉を顰めて己の父親を見遣った。
「……どこぞの姫君でも拐って来たのですか父上」
蔑む様な目を遠慮なく浴びせてくる実の息子にとんでもないと首を振ったアランブール侯爵は、少々慌て気味に事情を説明し始めた。
雇い主であるアランブール侯爵の前でも無表情でぼんやりと立っているこの少女の名前は、エルというらしい。
この国の端の方にある鬱蒼と樹々が生い茂る森からふらりと現れたこの少女を偶然見付けたのが、アランブール侯爵だという。
顔や手足は汚れ身に纏っていた服も破れて泥に染まっていた少女のあまりにも無惨な姿に、そのまま捨て置く訳にも行かず侯爵はこの少女を屋敷に連れ帰った。
そして侍女達に磨かせたところ見違えるような美しい少女となったのだと嬉々と語る侯爵に、アシルは小さく溜め息をついた。
そして自分の肩よりも少し下の位置にある少女の顔に視線を落とした。
「お前、歳は?」
アシルが静かに問い掛けると、エルは視線だけを動かしてアシルを見上げた。
しかしその表情は何一つ変わらず、その上口を開くことすらしない。
その様子に少し眉を寄せたアシルに、侯爵は苦い顔で呟いた。
「―――その娘は、口が聞けないようだ」
その言葉に一瞬目を見開いたアシルは、再びエルへと視線を落とした。
相変わらずアシルを見上げている少女は、彼を無視しているわけではなさそうで。
その何かを訴えかけるような瞳から、アシルは少しの間目を逸らせずにいた。