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Page-06 魔導書使い

 バチバチ! バリリィ!

 青白くスパークする魔導書を真夜はただ見上げている。一体どうするのだろうかと月葉が不安げに思っていると――すっ。真夜は右手を真横に翳した。

「第三段第四列――」

 唱えるように呟くと、真夜はその右手でなにもない空間から一冊の本を引き抜いた。

「――〝火弾〟」

 パラパラパラ。本が風に煽られるように物凄い勢いで捲れていく。すると本の手前に魔法陣みたいな赤く幾何学的な紋様が展開し、轟! と中心部からバレーボールほどの大きさをした火炎が射出された。

「!?」

 驚愕する月葉の視界を、灼熱の火炎球が電気纏う魔導書へとまっすぐに飛んでいく。

 そして、直撃。

 大地を振動させるほどの凄まじい爆発音が響き、電気纏う魔導書は激しく炎上した。

「も、燃やしちゃった……」

「燃えないわよ」

 日和が横から即答する。

「いいかな、月葉ちゃん。魔術界で一般的に魔書と呼ばれる本は二種類存在するの。魔術書と、魔導書ね。魔術書は学校の教科書みたいなもので、言ってしまえばただの指南書。だけど魔導書ってのは、真夜が今やったようにそれだけで特定の魔術を発動させる魔法のアイテム的な代物なのよ。しかも特殊な力が働いていてね、どんなことをしても傷一つつかない」

 すぐには理解できない説明を受けたが、最後に言われたことには覚えがある。月葉が持っていた『開かずの本』は、どれだけ乱暴に扱おうとも折れ曲がりすらしなかった。

「でも魔導書の厄介なところはそこじゃなくって、きちんとした処置をしないと勝手に魔力が蓄積されて暴走するところなのよ。アレみたいに。――ほら、真夜が刺激したから反撃がくるわよ」

 言われて月葉は空中で炎上する魔導書に視線を戻した。とその時、燃え上がっていた炎が破裂するように内側から弾け飛んだ。

 現れた魔導書は、焦げ跡一つついていない。その魔導書から青白い雷撃が迸ったかと思えば、雷撃は真夜ではなく、彼の手前の地面に炸裂した。地雷を起爆させたように芝生ごと大地を爆散させる。

 土煙が巻き上がる中、そこから全身青白く発光する狼に似た姿の四足獣が出現した。

「あ、あれって依姫ちゃんが言ってた……」

 体中からバチバチと家電がショートしたような音が聞こえる。あれは生き物が雷を纏っているのではなく、雷が獣の形を取っているように思えた。

「フン、〝雷獣〟の魔導書か。ライセンスランクは二級といったところだな」

 一人で納得する真夜に、雷獣が咆哮代わりに雷鳴を轟かせ、飛びかかる。

「第四十三段第十列――」

 慌てる様子もなく真夜はまた唱えると、火球を出した魔導書を空間に消し、別の魔導書を引き抜いた。

「――〝粋護〟」

 真夜は二冊目の魔導書を開き、襲い来る雷獣へと突きつける。

 瞬間、雷獣は見えない壁にでもぶつかったかのように弾かれた。目を凝らすと、真夜の周囲を力場的な光の層が半球状に覆っているのが見える。

 ――防御魔法?

 月葉は漫画や映画などの感覚でそう思ったが、たぶん間違ってはいないだろう。

 地面を転がって芝生を発火させた雷獣がゆっくりと四足で立ち上がる。そして威嚇するように真夜を睨み、唸り声に似た雷鳴を発する。

 それから雷獣は姿勢を低くすると――バリッ。

 青白い残光を引き、雷速で真夜へと突貫した。

〝粋護〟とかいう光の層と雷獣が激突する。凄まじい放電現象が発生し、のたうつ雷が大地を深く抉る。

 チッ、と真夜の舌打ち。放電が収まった時、光の層も雷獣も消えてなくなっていた。雷獣は捨て身の一撃で真夜の防御を破ったのだ。

 バチイィ!!

 再び空中に浮遊する魔導書――〝雷獣〟の魔導書からスパーク音と雷光が閃く。直後、〝雷獣〟の魔導書から巨大な光柱が天を衝く勢いで立ち昇り、上空で千々に飛び散って隕石のように落下してくる。

「きゃっ!?」

 無作為に降り注ぐ雷撃雨の一つが月葉たちの頭上に落ちる。何百万ボルトあるかわからない雷を受けたら普通の人間である月葉なんて簡単に死んでしまう。逃げ出す暇なんてない。咄嗟に頭を庇う月葉だったが……なんともなかった。

「ほらね、結界の中にいれば安全よ」

 顔を上げると、そこには日和の安心させるような笑顔があった。雷撃雨は彼女の結界に阻まれて内部まで入り込むことはなかったのだ。ひとまずほっとする月葉。

 だが、あれは〝雷獣〟の魔導書。雷撃雨だけでは終わらない。


 全ての雷撃雨の落下地点に、最初のものと同じ狼に似た雷獣が現れていた。


 何匹いるのか数えられないほどの雷獣たちが月葉たちを包囲し、徐々にその輪を縮めてくる。今度こそ月葉はへたり込みそうになった。

「あーらら、これは厄介ねぇ。真夜、襲われる前にアレで一気に片づけなさい」

「フン、言われなくてもそうするつもりだ」

 言葉とは裏腹に全然厄介そうじゃない日和に、真夜はくだらなそうに鼻息を鳴らす。そうして二冊目――〝粋護〟の魔導書を虚空に消し去り、

「第百六段第十二列――」

 また新しい魔導書を取り出し、開く。

「――〝千刃〟」

 刹那、上空に巨大な魔法陣が展開され、そこから無数の西洋剣が飛び出した。

 両刃や片刃、小剣から大剣まで多種多様な形をした西洋剣が大気を引き裂くように四方八方へと飛び、周囲を取り囲んでいた雷獣たちだけを正確に仕留めていく。

 当然逃げ惑い剣をかわす雷獣もいる。が、雷獣の数よりも飛んでくる剣の方が遥かに多い。かわしたところで別の剣が刺さるだけである。剣に貫かれた雷獣たちは、雷音の悲鳴を轟かせて次々と消滅していく。

「す、凄い……」

 まさに剣の嵐と言える光景に呆然としつつ、月葉は感嘆の声を漏らした。魔術を否定する心などとっくの昔に塗り替えられている。この二人は、是洞姉弟は、確かに魔術師という非現実的な存在だ。それはもう、認めるしかない。

 雷獣たちを一掃するのに十秒とかからなかった。

「……」

 真夜は辺りを見回して雷獣が残っていないことを確認すると、三冊目の魔導書もどことも知れぬ空間に仕舞った。それを合図に、辺り一面に突き刺さっていた西洋剣が空気に溶けるようにすぅと消え去る。

 ふっ、と浮かんでいる〝雷獣〟の魔導書の纏っていた電気が消失した。――かと思うと、〝雷獣〟の魔導書は力尽きたように半壊した倉の瓦礫の上に落下する。

 空を覆っていた暗雲も流れ、夕日に焼けた色が覗く。

 ――終わったの?

「日和さん、あれ、どうなったんですか?」

 真夜が〝雷獣〟の魔導書を拾い上げて何事もなく汚れを叩いているのを横目に、月葉は日和に状況説明を求めた。

「さっきのであの魔導書が溜め込んでた魔力が尽きたのよ、月葉ちゃん。暴走した魔導書を鎮めるには、ああやって魔導書が魔力を使い切るまで相手してあげればいいのよん」

 砕けた調子で言い終わると、日和はパチンと景気よく指を鳴らした。すると、結界を構成していた五芒星の魔法陣が光を失い、魔法陣を描いていたビーズが磁石で砂鉄を吸い寄せるように日和の掌に戻った。日和はそれらをジャラジャラとポーチに放る。

 そんな非科学的な光景を前に、月葉は感動しつつふと思う。

「あの、日和さんもあんな凄いことができるんですか?」

「ん? それは私も真夜みたく魔導書を使えるかってこと?」

 コクンと頷くと、日和はどこにツボがあったのか快活に笑った。

「あはははは、ムリムリ。さっきも言ったけど、私はただの魔術師だから」

「……?」

「あっ、そうか、それも教えないとわかんないわよね。魔術師と魔導書使いの決定的な違いは、魔導書を使う使わない以前に魔力を持ってるか持ってないかなのよ」

「魔力を……?」

 魔術師を認めてしまったので月葉はなんの疑問もなく受け入れていたが、『魔力』というのはつまり、魔術師が魔術を使用するために消費する力のことだろう。ゲームで言うMPみたいに。

「そう。魔導書は使用者の魔力を喰らって発動するから、魔力の素養がない人間には扱えないのよ。だから私みたいな魔力を持たないただの魔術師は、自然からエネルギーを集めて魔力に変換し、魔術を発動させてるってわけ。逆に魔導書使いは自分の魔力が邪魔して自然からエネルギーを集められないから、普通の魔術は使えなかったりするの。あー、どっちが強いかなんて子供っぽいことは訊かないでよ? どっちも一長一短だからね」

 綺麗な顔を困った風に歪ませる日和だが、月葉はそんなことを訊くつもりなどなかった。

「姉さん」

 と〝雷獣〟の魔導書を脇に抱えた真夜が戻ってくる。

「後は任せる。商談は姉さんの方が得意だろう?」

 言いながら真夜は魔導書を日和に押しつけた。日和は「了解よん」となにやら楽しげに承諾すると、向こうで「わ、儂の書庫が……コレクションが……」と哀れに思えるくらい放心している紀佐桐吾と、彼を宥めている依姫の下へ歩み寄っていく。あの状態で商談なんてできるのだろうか、と心配になる月葉だった。


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