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Page-02 是洞真夜

 凛明高校の図書館は、教室棟から総合体育館へ繋がる渡り廊下の途中にある。

 体育館と同等の大きさを持つ丸っこいドーム状の建物がそれだ。一階と二階、さらに地下にまで本が詰まっているため、街の市立図書館よりも蔵書の量が多いという。

 入口の自動ドアをくぐると、まず広々とした空間が視界に飛び込んでくる。二階は一部が吹き抜けになっており、天井のスカイライト・ウィンドウから日光が差し込んでいるため照明をつけなくても充分に明るい。

 一階部分は壁に沿って本棚が並び、手前側には読書のためのテーブルと椅子がいくつも設置されている。奥側にはやはり本棚が所狭しと林立していて、受付横の検索機がなければ一冊の本を探し出すために相当な努力が必要そうだ。

「(ほらほら、やっぱりいた。是洞真夜、噂通りの本の虫だね)」

 図書館では静かにというルールに則り、理音が声を潜めて月葉に目配せした。

 最も奥の端に位置するテーブルに、ぽつんと一人だけ男子生徒がいる。

 是洞真夜。耳にかかる程度に伸ばした混じりけのない綺麗な黒髪に、線の細い端整な顔立ちをした美男子だ。目や眉はやや吊り上がっていて人相悪く見えるけれど、その少し不良じみた部分に惹かれる女子もいるとかで密かに人気があるらしい。月葉にはよさがさっぱりわからない。

 国語の先生が朗読の指名を避けるほど、彼は孤独オーラを全開にしているのだ。関わりたいなんて一ミクロンほども思ったことはない。

 ついさっきまでは……。

「(ほらほら、早く行きなって月葉。当たって砕けろだぁ!)」

「(月葉さん、その、頑張ってください。ファイトです)」

「(え? なんで今から私が好きな男子に告白するみたいな雰囲気になってるの!?)」

 二人に背中を押されて月葉は男子生徒――是洞真夜がいるテーブルへ恐る恐る歩み寄る。

 足を組み、椅子の背凭れに背中を預け、片手で分厚い本を持っているその姿は、天窓からの日差しのせいでどことなく神秘的な空気を纏っているように錯覚してしまう。

「あのう、是洞くん、ちょっといいですか?」

 月葉は控え目に声をかけた。なんか向こうで理音が「なぜに敬語!?」と叫び図書委員に怒られているが、今は無視しておく。

「……」

 是洞真夜はただ無言で本を見詰めている。集中していて声が届かなかったのだろうか。そもそも、目の前にいる月葉にすら気づいていないのかもしてない。

「あのう、すみません。聞こえてます?」

「……」

「もしもーし、是洞くーん?」

「……」

「あ、その本、少し破れてますよ?」

「……」

 興味を引きそうなことを口にしてもまったくもって反応がない。ふう、と息をついた月葉は、離れたテーブルにいる理音と依姫を振り向き――


 こ・れ・等・身・大・の・精・巧・な・お・人・形?


 身振り手振りとアイコンタクトでそう伝える。

 すると理音から同じようにジェスチャーで返信が来る。


 生・き・て・る・か・ら! ペ・ー・ジ・捲・っ・て・る・か・ら!


「だよねぇ」

 溜息交じりに呟く。しかし話しかけても応えてくれないとなると…………蹴り転ばすという恐ろしい提案が月葉の脳裏を過った。

 と、その時――

「僕の前で気持悪く躍るな。目障りだ」

 本をテーブルに置き、是洞真夜が刃物のような視線を向けてそう言ってきた。彼の声はあからさまな苛立ちの色を含んでいる。

 月葉は目を丸くする。

「声、初めて聞いた――じゃなくって、気持悪いってなによ! いきなり、それも女の子に向かって失礼じゃないかな!」

「知るか」

 一言でバッサリと切り捨てられた。なんなんだこの人は、と月葉の彼に対する第二印象は推進エンジンを積んで悪い方向にぶっ飛んでいる。

「もしかしてだけど、是洞くん、最初から私のこと気づいてた?」

「向こうの二人と図書館に入ってきた瞬間から気づいていた」

「なんで無視したの?」

「めんどくさいから」

 しれっと答える是洞真夜。月葉は、うぐぐ、と苛立ちを堪えるために両拳を力強く握った。

 ――なんなのこの人! すっっっごくムカつく!

 これはもう諦めて帰った方がいいかもしれない。そう本気で考え、無言で踵を返して立ち去ろうとした時――

「で、僕になんの用だ?」

 意外なことに、是洞真夜が引き止めてきた。振り返った月葉は彼を半眼で睥睨する。

「めんどくさいんじゃなかったのですか?」

 ここで敬語に戻ったのは心の距離を置くためである。

「わざわざ僕に話しかけるような人間は少ない。それなのにお前は僕の気を引こうと変な躍りまでやったんだ。なにか訳があるんだろう? 話くらいは聞いてやる」

「あ、あれは別にあなたの気を引くためにやったわけじゃありません!」

 それなら最初から無視なんてしなければ、月葉がここまで不快な思いをしなくてもよかったのだ。やはり「もういいです」と断って帰るべきかもしれない。

「その本が、関係しているのか?」

 ビク。

 的のど真ん中を射た彼の言葉に、月葉の肩が微かに跳ねる。彼は月葉が背中に隠していた『開かずの本』にもきちんと気づいていたのだ。

 月葉はテーブルに置かれてある彼の本を見る。月葉の本と同じくらいの厚さに、楔形文字に似た表紙のタイトル。なにもかもがそっくりだ。

 可能性が生じる。彼ならこの本について本当になにか知っているかもしれない、と。

 彼の無礼に対する怒りよりも、母親の残した本について知りたいという気持ちが勝った。

「この本、どうしても開かないの。なにか不思議な力が働いてるみたいに」

 敬語を取りやめて本を手渡す。受け取った是洞真夜は適当に本の全体を見回し、背表紙の辺りでなにかに反応したように眉を顰める。

「来栖杠葉、か。なるほど」

 全てを悟ったように本を返してくる。彼の本の扱いは月葉に対する言葉遣いよりも遥かに丁寧でいて慎重だった。余程に本が好きなのだろう。

「是洞くん、なにかわかったの?」

 問いかけてみるが、彼はシカトして椅子の脇に置いてあった学生カバンからボールペンとメモ用紙を取り出す。それからサラサラサラとメモ用紙に文字を書き込み――

「放課後、そこに書かれてある場所へ来い。ここで話の続きをするわけにはいかないからな」

 そう言って月葉に押しつけるように渡すと、彼は図書館を去っていった。

「なんなのよ、もう」

 メモ用紙には、どこかの住所が記されていた。


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