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Page-37 永劫の器

 月葉は呆気に取られていた。

 目の前では、倒れたアドリアンを日和がどこから持ってきたのか長いロープで縛り上げている。ビーズをばら撒いていたので、たぶん魔術的な効果も付加させているのだろう。

 真夜がアドリアンを殺さなかったことにどこか安堵している自分がいる。あんな殺意しか覚えない相手だろうと、月葉は真夜にも理音にも人殺しになんてなってほしくないのだ。

「れ、礼は言わないからな! ホントならあたしがトドメを刺したかったんだ! お前に譲ってやったんだからお前があたしに感謝しろ!」

「フン、誰がお前に感謝などするか。それよりお前は店から盗んだ魔導書を返せ」

 理音と真夜が会話している。真夜が理音のことを『貴様』ではなく『お前』と呼んだことに月葉は気がついた。もう彼女に対して敵意はないということだろう。

 理音は魔導書に執着がないのか、店から盗んだ物を素直に取り出していく。家族の仇を討てた彼女は心の底から安心した顔をしていた。

「〝魔書破壊〟……か。お前、とんでもない物を持ってたんだ」

 十冊くらいの魔導書を積みながら理音が感慨深げに言う。

「一つ聞いていい? どうして〝魔書破壊〟はお前にしか使えないんだ?」

 真夜がまだ持っている黒い魔導書を理音が興味津々といった様子で指差す。真夜は理音の指先から隠すように黒い魔導書を〝書棚〟に仕舞い、

「これは一度の使用で特級魔導書使い三人分の魔力を消費する。『魔書破壊』と簡単に言うが、それぐらい強力な術だということだ。だから協会も『禁書』に指定している」

「禁書に? じゃあなんでお前が所持してるんだ? 禁書になった魔書は全て協会が回収してるはずだ」

「僕にだけ使用許可が下りる仕組みになっているからだ。今のところ一度もないが、協会は存在自体が危険だと判断した魔書の処理を僕にさせる気でいる」

「なるほどなるほど、そりゃあ確かに〝永劫の器〟を読み解いたお前にしかできないことだ。だから禁書を読んだのにお前はお咎めなしだったのか」

「あの、理音ちゃん、そのエイゴウノウツワってなんなの?」

 話に全くついていけない月葉が問うと、理音は「あちゃー」と顔をしかめた。月葉が聞いてはなにか問題があるのだろうか。

 返された魔導書を一冊ずつ片づけながら真夜が話す。

「機密事項だ。この事実は協会の中でも幹部以上の魔術師しか知らない。だから月葉、お前に話すことはできない」

「あ、真夜くん今、一回で私の名前呼んでくれた」

「……気のせいだ」

 感激する月葉に、真夜は口が滑ったとでも言うように目を反らした。と、理音が呆れた視線を月葉に送ってくる。

「ていうか月葉、ここは機密の方に食いつくとこなんじゃない?」

「そ、そうだね……」

 理音に指摘された月葉は苦微笑しか返せなかった。すると――

「〝永劫の器〟の魔導書ってのは、協会の手違いでその坊主が読み解いてしまった禁書のことよ、月葉ちゃん。そのおかげで真夜は特級閲覧ライセンスを取得したようなもんなの」

 アドリアンを魔術的に縛り終えた日和が歩み寄ってきた。

「……姉さん」

 真夜が機密を喋った姉を睨む。

「怖い顔向けないでよ、真夜。いいじゃないの。月葉ちゃんには知っておいてもらいましょう。だってここまで関わっておいて教えないなんて、私だったら気になって夜眠れなくて死んじゃうわよん?」

「姉さんだけだ」

 そう突っ込む真夜だったが、それ以上はなにも言わなかった。弟の無言を了承と捉えたらしい日和は、保母さんのような微笑みで月葉を見る。

「いい、月葉ちゃん。二つ約束してちょうだい。一つは他言無用にすること。もう一つは、絶対に真夜を気持悪がらないこと」

「は、はい。――って、え? どういうことですか?」

 真夜を気持悪がる。初めて言葉を交わした頃は腹の立つ人だと思っていたけれど(今も時々腹立つけど)、気持ち悪いとは一度も思ったことなどない。

「真夜はね、読み解いた〝永劫の器〟の魔導書と融合しちゃってるのよ。その魔導書の力は読み解いた人間を〝永劫の器〟にしてしまうことなの」

「あの、ごめんなさい。意味がわかりません」

 月葉としてはその〝永劫の器〟がなんなのか知りたいのだ。意味がわからないと言われた日和は「あはは」と頬を掻く。

「えーとね、普通の魔導書使いはどこかで魔力の最大容量の成長が止まるんだけど、〝永劫の器〟となった真夜はその最大容量が永遠に増え続けてるの。しかもそれだけじゃなくって、『永劫』の言葉通り、真夜は老衰しない体になっちゃってるのよ。体の成長はいつか止まるでしょうけど、そこからなにも変わらない。気持悪がらないでって言ったのはそういうことよ。人間をそんなバケモノみたいな体に変えるから禁書になってたんでしょうね」

 月葉は驚きのあまり真夜を見る。老衰しない体ということは、年は取るけれど寿命では死なないということだろう。漫画とかでたまに聞く『永遠の若さ』というものだ。

 ある意味で羨ましいとは思えど、気持悪いとは思わない。たぶん何十年も経てば老いない彼を実感できるはずだ。未来の自分が真夜をどう思うかなんてわからない。だが、現在の自分は彼を人間として見ている。この気持ちはきっと変わらない。

「もう一度訊くけど、月葉ちゃんは真夜を気持悪いって思ったりしないかしら?」

「はい、大丈夫です。私は魔術なんてものに関わっちゃったんですよ? そういうことがあっても不思議はないって今なら思えます。それに、真夜くんは真夜くんです。バケモノなんかじゃありません」

 月並みな言葉だったかもしれない。でも、それは紛れもなく月葉の本心だった。

「そう、よかったわ」日和は溜飲が下がったように息をつき、「あとついでに言うと、〝永劫の器〟となった副作用で真夜はあまり感情を表に出せなくなってるのよね。まあ、元から無愛想で可愛くない坊主だったけど」

 あの無感情はそういう理由があったのかと月葉は納得する。が、彼の捻くれた性格は絶対に素だと思う。日和の隣にいる真夜は「ほっとけ」と独りごちていた。

 と――くらっ。

 突然真夜がよろけたかと思うと、月葉に凭れかかるように倒れてきた。

「し、真夜くん!? ……?」

 真夜を抱き留めた月葉はいきなりのことで慌てながらも、掌から伝わる違和感に気づいた。見ると、掌には彼の血がべっとりと付着していた。

「ひゃっ!? ひひ日和さん!? たたた大変です!? 早く真夜くんを手当しないとっ!?」

 なんでもない顔をしているが、真夜は立っていられるのも不思議なくらいの重傷なのだ。彼が表情をあまり変えない理由はたった今聞いたばかりだが、痛ければ痛いと素直に言ってほしい。

「……フン、これくらいなんともない」

 真夜はそう言って月葉から離れるが、彼の歩行は立ったばかりの赤ちゃんよりも危なっかしい。ヨレヨレで今にも倒れそうだ。

「……もうこの場に用はない。さっさと帰るぞ、姉さん」

「あたしはいつからお前の姉になったんだ?」

「なんともなくないよ!? それ絶対なんともなくないよっ!?」

 理音と日和を間違えるとは、どれだけ朦朧としているのだろうか。

「はいはいはい。真夜、ちょっとこっち来なさい」

 日和に手招きされ、真夜はゾンビのように姉の声がする方向へ足を向けた。日和はビーズで応急治癒魔術の魔法陣を組み、寄ってきた真夜の手当を開始する。

「やはは、そんじゃあ、あたしはそこの屑を引っ張って協会に出頭するよ」

 どこからか取り出した新しいリボンで髪を結った理音が、縛られて雑に転がされているアドリアンを見てそう言った。

「え? なんで理音ちゃんまで?」

「いやいや月葉、あたしだって魔術を使った犯罪者なんだ。マンション燃やしたり魔導書盗んだり……あーでも、こんだけだね。今思えば」

 理音は指折り数えながら自分の犯した罪を述べた。

「出頭したら、理音ちゃんはどうなるの?」

「んー? そこの屑は魔術でガチガチに固められた牢獄で一生過ごすだろうけど、あたしは数年くらいで済むかなぁ」

「そ、そんなの私は嫌だよ! 友達を続けたいって私言ったよね! せっかく仲直りできたのにすぐいなくなっちゃうなんて嫌だよ!」

「月葉、そいつは我がままってやつだ。あたしはフォーチュン家の者としてきちんとけじめつけないといけないんだ」

 理音は正しいことを言っている。そのことは月葉もわかっている。でも、どうしても彼女が自主することに納得がいかない。この気持ちはやはり我がままなのだろうか。

「月葉はあたしを優しいって言うけどさ、そんなことない。あたしはあの屑が危険だと知ってて月葉たちをぶつけたんだ。あの屑と是洞真夜が戦闘になって、相討ちは無理でも魔力を削ったりしてなにかしらダメージを与えてくれればって期待してた。あたしも最低だ」

「そんな、どうして『自分を嫌ってくれ』みたいなこと言うの? 理音ちゃんは優しいよ。最低なんかじゃない。私は絶対に理音ちゃんを嫌いにならない」

「そう言われると嬉しいけど、ダメだ。あたしは、あたしがしたことをなかったことにしてのうのうと生きてなんていけない」

 理音の目はまっすぐ月葉を見ている。償いをするのだと覚悟を決めている目だ。

「でも、でも」

 月葉は俯く。目頭が熱くなってくる。どれもこれも理音に悪気はなかったはずだ。仕方なかったのだ。しかし、それを言っても彼女がやったことは事実である。引き止められる言葉にはならない。

「あー、はいはい。ちょっといいかしら?」

 月葉が真っ白になりかけた頭で悩み込んでいると、真夜を治療中の日和が重たい空気を吹き払うような軽い調子で口を挟んできた。

「マンションの件は魔導書の暴走事故、店に入った強盗は……そこのヘンタイってことにしましょう。否定しても、自分自身に〝忘却〟の魔導書を使ったって言っとけば誤魔化せるわ。というか、元はと言えば全部こいつのせいなわけなんだし」

「日和さん!」

 月葉は喜びで躍り上がる気持ちを抑え切れずに歓呼した。日和は口元を綻ばせて真夜を向く。

「真夜もそれでいいわね?」

「フン、勝手にしろ。僕は知らん」

 淡く輝く魔法陣の中で真夜はぶっきら棒に答えた。

「ふざけんな! 是洞日和! そんなことしてもあたしの償いにならない!」

 沸然と怒鳴りつける理音に、日和は大きな溜息を漏らす。

「ああもう、諸悪の根源はぶっ飛ばしたんだからシリアスになるのはやめましょう? 償いなんてのは適当に人助けでもしてればいいのよ。のうのうと生きなければいいのよ。先だってやることと言えば、燃やしたマンションを弁償することかしら? あなた、情報屋でけっこう稼いでるみたいだからできると思うけど?」

「そ、それは、フォーチュン家の財産も多少は残ってるから……でも、だけど……」

 適当なようでしっかりしている日和に言い含められた理音は、それでも自分の意思を曲げたくないのか口をもがつかせている。

「あとはそうね、月葉ちゃんが家に忍び込んだ泥棒を許せば万事解決よ」

 日和がウィンクをして月葉に水を向けてくる。彼女の意図を汲み取り、月葉は力強く首肯した。

「友達が遊びに来て、本を貸しただけです」

「つ、月葉……」

 理音が一瞬だけ深く感動した表情をするが、すぐにその熱を無理やり冷ますように顔を伏せた。彼女がまたぐずる前に月葉は言葉を投げかける。

「理音ちゃん。私はまだ理音ちゃんと離れ離れになりたくない。それは本当だよ。だから今度は、理音ちゃんの本音を聞かせて」

「……」

 理音は無言。恐らくまた葛藤しているのだ。高校に入学し、月葉と出会ってからの出来事を振り返っているのかもしれない。

 やがて、彼女は僅かに震えた声で呟く。

「あたしの、本音は……」

 項垂れている理音から、一滴の雫が落ちたのを月葉は見逃さなかった。彼女は涙で濡れた顔を上げ、想いのままに叫ぶ。


「続けたい! 月葉や依姫と過ごす今までの生活を続けたいっ! 暗い牢獄で一人ぼっちなんて嫌だ! あたしはもう、寂しい思いはしたくないんだ!」


 やっぱり、と月葉は思った。

 その言葉を、ずっとずっと聞きたかった。

「うん、それじゃあ、今度こそ本当に仲直りだよ」

 えぐえぐと泣きじゃくる理音を、月葉は日和にされた時のように優しく抱擁した。そんな二人の様子を、日和は保護者のような微笑みで見詰め、真夜は見ていると目が痛くなると言わんばかりにそっぽを向いていた。

 月葉の胸に顔を埋めて理音は啼泣している。

 大粒の涙を零し、子供のように声を張り上げて、彼女は泣く。


 家族を失い、何年も一人で怯えながら生きてきた辛さを、全て吐き出すように――。


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