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Page-32 封印に記した想い

 どうしてこうなったのか、もはや月葉にもわからなくなっていた。

「理音ちゃん……お願いだから……」

 気がついたら理音を押し倒していて、必死に懇願している自分がいたのだ。我を忘れたのはそう、屋上に向かう途中で天上が崩れ、真夜が落ちてきたのを見た時からだ。

 月葉らしからぬ過激な行動に、理音も日和も呆然としている。こうなったらとことんまで自分の気持ちをぶつけるしかないだろう。

 月葉は焼け焦げてボロボロの制服姿となった理音をまっすぐに見詰める。

「『ここまでするつもりはなかった』って理音ちゃんは言ってたよね。それってつまり戦いたくないんだよね? やりたくなければやらなければいいんだよ」

 月葉の言葉を聞いた理音はパチクリと瞬きし、すっと表情を引き締める。

「じゃあさ、月葉。月葉のママの魔導書をあたしにくれる? 終わったら返すから」

「それはダメ。あの魔導書は、たぶん理音ちゃんが求めるものじゃないから」

「そんなのわかんないよ。たとえ攻撃魔術じゃなかったとしても、来栖杠葉の魔導書は強力だ。必ずなにかの役に立つはずなんだ」

「私は、理音ちゃんに人殺しになってほしくない!」

「なっ……」

 理音は絶句した。まさか月葉がそう返してくるとは思いもしなかったようだ。数秒の間あんぐりとしていた彼女は、目を細めて試すような視線を月葉に浴びせる。

「月葉、もしかして綺麗事言いに戻ってきたんじゃないよね? 復讐は復讐を生むとかそんな感じのことを」

「違うよ」月葉は首を横に振り、「確かに私は綺麗事大好きだよ。そうなればいいって思ってる。でも、それを人に押しつけられるほど偉くなったつもりはないよ」

「だったらなにをしに戻ったのさ! ここにいたら月葉なんて簡単に死んじゃうんだぞ!」

「!」

 その言葉を待っていたとでもいうように、月葉の中に安心の気持ちが広がった。理音は今、感情に任せて月葉の身を案じる言葉を放ったのだ。それが聞けただけで、月葉の予想は確信に変わった。

「……やっぱり、理音ちゃんは優しいよ」

 あの時マンションで魔導書を暴走させたのも彼女なのだろうが、部屋を借り切ってきちんと他の人が避難できるようにしていた。それにあのような場所で暴走させることは彼女の本意ではないはずだと月葉は思う。

「私は理音ちゃんと友達を続けたくて戻ってきたんだよ」

 瞠若する理音。その黄金色の瞳が『信じられない』と言っている。

「あたしは、月葉を利用しただけだ」

「嘘。じゃあどうして二ヶ月も友達やってたの? どうしてあんなに笑ってられたの? 演技だったらどこかで気づくよ。私は鈍感だから気づかないかもしれないけど、依姫ちゃんや他の誰かが絶対に気づく」

 断言すると、理音は答えを探すようにしばらく口籠った。そして――

「それは……楽しかったのは、ホントだから……」

 バツが悪そうに月葉から目を反らし、頬を少し朱に染めた。月葉を言い包められる嘘を思いつかなかったのだろう。

「けどダメなんだ!」理音はすぐに視線を月葉に戻し、「あたしが復讐やめたとしても、あいつがあたしを狙ってる。だからあたしは戦わないといけないんだ!」

 そう叫ぶ理音の声は、震えていた。

 彼女は怖いのだ。家族を殺した犯人に出会うこと自体が。

 復讐したいという気持ちも大きいのだろう。けれど、彼女は自分が殺されるかもしれない恐怖と戦っている。

「それなら一人で戦う必要ないよ。私はまだ足手纏いだけど、真夜くんならきっと力になってくれる。真夜くんは強いから、そんな奴やっつけてくれる」

「勝手に僕を復讐劇に巻き込むな」

 と、いつの間に戻ってきたのか、大剣を床に立てた真夜が大穴の縁に屹立していた。彼の服はところどころが破れ、そこから見える傷口から血が流れている。彼は平然としているが、物凄く痛いはずだ。月葉は思わず顔をしかめてしまう。

「真夜、ちょっとは空気読みなさいよ」

 ちゃんと空気を読んで黙ってくれていた日和にジト目で睨まれた真夜は、フン、といつもの鼻息を鳴らした。

「そいつが僕の気に入らない奴だったら、手助けくらいはしてやる」

「真夜くん!」

 素直じゃない真夜に月葉は、ぱあぁ、と顔を輝かせた。だが――

「きゃっ!?」

 いきなり起き上がってきた理音が、月葉の首筋に片刃剣の刃を添えた。

「り、理音ちゃん……?」

「ごめん、月葉。是洞真夜があたしを助ける理由なんてないんだ。あたしは一人でやる。助けなんていらない。これだけはやりたくなかったんだけど、もうなりふり構ってらんないんだ」

「ちょっとあなた! 今仲直りしたんじゃなかったの!」

「うるさいうるさい! 是洞日和、お前は黙ってろ!」

 理音は吊り上げた目で真夜を威圧する。うなじの上辺りで結っていたリボンが千切れて解け、プラチナブロンドの髪が腰まで下りる。

「是洞真夜、月葉を灰にされたくなかったらあの魔導書の開き方を教えろ。お前が月葉に母親の面影を見てることは盗聴して知ってるんだ」

 そうなの? と思って月葉も真夜に視線を向ける。真夜は小さく息をついていた。

「それは貴様のくだらん妄想だ。あと言っておくが、知ったところで貴様に利はないぞ」

「利があるかないかはあたしが決めることだ!」

 睨み合う真夜と理音。二人を眺めている月葉の方が緊張している。刃が段々と近づいてきているからかもしれない。

 やがて、根負けしたように真夜が口を開いた。

「……封印の解析結果の中に、来栖杠葉のメッセージが隠されていた」

「真夜くん、なにを……?」

 話してしまうのだろうか。月葉が人質になってしまったから。

 というか母親のメッセージなんて話は聞いていない。それがあの魔導書を開くための鍵なのだと思うが、そういうのがあったのなら教えてほしかった。

 月葉や理音、日和までも怪訝そうに眉を顰める中、真夜は淡々とそのメッセージの内容を告げる。


「『この本は娘のために』――だそうだ」


「「「――ッ!?」」」

 予想外過ぎる言葉に、月葉はもちろん、理音も日和も目を丸くした。二人とも魔導書の開き方だと信じて疑わなかったようだ。月葉だってそうだった。

 いや、そんなことよりも――

 ――私の、ため?

 それはつまり……どういうことなのだろうか。なにかしら意味があるとは思っていたけれど、まさかそれが自分に対してだとは夢にも思っていなかった。考えれば考えるほど月葉は混乱してくる。

「真夜、それって本当なんでしょうね?」

「本当だ」

「月葉のためって……デタラメだぁ!」

「本当だと言っている」

 真夜の即答が、そのメッセージの内容が嘘ではないことを物語っている。もっとも、真夜がそのような嘘をつけるわけがない。虚言を吐くくらいなら彼は黙るだろう。

「そんな、じゃあ、あたしが望むような力はないってこと?」

 真夜が嘘をついていないことは理音も理解したらしい。月葉の首筋から刃を遠ざけた。

 理音は下唇を噛み、俯く。傍にいる月葉にすら聞き取れない声でなにかを呟いている。

 葛藤しているのだ。ここまでのことをしたにも関らず、目的の物が望みの物ではなかったことを。

 目的のために理音は月葉の友達を演じた。だが、過ごしている内に演技ではなく本気になったのだろう。理音は本当は優しい人だ。月葉から母親の贈り物を奪ってしまったことに対して、彼女は今、苦しんでいる。

『月葉のために』

 一瞬だけ、理音の口からそう聞こえた気がした。

 そのまま何秒、いや何分が経過しただろうか。やがて彼女は吹っ切れたように苦笑した。

「やはは、困った困った。月葉のために残された魔導書に、復讐に使える力なんてないか。てか、そもそも魔導書なのかも怪しくなってきたよ。――第一段第十二列」

 理音は〝書棚〟の段列数を唱え、来栖杠葉の魔導書を取り出す。それからその魔導書を月葉に差し出した。

「返すよ、月葉。ごめん」

「え? いいの、理音ちゃん?」

 受け取るのを躊躇っていると、理音は悔しそうな笑みを浮かべて頷いた。

「うん、これは月葉のママが月葉のために書いたんだ。あたしが持っててもしゃーないよ」

 ――わかってくれたんだ、理音ちゃん。

 魔導書を返したからといって彼女が復讐をやめるわけではないだろう。寧ろ切り札になるはずだった物を失い、途方に暮れているのかもしれない。

 でも、今はわかってくれた。謝ってくれた。ならば、月葉は魔導書を受け取って笑顔で許してあげればいいのだ。

 そう思い、月葉は理音が差し出した母親の魔導書に手を伸ばした。

 直後――


「では、私が纏めていただくとしよう」


 聞き覚えのある口調の声が、背後から聞こえた。

「――ッ!? 離れろ月葉ッ!?」

「ひゃっ!?」

 理音が月葉を突き飛ばす。次の瞬間、轟!! と月葉がさっきまでいた場所に巨大な火炎のリングが通り過ぎた。

 理音を巻き込んで。

「理音ちゃん!?」

 消えゆく炎の中から床に突っ伏している理音を見つけるや否や、月葉は彼女に駆け寄った。彼女の制服や髪に引火した炎を、月葉は火傷することも構わず手ではたき消す。どうやら気を失っているらしく、髪の色がプラチナブロンドから元の青みがかった黒へと戻っていた。

「やれやれ、まあ、それなりに楽しめる茶番劇だったよ」

 コツコツと靴音を響かせて歩み寄ってきた何者かが、理音の傍に転がっている片刃剣だった魔導書を拾い上げる。

 その動作を月葉は目で追っていく。雲の隙間から覗く三日月を背景に、銀髪のロン毛をしたスーツ姿の男が立っていた。

「アドリアン……さん?」

 月葉は呆けた声で彼の名を呟いた。


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