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Page-30 奇襲作戦

 特別教室棟五階にある第三音楽室に理音は潜んでいた。

 足下からの奇襲は効果的だった。おかげであれから既に三回、理音は真夜を斬りつけている。〝浸透〟の魔導書を使ったチキン戦法であまり好きではないけれど、こうでもしないとあのバケモノには勝てない。

 ――あたしは負けられないんだ。是洞真夜に負けるようじゃあいつにだって勝てない。あの魔導書を持ってるあいつには……。

 家族の仇の姿を思い出し、理音は苦虫を噛み潰して飲み込んだような顔をする。復讐を遂げるためにも、是洞真夜に勝って来栖杠葉の魔導書を自分の物にしなければならない。

 といっても正直、勝ったところで奴が開き方を喋るかどうかは謎だ。寧ろ喋らない可能性の方が高い。

 ――一応、最後の手段はあるんだけど、できればそいつは使いたくないなぁ。

 とにもかくにも、戦うしかない。全ては是洞真夜を行動不能にしてからだ。

「第一段第五列――」

 理音の頭上に一冊の魔導書が出現し、そのまま落ちることなく静止する。このように触れずに〝書棚〟から取り出す技術と、魔導書に流した魔力を制御して空中に浮遊させる技術は理音も習得していた。

 しかし、それも一冊までだ。真夜のように同時に三冊はとてもじゃないが不可能。多重使用も二冊が限界である。

「――〝透視〟」

 カッ! と理音は目を見開く。すると黄金色の両眼の前にドーナツ状をした小さな魔法陣が出現。それを通して見た先の床・壁・天上が透明に映る。

 これは〝透視〟の魔導書。その名の通り、術者に透視能力を持たせる三級魔導書である。両眼の前にある魔法陣が透視眼鏡の役割を成し、術者の意思でなにを透かして見るか設定できるから便利だ。特に〝浸透〟の魔導書とは相性がいい。

 ――いた!

 魔剣を杖代わりにした是洞真夜が、好都合なことに理音に背を向けて立っている。

 向こうはこちらがどこから襲ってくるかわからないのだ。二回目の攻撃が入ったことで、彼がこちらの居場所を知るような魔導書を持ち合せていないことは判明している。

 だが是洞真夜は天才だ。必ず対策を打ってくる。その前に蹴りをつけなければならない。足を狙えば動きを封じることができるのだが、二撃目で左脹脛を軽く掠めてからというもの、奴は驚異的な反射神経でそれだけは死守している。

 ――これ以上ちまちまやってらんないね。

 収集癖がなく、不要な物は売ったり暴走させて使い捨てにしている理音はあまり魔導書を持っていない。既にほとんど出尽くしている。数多く持っていればいるほどバリエーション豊かな戦法が取れることはわかっているが、理音にはそんな器用な真似はできない。

 真夜みたいな臨機応変に対応するタイプではなく、数パターンの手慣れた戦法で一気に叩き潰すタイプなのだ。

 ――次で決めてやる! 是洞真夜!

 理音はそこにあったピアノを踏み台に、常人離れした跳躍力で真夜の足下に飛んだ。天上に衝突寸前で〝透視〟の魔導書を〝書棚〟に収め、〝浸透〟の魔導書を発動させる。

 天上だった部分が立体映像にでもなったかのように理音の体を擦り抜けさせる。

 淡黒い夜空と寂れた屋上の景色、それらを遮るようにして眼前数十センチ先に真夜の後ろ姿がある。

「もらったぁ! 是洞真夜!」

 右手の〝灰化の剣〟を強く握り直し、一閃。真夜の右足の脛から下を斬り落として灰に変える。これまで受けたダメージのせいか、彼は避けることができなかったようだ。

〝浸透〟を解いて屋上の床に着地した理音は、無様に倒れ伏す真夜に嘲笑を向ける。

「やはは、バケモノにしては呆気なかっ…………なっ!?」

 それを見た理音の笑みが固まり、驚愕へとシフトした。


 是洞真夜だったものが、ぐにょりと歪んで魔導書に変わったからだ。


「〝模造〟の魔導書!? これ、あたしが使ったやつじゃ……」

「フン、貴様は焦り過ぎだ」

 馬鹿にしたような声は上方から聞こえた。振り向くと、目の前にはオレンジ色の揺らめく光球――火弾が迫っていた。

 かわしている暇も、防いでいる余裕もない。

「がっ!?」

 直撃を受けた理音は衝撃で吹っ飛び、制服に着火した炎を転がって消火する。死ぬほど熱い。けれど、両手の剣と魔導書は決して放さなかった。

 階段室の壁にぶつかり、上体を起こしてキッと上空を睨む。そこには〝浮遊〟の魔導書を用いて空中に佇んでいる是洞真夜がいた。

 理音は舌打ちする。空にいられたのでは〝浸透〟の奇襲作戦は使えない。

「いつの間に、あたしの魔導書に魔力をリンクさせたのさ?」

 魔導書は解読するだけでなく、所有者との間に魔力供給のパイプを繋がなければ発動しない。あの〝模造〟の魔導書の所有者は理音だった。それを、知らない間に塗り替えられていたのだ。

「床下にいれば貴様だって僕の姿は見えない。恐らく〝探知〟か〝透視〟でも使っていたのだろう? だが出てくる貴様はそれらを所持していなかった。いちいち〝書棚〟から出し入れしているのなら、その隙に魔力供給ラインを構築することくらい容易い。それとあれは店の魔導書だ。貴様の物じゃない」

 さっさと〝浮遊〟を使えばよかったのに三度も斬られたことは、理音の動きを見極めて逆に奇襲をかけるためだったようだ。

「あーもう! ムカつくなぁ! お前、悪役の方が絶対似合ってるって」

「知るか」

 一言で切り捨てる真夜。まったくもって冗談が通じない。こういう相手との会話は苦手である。

「ムカつくよ。ホントにムカつく。――第一段第六列」

 立ち上がった理音の眼前で自動的に引き抜かれた魔導書が開く。

「――だから落ちろ!!」

 ズン!

 重たい音。真夜の周囲、半径三メートルほどの空間が柱状に歪んで見えた。

「!」

 浮遊していた真夜がグラリと傾き、吸い込まれるように屋上に落下。突然巨大な圧力がかかったことで崩れた床から建物内へと姿を消す。

「〝重力柱〟の魔導書さ。あたしが〝浮遊〟対策をしてなかったとでも思った?」

 嘲るように言うも、重力の柱は一階まで貫いている。地面に叩きつけられ、聞こえていないだろう。

 たぶんまだ生きている。真夜がギブアップするまで力を使い続けたいところだが、〝重力柱〟は一級魔導書だ。理音の力では長くは維持できない。〝灰化の剣〟のように魔導書が魔導具になるタイプだったら維持するために消耗する必要はないのだが……。

「やは、建物の中ならこっちのもんだ!」

 穿った大穴まで歩み寄った理音は、〝重力柱〟の魔導書を〝書棚〟に収め、〝浸透〟の魔導書に魔力を込める。すると床が水面に変わったかのように理音の体が沈んでいく――ことはなかった。

「あれ? 魔力足んなかったかな?」

 もう一度〝浸透〟の魔導書に魔力を流す。が、やはり床に潜れない。

「な、なんで!? どうなってんの!? 魔導書が壊れた!?」

「違うわよ。魔導書が壊れたなんて聞いたことないわ」

 声に振り向くと、階段室の扉からラフな格好をしたスレンダーな女性がストレートの黒髪を靡かせながら現れた。

「是洞日和、なにをした?」

「大したことはしてないわよ。ただこの建物全体を魔術的に保護しただけ。ウチの地下書庫みたいにね。まあ、強い力を受けるとそこの大穴みたいにぶっ壊れちゃうけど」

 鷹揚とした態度で語る日和に、理音はギリッと奥歯を噛み締める。これで完全に理音の浸透作戦は打ち砕かれてしまった。

「この」

「あら? 私とやる気?」

 片刃剣を構える理音に対し、日和もポーチに手を伸ばす。彼女を倒したところで魔術的保護が解けるわけではないが、これ以上邪魔されないためにも気絶させておくべきだ。

 魔術師は速度で魔導書使いに敵わない。事前に戦闘フィールドを形成しているのならまだしも、準備もなしに魔導書使いと一対一の勝負ができるとは思えない。

「ちょっと寝ててもらうよ!」

 床を蹴る。一歩で数メートルの距離を跳躍し、〝灰化の剣〟を峰打ちに持ち直す。

 日和の表情に焦りの色が浮かぶ。


 そんな日和の横を、タタッと人影が通り過ぎた。


「えっ!?」

「月葉!? なんで!?」

 咄嗟に急ブレーキをかける理音に月葉のボディチャージがヒットする。そのまま二人はもみくちゃになりながら屋上の床を何メートルも転がった。

 気がつけば、理音は月葉に覆い被さられた形になっていた。

「理音ちゃん!!」

 少し顔を上げれば額をぶつけそうな位置で月葉が叫ぶ。その揺れる瞳から大粒の雫が零れ、理音の頬を打つ。

「どうして理音ちゃんと真夜くんが戦わないといけないの? おかしいよ。ねえ、もうやめようよ」

 震える声で、彼女は必死に訴えてきた。


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