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Page-27 フォーチュン

 理音は変声器とマイクらしき小型の機械をその辺に適当に捨てた。あれらを使って喋っていたようだが、月葉は全く気づかなかった。授業中に居眠りがバレないように、理音は隠れてなにかをすることが非常に上手いのだ。

 彼女は笑顔を向けているが、その目が笑っていないことに月葉は気づく。

 ――違う。いつもの理音ちゃんだけど、いつもの理音ちゃんじゃない。

「ああ、もしかして月葉、あたしが操られてるとか偽物だとか、そういうこと考えちゃったりしてる? だったらそいつは間違いだぁ。ここにいるあたしは紛れもなく本物本心のあたしなのさ」

 くるっとその場で一回転した理音は、親指だけ立てた右手で自分の控え目な胸を指した。

「理音ちゃん、どうして? 冗談だよね?」

「冗談って……そうきたか。じゃあ、こうすればあたしが本気だってことを信じてくれるかな?」

 がっくしと理音が肩を落としたかと思うと、彼女は右手を天に翳し、

「第一段第十二列――」

 魔導書使い特有の呪文を唱えた。

「――ジャジャーン! 月葉のママの魔導書ぉ!」

「なッ!?」

 優雅な動作で虚空から一冊の魔導書を取り出す理音に月葉は絶句する。その魔導書が盗まれた母親の魔導書だというのだから尚更だ。

 だが、驚愕しているのは月葉だけではなかった。日和も呆然とした表情で理音を見ており、真夜ですら目を微かに細めている。


 理音の青みがかった黒髪が、根元から染み込むように銀色へと変色していったからだ。


「嘘っ……。り、理音ちゃんの髪の色が、変わった?」

 アドリアンのアッシュブロンドよりも白く、どちらかと言えば金髪に近い。プラチナブロンドといったところだろう。

 理音が一つ瞬きをする。と、開かれた瞼の下の瞳が黄金色に染まっていた。

 銀髪金眼となった理音は、ニヤっとした笑みで唇を歪める。

「改めてご挨拶、あたしは八重澤・フォーチュン・リオン。それがあたしのフルネームさ。あっ、この場合『理音』は漢字じゃないから。漢字にすると『理の音』って書くことは昔ママに教わったんだ。あたしもそっちの方が気に入ってるんだけどね」

 フォーチュン。月葉は覚えている。その名前を、曝露の魔術をかけられたアドリアンが口にしていたことを。

「あたしはパパがイギリス人、ママが日本人のハーフなんだ。ママの血の方を強く受けついじゃったみたいだから、普段は日本人とそう変わらない姿をしてたでしょ? でも、魔力を使う時だけはパパの――フォーチュン家の血が活性化されてこんな髪色と瞳になるんだ。どう? 驚いたぁ?」

 驚いたもなにも、月葉は未だに理解が追いついていなかった。親友だと思っていた理音が魔導書使いで、ハーフで、そして魔導書強盗だったなんて目の前で見せられても嘘だと思いたい。

「フォーチュン……フォーチュン……そうよ、思い出した!」

 ぶつぶつ呟いていた日和がポンと手を叩いた。

「フォーチュン家って、確か数年前まで『白き明星』の幹部だったはずよ。事故かなんかで一族が全滅したって聞いてたけど、あなたがあのヘンタイの言ってた生き残りだったってわけね。今は情報屋をしてるらしいじゃない?」

 確認するように問いかける日和に対し、理音は、ふう、と息をついて肩を竦める。

「情報屋って言っても、あたしが欲しい情報を集めてるだけ。でもそうしてるといらない情報まで集まってくるから、それを必要としてる人に売ってたのさ」

「だとしたら、どうして月葉ちゃんの魔導書をあなたが盗んだのかしら? いらない情報だったんでしょう?」

「とんでもない。あたしの狙いは最初っから来栖杠葉の魔導書だ」

 打てば響くように理音は否定した。

「来栖杠葉の実家に行けばなにか手に入ると思ってさ、そのために月葉とも接触したんだ。そして実際にコレを見つけたのはいいけど、あたしじゃ解除できそうにない封印がかけられてて困ったよ。だから是洞真夜、お前に封印を解かせるように月葉を誘導したんだ」

 そういえば、真夜に見てもらおうと最初に言い出したのは他ならぬ理音だった。あの時めちゃくちゃに魔導書を振り回していたが、もしかするとそれで封印のことがわかったのかもしれない。日和も似たような行動を取っていたから、なにかしら意味があったのだ。

「そんで、封印が解けたら奪うつもりで月葉のカバンに盗聴器を仕掛けたり、疑いの目を別に向けてもらうために情報を売ったんだ。人選ミスったけど」

 理音の狙い通り、月葉たちは真っ先にアドリアンを疑ってしまった。月葉たちが彼に気を取られている隙に、理音は封印解除を確認して逃走する気だったのだろう。

 だが、封印は解けなかった。焦った彼女は、作戦を崩してしまうことも厭わず月葉たちにコンタクトを取ってきたのだ。

「なぜ店の魔導書まで盗んだ?」

 そう凄む真夜に、理音は全く動じずに答える。

「交渉するため。お前が月葉に魔導書を返さなかったから、事前に調べておいた魔導書を奪ってさっきみたく人質ごっこをするつもりだった。だから盗んだ直後に魔導書を返した時は拍子抜けしたね。ラッキーって思って月葉んちに忍び込んで奪ったまではよかったけど、まさか『十八時に解ける』って条件がフェイクだったとは一本取られたよ」

「で、でも、私が見た人は理音ちゃんより背が高かったよ?」

「月葉、厚底ブーツって知ってる? 身長なんていくらでも偽装できるんだ。縮むのはムズイけど」

 ローブで足下まで隠していたのは、厚底だということを知られたくなかったため。その高くした身長と、わざと銀髪を見せることでアドリアンを疑うように仕向けたのだろう。

 ショックを隠し切れない月葉を横目に、真夜が落ち着いた口調で言う。

「悪いが、封印の話は嘘じゃない。その魔導書の封印はとっくに解けている」

「なっ!?」理音の猫目がキッと吊り上がる。「デタラメ言うな! だったらどうして開かないのさ!」

「フン、教えると思うか? もう貴様に交渉材料はない」

 真夜の言う通り、自分という人質を見抜かれた理音は追い詰められている状態だ。苦い表情をする理音は、小さく舌打ちすると来栖杠葉の魔導書を自分の〝書棚〟に仕舞う。

「第一段第一列」

 その代わりに、別の魔導書を手に取った。するとその魔導書の形が歪み、瞬時に別の姿へと変形する。芸術的な装飾に見事な反りをした、日本刀よりも刀身の広い片刃剣だった。

「あたしは〝曝露〟の魔導書を持ってない。持ってたとしてもお前には効かない。だったら残す選択肢は一つ、力づくでも聞き出すことだ!」

 片刃剣の切っ先を真夜に突きつけ、理音は宣戦布告するようにそう言った。

「理音ちゃん! どうしてそこまでするの!」

 月葉が叫ぶ。すると苦渋の表情をした理音も叫び返してきた。

「あたしだってここまでやるつもりはなかったさ! だけど時間がなくなったんだから仕方ないじゃん!」

「時間がって……どういうこと、理音ちゃん?」

「フォーチュン家は事故で滅んだんじゃないんだよ! 殺されたんだ! パパもママも兄貴もみんな! あたしは、あたしの家族を皆殺しにした奴に復讐するって決めたんだ! そしてそいつもあたしが持って逃げたフォーチュン家の魔導書――この剣を狙ってる! もうすぐそいつがあたしを襲いに来るんだ。だから対抗するために早く力を手にしないといけない。来栖杠葉の魔導書っていう強大な力を!」

 溜め込んでいた感情を爆発させるように激昂する理音。彼女は両親どころか家族全員を失っていた。海外転勤なんてものではない。理音は二度と家族に会えないのだ。そのことに月葉は胸が痛くなる。

「だからってこんな……。お母さんの魔導書が強大な力って決まったわけじゃないのに」

 月葉が悲哀感に顔を曇らせると、落ち着くために呼吸を整えていた理音がニタァと笑う。

「いいこと教えてあげるよぅ、月葉」

「! よせ!」

 なにかに勘づいた真夜が叫ぶが、理音は構わず喋り続ける。

「来栖杠葉は、月葉のママはね、魔導書兵器を専門に作る魔書作家だったんだ。つまり、月葉のママが作ったほとんどの魔導書は強力な攻撃用魔術を秘めてるってことさ。普通の殺傷力を抑えた攻撃魔導書なんかとは違う、殲滅を目的とした魔導書ばかりだったって聞いてる」

「――ッ!?」

 ――お母さんが、そんな魔導書ばっかり書いてたなんて……。

 衝撃的な事実を聞かされ、月葉は足の力が抜けそうになる。信じられない。いや、信じたくない。

「聞くな」

 よろめく月葉の肩に、真夜がそっと手を置いて支えた。

「姉さん、こいつを連れてここから離れろ」

 瞳の焦点が合わない月葉を真夜は日和に預けた。日和はそんな月葉を診察するように見て、深刻に頷く。

「そうね。そうした方がよさそう。で、真夜はどうすんの?」

「僕は八重澤から魔導書を取り返す」

「あの子、けっこう強そうよ。一人で大丈夫?」

「問題ない。――第八十段第一列」

 刃物の視線で理音を牽制しつつ、真夜は〝書棚〟の位置を唱えて魔導書を掴む。その魔導書は理音の物と同じように形を変え、蛇を模った鍔と柄をした禍々しい両刃大剣と化す。〝魔剣〟の魔導書だ。

「ほほう、あたしと剣で打ち合おうってこと? いいよいいよ、かかってきな!」

「行け、姉さん」

 真夜と理音が同時に床を蹴る。互いの間が一瞬で詰められ、激しい剣戟音が屋上に響き渡る。

「月葉ちゃん、歩ける?」

「……はい」

 心配そうに日和に訊かれ、月葉は弱々しく頷いた。

 そして日和に手を引かれるまま歩き、月葉は理音が鍵を開けたと思われる階段室を通って屋上を立ち去った。

 剣を振るい殺し合う、真夜と理音を眺めながら……。


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