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Page-26 悪魔の生贄

 特別教室棟とはその名の通り、音楽室や美術室など、実習科目を行う教室が集合している校舎のことだ。通常の教室棟の対面に建てられており、二階と四階から合計四箇所にある渡り廊下で繋がっている。当然、特別教室棟の昇降口から入ることも可能だ。

 その昇降口前に立ち、月葉は五階建ての特別教室棟を仰ぎ見た。夜の学校なので肌に粟を生じるほど不気味だったが、怖がってなどいられない。足手纏いになる月葉を置いて行こうとした真夜に、無理を言って同行させてもらったのだから。

「フン、わざわざ正面から出向く必要はない。――第七十五段第五列」

 軽く鼻息を吹き、真夜は〝書棚〟から魔導書を引き抜く。聞いたことのない段列数だったが、その魔導書の効果を月葉は知っていた。

「ひゃっ!?」

 真夜が本を開くと、月葉たち三人の体が無重力空間にでも投げ出されたかのようにふわりと浮いたのだ。そう、〝浮遊〟の魔導書である。真夜が高層マンションから飛び降りた際に使用した魔導書だ。

 真夜が万全なら空も自在に飛べると豪語されていた通り、月葉たちはエレベーターよりも速いスピードで上昇する。絶叫マシンは苦手な月葉だが、悲鳴なんて上げる暇もなく屋上に到着した。

 長方形の特別教室棟は、屋上の中心に階段室がある。普段は立ち入り禁止なので物もなく落下防止用の柵の背も高くない。学校の屋上というものを月葉は初めて生で見た。

 だが、そんな見慣れない風景よりもずっと目を引いてしまうものがこの屋上にはあった。

「な、なにこれ?」

 それは、屋上の床面半分に大きく描かれた魔法陣だった。魔法陣は複雑で赤黒く、まるで大量の血で描いたようなおぞましさに月葉は寒気すら感じた。そう言えば、前に依姫が学校のオカルト的不思議を語った中にこの魔法陣も含まれていた気がする。

「!」

 魔法陣の中央に誰かが倒れている。凛明高校の女子制服を纏い、うつ伏せに寝かされて死んだように目を閉じている彼女は――

「理音ちゃん!?」

 だった。

「真夜くん! 日和さん! 理音ちゃんが!」

「わかってるわ。だから落ち着いて、月葉ちゃん。――犯人のお出ましよ」

 日和たちの視線が階段室の上に向けられる。月葉もそちらを見上げると――いた。

 足下まで隠れる黒いフード付きローブを纏った長身の魔導書使いが、階段室の上に悠然と佇んでいる。月葉が見た犯人で間違いない。

「意外ト早カッタナ」

 魔導書使いのぐぐもった声。直接相対しているのに声を変えているということは、余程に正体がバレたくないのだろう。政府や上流階級の人間の中には魔術に通じている者も多いらしいから、もしかするとどこかの偉い人なのかもしれない。

「道路が空いてたからね、かっ飛ばして来たのよ」

 と日和が挑戦的な笑みを浮かべて言う。かなり揺れたので真夜の車酔いが心配だったが、彼の様子を見る限り大丈夫そうだ。

「で? その子はちゃんと生きているのかしら?」

 日和は死人のごとくピクリとも動かない理音を示す。月葉もそれがなによりも気が気でならなかった。

「安心シロ。マダ生キテイル。ダガ、貴様ラガ妙ナ真似ヲスレバ、即刻コノ魔法陣ヲ起動サセテ悪魔ノ贄トスル」

「あ、悪魔……?」

 恐ろしい単語に月葉は気持ちも表情も不安色に染まる。

「ソウダ。是洞日和、貴様ナラ知ッテイルダロウ? コノ魔法陣ガ悪魔召喚ノタメノ物ダトイウコトヲ」

「う、嘘ですよね、日和さん? そんな、悪魔なんているわけが……」

 月葉は縋る瞳で日和を見る。彼女は嫌な予感が当たったように冷や汗を垂らしていた。

「残念ながら本当よ、月葉ちゃん。世の中にはそういった召喚術を得意とする魔術師もいるの。でも、この魔法陣はとっくに死んでるはず。起動なんてできっこないわ」

「私ガ復活サセタ」

 即答され、日和は押し黙って黒ローブを睨む。その言葉が嘘か真か探っている目だ。

「日和さん、もしこの魔法陣が起動したら理音ちゃんはどうなるんですか?」

「召喚される悪魔に肉体や魂、存在全てを喰われてなにも残らないわ。ついでに言うと、悪魔の階級が高ければ私たちも生きては帰れないでしょうね」

「そんな……」

 絶望する月葉だが、真夜が封印のことを話せば理音は助かるはずなのだ。母親の形見を奪われることは嫌だが、友達を見捨ててまで執着できるほど月葉は愚か者ではない。

「サア、是洞真夜。イツマデ黙ッテイルツモリダ? 早ク封印ノ解除方法ヲ教エロ。ソウスレバ、コノ娘ハ解放スル」

 黒ローブの出方を窺うように黙っていた真夜が、一歩前に出る。

「フン、そうだな。だがその前に――」

 真夜は手にしていた〝浮遊〟の魔導書を黒ローブに突きつけ、開く。

 その前方に、赤い魔法陣が描かれた。

 ――〝浮遊〟の魔導書じゃない!?

 バレーボール大の火炎球がまっすぐに飛び、黒ローブを直撃。一瞬で燃え上がって火達磨に変える。あれは〝火弾〟の魔導書だ。月葉の知らない間に入れ替えていたらしい。

 しかし――

「し、真夜くん!? こんなことしたら理音ちゃんが!?」

「召喚術は普通の魔術だ。既に用意されてあったとしても魔導書使いに使えるわけがないだろう。探ってみたが、魔術師の仲間がいる気配はない」

 敵の数を探るために、彼は対話を日和に任せて黙っていたようだ。

「それに、あいつをよく見ろ」

 言われて月葉が階段室の上にいる火達磨となった黒ローブに視線を戻すと――

「えっ……?」

 燃えていた黒ローブの姿が歪み、一冊の本となって呆気なく床に転がった。

「ま、魔導書!?」

 驚駭する月葉に、真夜が呟くように教える。

「〝模造〟の魔導書だ」

「モゾウ……?」

「えーとね、術者の指定した対象物そっくりに魔導書が変化する二級魔導書よ。それが生物なら、あれみたいに人形になるの。ていうか、お姉さんは気づかなかったわ……」

 と少し驚き顔の日和が捕捉してくれた。魔導書自体が別のなにかに変化する。真夜が使っていた〝魔剣〟の魔導書もそうだったことを、月葉は近い記憶の中から思い起こした。

 だがそうなると、犯人は一体どこに潜んでいるのだろうか。月葉が警戒して辺りをキョロキョロしていると、真夜がもう二歩、足を前に進める。

「フン、いい加減に下手糞な演技はやめたらどうだ?」

 彼は漆黒の瞳でとある一点を睨み――


「八重澤」


 ――え?

 真夜の言葉の意味を月葉が理解するのに、数秒のタイムラグが生じた。

 唖然とする月葉と日和の視線が、悪魔召喚魔法陣の中央に集中する。

 と――

「やあやあやあ、まさかこんな簡単にバレちゃうなんて思ってなかったよ」

 むっく、と。

 死んだように眠っていたはず理音が、何事もなかったかのように起き上がった。

 うなじの上辺りで結った青黒い髪を手で整え、制服の汚れをはたき、不敵に笑う彼女は吊り目がちの大きな双眸を真夜に向ける。

「直接話すのは初めてだったかな、是洞真夜。どうしてあれが人形だと気づいたんだ?」

「フン、店から盗まれた魔導書に、この僕が気づかないとでも思ったか?」

「さっすがぁ。伊達に店の魔書を読み込んでるだけあるね」

 大げさに驚いてみせる理音は、普段の雰囲気のように見えてどこか異質な感じがした。

「り、理音ちゃん……?」

 呆ける月葉に、理音は明るい笑顔で手を振ってくる。

「やはやは、月葉。こんばんはぁ♪」


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