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Page-19 煙熱の高層マンション

 真夜はマンションの非常階段を駆け上がっていた。

 エレベーターが止まっているのだから、そうするしかなかったのだ。いや、たとえ動いていたとしてもトラブルが発生しない可能性は低い。これで正解だ。

 このマンションは二十三階建て。目測だが、逃げ遅れた母子は十五階前後にいた。そこまで一気に駆け上るといくら真夜でも息を切らしてしまう。

 だが、休んでいる暇はない。

 真夜は十五階にある非常階段の扉を蹴り開ける。すると黒煙と熱波が一気に押し寄せてきた。咄嗟に腕で顔を庇う。

 ――〝粋護〟を使うか?

 そう思ったが、やめた。魔導書に喰わせる魔力の制御は精神力で行っている。真夜は昨日、特に集中を必要とする〝解析〟の魔導書を長時間使用したため、精神が酷く憔悴しているのだ。一晩休んだのでそれなりに回復はしているけれど、魔導書の多用はできそうにない。

 真夜はハンカチを口にあて、心持ち姿勢を低めにして熱と煙の蔓延地帯へと侵入する。

「……」

 ざっと廊下を見回す。炎と煙の量から推測するに、この階はまだ火が回ってきて間もないようだ。逃げられないレベルではない。

 ――まだ上か。

 真夜が煙立ち込める天上を見上げた次の瞬間――ドゴォン!!

 天上が崩れ、大きな穴が穿たれた。

 落下してくる天上の破片を真夜はバックステップでかわす。続いて〝粋護〟の魔導書を虚空から引き抜き、光の防御層を展開。

 ここで〝粋護〟を使った理由は、たった今穿たれた大穴から一冊の魔導書が降下してきたからだ。

 暴走した魔導書は人の意識に反応する。それは人が意識的に使用するための設計が暴走によりバグったと考えられているものの、詳しいことはわかっていない。わかっているならとっくに改善された魔導書が出回っているはずだ。

 暴走魔導書の前に赤い魔法陣が広がり、炎の球が真夜に向けて射出される。

 ――〝火弾〟だと?

 光の防御層で火炎球を弾いた真夜は怪訝に思う。

 ――あれだけでこれほどの火災を起こしたのか?

〝火弾〟の魔導書は初級の中でも特にシンプルな魔導書だ。暴走しているとはいえ、これほど広いマンションのフロアを短時間で火の海に変える力はない。

 一冊だけなら。

「!」

 後方から二発の破砕音。振り返ると、同じように天上に穴を穿って二冊の魔導書が降りてきた。それらも〝火弾〟の魔導書だ。

「フン、なるほど、三冊あったというわけか」

 それはそれでまた別の疑問が生じるが、検討は後回しにした方がよさそうだ。

 ――まずは暴走を止めることが先だ。

 三冊の暴走魔導書から放たれる火炎弾が真夜の防御を砕こうと襲い来る。真夜は鼻息を鳴らすと、〝粋護〟の魔導書はそのままに左手を横へ伸ばす。

「第六十三段第十二列――」

〝書棚〟の位置を唱え、手にした二冊目の魔導書を開く。

「――〝水渦〟」

 途端、足下に展開した魔法陣からとんでもない量の水が溢れ返り、〝粋護〟の魔導書で守られた範囲以外の廊下全体を一瞬にして浸水させた。

 しかもそれだけでは収まらない。流動する水が洗濯機のように大渦を成し、三冊の暴走魔導書を呑み込んでフロアの炎を完全に鎮火させた。

「くっ」

 真夜は片膝をつき、〝水渦〟の魔導書を〝書棚〟に戻した。その瞬間、大渦は幻のように消え去る。

 ――二級魔導書を〝粋護〟と併用しただけで疲労を感じるとは……やはり昨日は無理をし過ぎたか。

 だが、今さら後悔しても遅い。真夜は周囲を見回して三冊の暴走魔導書の存在を確認する。三冊とも床に転がっており、暴走は鎮圧できているようだった。恐らく、それほど魔力を溜め込んでいなかったのだろう。

 三冊とも回収し、〝書棚〟に収める。するとその時、上階から子供の泣き声が小さく聞こえた。

「この上のようだな」

 真夜は床を蹴って天上に穿たれた穴の縁に手をかけた。それから懸垂の要領で体を持ち上げ、一息に十六階の廊下へと飛び上がる。こういうことができると知られてしまったから、椎橋陽がしつこく体操部に勧誘してくるのだ。まったくもって鬱陶しい。

 十六階は酷い惨状だった。廊下のほぼ全域に黒煙と肌を焦がすような熱気が満ち、オレンジ色に揺らめく炎が壁となって進路を塞いでいる。〝粋護〟の魔導書を維持していなければ立ってすらいられないだろう。

「……向こうか」

 真夜は炎と煙を押し退けつつ、泣き声のする方向へ歩いていく。早く見つけなければこちらの命も危ない。

 幸いなことに目的の部屋はすぐに見つかった。真夜は燃え尽きそうなドアを蹴り倒して中に踏み込む。高級マンションなだけに4LDKの室内は広いが、真夜は迷いなくベランダがあった方角に足を進める。

 ベランダでは煙を吸って昏倒したと思われる母親と、彼女の前で泣き叫ぶ五歳くらいの男の子がいた。

 真夜は〝粋護〟の魔導書を解除して仕舞うと、まずは母親の生死を確かめる。脈があるとわかり、次に喚き散らす子供に顔を向け――

「うるさい! 泣くな!」

 苛立たしげに怒鳴って強制的に黙らせた。

「お前もその年で親を失くしたくはないだろう? だったら黙って僕の言うことを聞け」

 嗚咽しながらも頷いてくれた子供の頭に、真夜は優しく手を乗せる。

「お前も、お前の母さんも僕が必ず助けてやる。だから泣くのは助かった後にしろ」

 強くそう言い聞かせると、真夜はそのまま男の子を背中に負ぶった。続いて母親もそっと抱き起こす。

 直後、爆音と共に炎と煙が部屋に広がってきた。

 火炎地獄と化す後方を見て、真夜は苦々しく舌打ちする。

 ――〝水渦〟を使いたいが、〝粋護〟と併用しないと僕自身も呑み込まれる。それに精神的にも魔導書の多重使用は無理だ。

 だからといって〝粋護〟の魔導書だけで突破しようにも、大人と子供を一人ずつ担いだ状態で無事に脱出できるとは思えない。途中で力尽きる可能性の方が高いだろう。

 そうなると……真夜はベランダから見える外の景色に視線をやる。


 ――魔術師の存在をバラすような行為になってしまうが、仕方ない。


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