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Page-18 事故か魔術か

 結局、誤解は解けなかった。

 あれだけ大々的に真夜の名前を呼んでしまっては、もはや言い訳のしようもない。実は幼馴染だったと嘘をついたところで、真夜を昔から知る椎橋陽などによってすぐにバレてしまうことは自明の理だ。

 とにかく曖昧な回答をして放課後には有耶無耶にできた気がするも、どうも関心を表に出さなくなったクラスメイトたちは月葉と真夜が『そういう関係』だと納得してしまった節がある。もう時間が解決してくれることを祈るしかない月葉だった。

 月葉は現在、一人で下校している。理音はバスケ部から応援を頼まれて総合体育館へ、依姫は社交パーティーに参加するとかで黒塗りの高級車に乗って先に帰ってしまったのだ。

 もっとも今日は早くバイト先へ向かいたかったので、都合がいいと言えばそうなる。

「あっ」

 商店街へ向かう道すがら、月葉は見覚えのある背中を見つけた。

 混じりのない純粋な黒色の髪をした同級生――是洞真夜の背中を。

「真夜くん」

 念のため周りに知り合いがいないことを確認し、月葉はタタタッと真夜の下へ駆け寄った。彼は月葉が隣に並んだにも関らず見向きもしない。いつものことだが……。

 仕方なしに、月葉から切り出す。

「その、お昼休みのことなんだけど……なんかみんなに変な誤解されちゃったね」

「フン、まったくだ。お前のせいでクラスの居心地がこれまで以上に悪くなった」

「あう、ごめんなさい」

 月葉はしゅんと項垂れた。今回のことは全て自分に非がある。極力コンタクトを取らないようにしたいから真夜はメモ用紙をこっそり机に入れていたのに、空気を読めなかった月葉が全部台無しにしてしまった。それをわかっているから反論できない。

 だから、今度こそ空気を読むことにした。周りに知り合いがいないから真夜と接触したものの、人が全くいないというわけではない。ここで例のメモ用紙の件は訊かない方がいいだろう。

「ねえ、真夜くん」

 そのことを口に出せないのであればと、月葉はもう一つ気になって気になって仕方のない方の話題を振ることにした。

「……なんだ?」

 真夜は鬱陶しそうにしながらも返事をしてくれる。

「日和さん、お店散らかしたりしてない?」

「……」

 沈黙した。今の台詞が電源のオフスイッチだったかのように沈黙した。心なしか視線も明後日の方向を向いた気がする。

「散らかしてるんだ……」

 月葉はげんなりした。

「まさかとは思うけど、そのことで呼び出したわけじゃないよね?」

 半眼で問いかける。その話をするつもりはなかったが、言葉を選べば大丈夫だろう。

「安心しろ、依頼の話だ。だが、詳しいことは店で話す。ここで訊くな」

 依頼の話だと確認が取れて安堵する月葉。しかし同時に緊張もしてきた。心臓が早鐘とまではいかなくとも、動悸する音が聞こえてきそうだ。

 ――お母さんの魔導書、一体どんな魔術が秘められてるのかな?

 これでただ炎や雷が出るだけの魔導書だったら非常に残念な結果だろう。もしそうなら返してもらわなくてもいいという考えが浮かんできたが、内容がなんであれ母親の形見だ。取り返す意思に揺らぎはない。それに母親の魔導書は複製できないほど複雑らしいから、そんな陳腐な内容ではないと思う。

 月葉は期待に胸を膨らませ、いろいろと想像しながら歩を進める。


 だが、その歩みを阻害するように凄まじい爆発音が轟き渡った。


「な、なに? 今の音?」

 まるでガス管が破裂して引火したような音に月葉は震え上り、辺りを見回す。片側二車線の車道、コンビニ、安そうなアパートに民家。どの景色にもこれといって変化はない。

 しかし、周りにいる人々は皆同じ方向を、少し首を後ろに傾けて見ている。

「……あれか」

 真夜が静かに呟いた。月葉も彼に倣って遠くの空を見上げるように視線を斜め上にずらし――驚愕した。

「か、火事!?」

 二十階以上はあると思われる高級マンションの上層部分から、夥しい量の黒煙が噴き上がっていたのだ。最初よりも小さいが爆発音も連続しており、時折オレンジ色の炎が飛び出している。

「!」

 その炎を見た真夜がなにかに気づいたように駆け出した。

「真夜くん!?」

 慌てて月葉も彼の後を追いかける。

 真夜の足は月葉なんかじゃとても追いつけないほど速かった。危うく見失いそうになった時、丁度マンションの入口前に辿りつく。そこには大勢の野次馬が集まっていた。遠くからは消防車と救急車のサイレンも聞こえる。

 マンションの上層を不安げに示してはガヤガヤと雑音を立てる野次馬たち。彼らは「商店街の放火魔の仕業だ」などとデタラメなことを口にしているが、気にかけている場合ではなさそうだ。

「し、真夜くん……い、いきなり……どうしたの……?」

 肩で息をしながら月葉が訊くと、真夜はこんな時でも感情の読めない顔のまま答える。

「あの炎、ただの火事にしては不自然だ」

 月葉が全力疾走しても引き離されそうになったのに、彼は呼吸一つ乱していない。

「不自然って……もしかして」

 ――魔術師が関わってるってこと?

 声には出さなかったが、真夜は月葉の言わんとしていることを読み取って頷く。

「可能性はある」

 そう言われて一気に不安が込み上がり、月葉は改めてマンションの上層を見上げた。

 と、その時――

「真夜! それに月葉ちゃんも!」

 野次馬を押し退けながら、長く綺麗な黒髪をしたモデル顔負けのスタイルの女性が近づいてきた。生地の薄いTシャツにハーフパンツといったラフな格好をしている彼女は――

「日和さん! どうしてここに?」

 である。是洞日和は月葉を、そして真夜を見ると、真剣な顔をして状況の説明を始める。

「さっき店に緊急の買い取り依頼があったのよ。それがこのマンションで、いざ来てみたらドッカーンよ? 十中八九、暴走してるわね」

 一般人のことを考えてか、日和はあえて話の主語を省いていた。すなわち、魔導書。

「出火したと思われるフロアから上は全部どっかのお金持ちが借り切ってたらしくて、他の住民たちに被害はないわ。みんな避難してる。でもそのお金持ちが無事かどうかはわからないそうよ」

「そんな、助けないと!」

「フン、暴走時に近くにいたのならそいつはとっくに死んでいる。このまま暴走が収まるのを待ってから回収した方がいいだろう」

 冷酷な判断をする真夜。彼なら〝粋護〟の魔導書とかを使って炎の中でも平気そうなのに、と月葉は思う。思うが、実際に月葉は魔導書の暴走を見ている。その恐ろしさを知っている。だから、彼の言っていることが現実的であると理解できる。

 だけど――

「もしかしたら生きてるかもしれないよ。確認もしてないのに決めつけるなんてダメだよ」

「僕に確認してこいと言うのか? 冗談じゃない。そんな不確定な憶測でわざわざ危険に飛び込む馬鹿がどこにいる」

「でも、真夜くんなら平気でしょ?」

「……」

 真夜は押し黙った。否定しないということは、やはり大丈夫なのだろう。

「……あのな」

 と、真夜が言いかけたその時、マンションの上層から悲鳴が上がった。

 見ると、炎が広がっている一番下の階のベランダに、幼い子供を背負った母親と思われる女性が身を乗り出していた。必死に助けを求めている。

 位置からして安否のわからない金持ちではないようだが、逃げ遅れた人がまだいたのだ。恐らく廊下が炎と煙に塞がれて出るに出られないのだろう。

 消防車のサイレンは先程よりも近くなっているが、到着したところで無事に救助できるかどうか怪しい。

「チッ」

 真夜は舌打ちすると、マンションの入口目がけてダッシュした。野次馬たちが止めようと声をかけているが、真夜は構わずマンションの中へ突入する。

「真夜くん!」

 ぱあぁ、と月葉は顔を輝かせた。不確定が確定になったからだろうか。逃げ遅れた母子を見るや否やの行動は迅速だった。

 ――真夜くん、冷血そうに見えてもやっぱり優しいとこもあるんだ。

 アドリアンの件でもそうだったが、彼はなんだかんだ言いながらもけっこうお人好しなのかもしれない。

「月葉ちゃん、あの坊主を信頼してくれてるのはお姉さん的にも嬉しいんだけどね。今はちょろっと危ないのよ」

 日和がその綺麗な黒髪を弄りながら、音量低めに少し深刻な口調で月葉に言ってきた。

「え? 危ないってどういうことですか?」

「真夜ね、昨日限界まで解析をやってたのよ。なんでもない顔してるけど、今の真夜は精神的に相当疲労しているわ。その証拠に、今日は魔書を読んでなかったでしょう?」

「あっ……」

 言われて月葉は思い出す。昼休み、彼はいつもの図書館ではなく教室で普通の本を読んでいた。後で聞いた話だが、今日から総合体育館の拡張工事が行われていて図書館よりも教室の方が静かだったとか。

「だから今の真夜は、あまり長く魔導書を使えないのよ」

「そう、だったんですか……」

 彼の疲労も知らずに月葉は無責任なことを言ってしまった。そういう話になってくると急激に彼のことが心配になってくる。

 ――真夜くん……大丈夫、だよね?

 無力な月葉は彼の無事を祈り、ただ信じることしかできなかった。


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