Page-16 地下書庫にて
薄青色に輝く複雑な魔法陣が、大理石の台座を中心に広がっている。
これは〝解析〟の魔導書による、魔術の構造・効果などを分析するための魔法陣だ。
台座自体には魔術的意味はない。だが、役割は二つある。一つは直接解析を行うと壊れてしまう対象物があるため、それを保護すること。もう一つは間接的に解析することで術者の負担を軽減することだ。
普通なら魔術道具や魔術のかけられた一般物を置く台なのだが、現在乗せられている物は強力な封印がかけられている魔導書だった。
魔書作家・来栖杠葉が作成した魔導書。
複製することが非常に困難な、世界でたった一冊しか存在しない魔導書の一つである。
それと、恐らくこの魔導書は一度も魔術界に出回っていないだろう。どうも作られてからこれまで、来栖家の倉庫に放置されていたようだからだ。
「……」
そんな謎だらけの魔導書と〝解析〟の魔導書とを交互に見ながら、是洞真夜は解析結果で埋められたページを捲る。〝解析〟の魔導書に自動的に浮かび上がってくる文字は魔術的暗号文字であり、一般人はもちろん、並の魔術師でも一ページを理解するのに数日はかかるだろう。
だが、真夜は並の魔術師ではない。
魔術師協会『白き明星』から認められた、世界で十人といない特級閲覧ライセンスを持つ魔導書使いである。それほどの実力がある真夜でも、この来栖杠葉が施した魔導書の封印には苦戦を強いられていた。
浮かび上がる解析結果はほとんどがフェイク。なんの意味もない記号の羅列に過ぎない。一級魔導書を一時間とかからず読み解ける真夜だからこそ、瞬時にそうわかるのだ。
――一体どこまで複雑な封印をかけているんだ、来栖杠葉。
彼女も特級魔術師だったと聞いている。というか、そもそも魔書は高位の魔術師でなければ作れない。なぜなら、魔術を研究・開発している者は基本、魔力を持たないただの魔術師たちだからだ。通常の魔術を使えない魔導書使いは、彼らの研究成果が魔導書になることを待っているしかない。
魔力を持つ者が魔術師になれるというイメージが世間では強いだろうが、逆だ。魔術という力は、定められた手順で自然からエネルギーを集束し、魔力に変換して利用することで超常的な現象を引き起こす技術のことである。本来なら、それを行えない魔力の素養がある者は魔術師にはなれなかった。
魔導書が生まれるまでは。
昔の魔術師たちは煩わしい魔術の手順を無視するために魔導書を開発した。魔導書にはその術式の手順・意味・条件など全てが凝縮され、いつでも発動可能となるはずだった。
しかし、魔導書は所詮人工物である。魔術を発動できるほどの魔力を自然から供給するには、とても看過できない時間がかかることが判明した。
そこで魔術師たちは、魔力の素養のある者に魔導書を使わせることを思いついた。それが真夜やアドリアンのような魔導書使いである。
だからといって、真夜は魔術師が魔導書使いの上位存在だとは思っていない。
――特級魔術師の封印術式は特級、ということか……面白い。
魔導書使いは魔導書がなければただの人。だが、魔導書があれば魔術師よりも速く確実に術を使うことができるのだ。
――僕が、必ず暴いてやる。
薄青の輝きが強さを増し、〝解析〟の魔導書に記されていく暗号文字も加速する。
凄まじい速度で浮かび上がってくる暗号文字の羅列を、真夜は一文字たりとも見逃さず目で追っていく。
来栖月葉の依頼だからというわけではなく、真夜は純粋にこの魔導書のことを知りたいと思っている。魔術師や魔導書使いなんて関係ない。貪欲なまでの知識欲と好奇心は、魔術に関わる者全てが持ち合せていることだろう。それは真夜だとて例外ではないのだ。
本当なら今日の分の解析は終わっている。これ以上続けると真夜の精神は赤信号を点灯させることになる。
でも、真夜はやめなかった。
アドリアンと決闘したあの日から二日が経過し、ついに解析に目途が立ったのだ。
――今日中に、終わらせてやる!
その意気込みと集中力は、姉が心配して様子を見に来たことにも気づかないほどだった。
時刻はとっくに午前零時を回っている。
真夜の精神力は限界に近づいている。
流石にやり過ぎたと真夜が思い始めた、その時だった。
〝解析〟の魔導書に記された暗号文字が、薄青く輝いたのだ。
その意味を理解した真夜の目が驚愕に見開かれる。
「これは……」