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Page-14 決闘

 轟く爆音。衝撃波が風となって吹き荒れる。電柱にしがみついていなければ、月葉など暴風時の空き缶のように転がり飛んでいたことだろう。

 熱風に髪を靡かせながら、月葉は思う。

 ――今の、同じ魔導書……?

 アドリアンは言っていた。来栖杠葉の魔導書は複製できない、と。つまり、複製・量産できる魔導書もあるということだ。

「ふむ、初級魔導書で相手の出方を窺う。君も子供ながらになかなか戦い慣れしているようだね。それとも、初級しか扱えないただの初心者かね? だったらこの私が魔導書戦の手解きをしてあげよう」

 アドリアンは完全に真夜を侮っている。大人の余裕がそうさせているのだろうが、真夜は馬鹿にされても全く心を揺るがせていない。

「フン、ごちゃごちゃとやかましい奴だ」

「なんだと?」

 それどころか逆に挑発している。アドリアンは元貴族のプライドのためか、真夜と違って沸点が低いようだ。これではどちらが子供かわからない。

「少々大人げないと思っていたのだがね、やめだ。君には手加減しないことにしよう――第十段第三列」

 怒りで顔を沸々とさせながらも、アドリアンは冷静を装って魔導書を入れ替えた。

 すると、アドリアンの両脇にオレンジ色の炎が点火する。それは一瞬で空中を燃え広がり、二つのリング状の形を成した。

「灰になりたまえ!」

 アドリアンが魔導書を持っていない方の手を薙ぐと、煌々と燃え盛る火炎のリングは商店街通りの店々を破壊しながら宙を転がった。決して狭くはない通りであるが、巨大な炎を前に逃げ場などない。

「〝炎輪〟の魔導書か。くだらん芸だ」

 真夜は迫りくる火炎のリングをまっすぐに見据え、手にしている魔導書を前方に翳す。

 瞬間、真夜を覆うように半球状の光の層が形成された。火炎のリングは光の層と衝突し、形が崩れ、やがて霧散する。いつの間に魔導書を変えたのか、炎輪に気を取られていた月葉には気づかなかった。

「ほう、〝粋護〟の魔導書かね。……そうか、君のライセンスは三級だな。なるほど、丁度自分の力を過信したくなる時期だろう。だがね、私は二級なのだよ。喧嘩をする相手を間違えたと後悔し謝るのであれば、君の無礼は許そうじゃないか」

 そう言いつつも、立て続けに火炎のリングを飛ばすアドリアン。複数の炎輪で攻め立てることで謝罪する暇など与えないつもりらしい。憎たらしい笑みすら浮かべていて、月葉は正直気持悪いとすら思った。

 真夜は防戦一方だった。炎輪を光の層――〝粋護〟の魔導書で防いでいるが、そこから動くことはできないようだ。もし〝粋護〟の魔導書を解除した場合、その瞬間に彼は炎で焼かれてしまう。

 ――真夜くん……。

 月葉は心配になって眉を顰める。炎輪を受けた時に光の層が大きく揺らいでいるところを見ると、真夜の防御が破られてしまうのは時間の問題と思えてならない。

「はははっ! どうした? なにもできないのかね? これでわかっただろう? 君は所詮その程度だと――」

 哄笑するアドリアンの言葉が途中で切れた。

 トン、と地面を蹴った真夜が、自分から光の層を飛び出したからだ。彼は炎輪を器用に掻い潜り、一鼓動の内にアドリアンとの間合いを詰める。

「なっ!? 速っ……」

「たかが二級で、自惚れているのは貴様の方だ」

 肉薄した真夜は足払いでアドリアンを蹴り倒す。そして凄みのある黒い瞳で睨み下ろし、

「第八十段第一列――」

 真夜は淡々と〝書棚〟の位置を唱え、魔導書を交換する。

「――〝魔剣〟」

 新たに抜き取った魔導書がぐにょりと歪み、巨大な両刃剣の姿に変異した。

 剣身は幅広く禍々しい緋色。蛇が締めつけているようなデザインの鍔と柄は光沢のある黒一色で統一されている。一目見ただけでゾッとする不気味な威圧感に、月葉は声も出せないでいた。

 大上段から躊躇の欠片もなく振り下ろされた魔剣を、アドリアンは紙一重で転がって避ける。

「は、八十段だと? それに〝魔剣〟の魔導書……超一級レベルじゃないか」

 目を剥くアドリアンは〝炎輪〟の魔導書を地面に転がったまま発動させる。しかし、真夜は魔剣を一振りするだけで二つの火炎のリングを消滅させた。

「は……?」

 呆気なく攻撃を掻き消されたアドリアンが間抜けた声を漏らした。完全に真夜のペースだ。先程までの威勢は既にアドリアンにはないようである。

 だからか、彼はヤケクソといった様子で炎輪を飛ばした。もう別の魔導書に変更する余裕も残っていないのだろう。

「無駄だ。この魔剣は魔力を喰らう」

 だがやはり、炎輪は真夜が魔剣を振るう度に蝋燭の火のように消されていく。

「あ……ありえん……」

 歩み寄る真夜。じりじりと後じさるアドリアン。まるで蛇に睨まれたカエルだと月葉は思った。

「くっ、分が悪いか。仕方ない。ここは戦略的撤退を……」

「あっ、逃げた!?」

 月葉は驚きのあまり叫んでしまった。彼はプライドが高いと思っていたのに、なんとも潔い決断だ。そもそも、自分から決闘を申し込んでおいて逃げるなんてアリなのだろうか。

「第六十三段第十四列――」

 が、戦意を失い逃走を図ったアドリアンにも真夜は一切容赦しない。魔剣を持った状態でさらに新しい魔導書を手に取った。

 バチッ。開かれたその魔導書から青白い火花が散ったのを、月葉は見逃さなかった。

 ――あれは……もしかして〝雷獣〟の魔導書?

 紀佐桐吾から買い取り、真夜が昨日解読していた物だ。

 三本の雷撃が〝雷獣〟の魔導書から迸る。それらは青白くスパークする狼の姿となって一目散に遁走するアドリアンの進路を塞いだ。

「どわぁあっ!?」

 雷音の唸り声を上げる雷獣たちに包囲され、アドリアンは腰を抜かす。その表情は涙と鼻水でくしゃくしゃになっていた。もはや貴族の威厳もあったものじゃない。

「魔導書の多重使用……あ、ありえん。三級魔導書使いにそのようなことができるはずがない。そうだ、これはきっと悪い夢に違いない」

「まだ勘違いしているのか? 見た目通りの馬鹿だな」

 魔剣の切っ先をアドリアンに突きつけ、真夜が見下すように言う。

「僕のライセンスは特級だ。力の差を見極められない雑魚が。逃げるのは構わんが、負けを認めて謝罪してからにしろ」

 苛立たしげに吐き捨てる真夜を、アドリアンは鬼か悪魔を見たような驚愕に震える瞳で見上げる。

「特級だと? ふ、ふざけるな。そんな世界でも十人といない魔術師が、こ、このような辺鄙な田舎都市にい、いるはずがない」

 アドリアンは声も震えていた。

「信じる信じないは貴様の自由だが、少なくとも貴様では僕には勝てない。それは証明できたはずだ」

「しかしだね」

「謝れ」

「……わ、私の負けだ。申し訳ない。この度の無礼、この通り謝罪する」

 真夜に威圧され、アドリアンはその場で両手両膝をついて頭を深く下げた。日本人でもなかなか真似できない綺麗な土下座だった。

「僕にじゃない。あいつに謝れと言っている」

 真夜に手招きされたので、月葉は電柱の陰から出てとてとてと彼らに駆け寄った。

 それから――

「本っっっ当に悪かった! 君に乱暴を働き、〝曝露〟の魔導書まで使おうとしたことをどうか許してはくれないか!」

 額をアスファルトの地面に埋めそうな勢いで謝罪された。

「いえ、その……はい、許します。だから土下座をやめてください」

 謝られているこちらの方が恥ずかしくなったため、月葉の彼に対する怒りはどこかへすっ飛んでしまった。それにここまでされると、なんか彼が可哀想に思えてくる。

「お母さんの魔導書、諦めてくれますよね?」

 確認のために訊くと、立ち上がったアドリアンは紳士然と首肯した。

「元貴族として約束は守ろう。しかし、コレクターとしてはそう易々と諦め切れるものではないのだよ」

「そんな、それだと約束と違います」

「違わないさ。諦めてはいないが、私から君に来栖杠葉の魔導書を譲ってほしいとはもう言わないと神に誓おう。あれほどのことをした私を許してくれた優しい君だ。そんな君に強引な手段を取ることなど、貴族としてもコレクターとしてもできないのだよ」

 真摯にそう告げ、アドリアンは白い歯を見せて微笑んだ。根は悪い人ではないのかもしれない、と月葉は彼に対する印象を改めることにした。

「ただ、私はしばらくこの街に滞在することになっている。もしも気が変わったら駅前にあるロイヤルホテルのスイートルームを訪ねてくれたまえ」

 気障ったらしく言うと、アドリアンは名刺を月葉に手渡した。名刺の裏には滞在先のホテルの名と住所が手書きされており、街で最も高級なホテルだとわかった。

「で、では、君の素敵なボーイフレンドに睨み殺されかねんので私はこれで失礼しよう」

 アドリアンはさっと踵を返し、真夜から逃げるように早足で立ち去った。

 残された月葉は――真夜と二人きりである。

「……」

「……」

 ――なんか気まずい!

 目を合わす勇気を持てないでいる月葉が横目で見ると、真夜は三体の雷獣を消し、魔剣を本に戻して〝書棚〟へと仕舞っているところだった。

 なによりも先に、月葉は礼を言うべきだろう。

「あの、えっと、真夜くん」月葉は自分でも変だと思うほどもじもじしながら、「その、助けてくれて、ありがとう」

「フン、依頼人を護るのも仕事の内だ」

 真夜の素っ気ない答え。彼らしいと納得するも、自分だから助けたというわけじゃないとわかってどこか寂しい気持ちになる月葉だった。

 ――なんか私、変。真夜くんの顔をまともに見れない……。

 一体自分はどうしたのだろうかと悩んでいる月葉に、「おい」と真夜が声をかけてくる。

「え? な、なにかな?」

「ぼけっとするな。逃げるぞ」

「はい?」

 真夜の言っている意味がわからずきょとんとする月葉。

「周りを見ろ。奴が去ったから〝人払い〟の魔導書の効果が切れて直に人が戻ってくる。お前、この状況を説明できるのか?」

 彼に言われて月葉は辺りを見回し、絶句した。決闘のとばっちりを受けた数々の店舗が、半焼半壊という痛々しい状態で並んでいたのだ。その中には明日理音たちと行く約束をしていたケーキバイキングの店もあった。

 ほとんどアドリアン一人のせいである。人が戻ってきて月葉たちが問い詰められるのはあまりにも理不尽だ。

「残るなら勝手に残れ。僕は知らん」

「あっ! ま、待ってよ真夜くん!?」

 駆け去る真夜の後を追うため、月葉は縺れそうになる足を懸命に動かすのだった。


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