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Page-10 来客

 場所は移動し、是洞古書店。

 静寂で閑散とした店内にただ一人、是洞日和は会計台の椅子に腰かけてひたすらノートパソコンと睨み合っていた。

 日和が手掛けている小説の執筆である。内容は現代に隠されて存在する魔術学校を舞台としたファンタジーラブコメディーなのだが、その『本当に魔術がある』と読者に思わせるリアリティのおかげで『大』はつかないまでもそこそこヒットしている。本物の魔術師が本当にある魔術学校をモチーフとして書いているのだから、リアリティがあるのは当然だ(無論、素人が真似しても魔術は発動しないようにしている)。

「あうー、頭痛いわぁ」

 締切まで残り三日。しかし全体の半分しか完成していないという現状に日和は突っ伏した。雰囲気出るかと思って執筆中には伊達眼鏡をかける日和だが、それで頭が冴えたりすることはない。

「えーと、これがこうでここがこうなってるから、この辺であのキャラを出して――いやそれだと矛盾が……。ああもう! どうやったらうまく纏まるのかしらね!」

 懸賞金目当てで書いた上、既に完結しているつもりだったので続編なんてこれっぽっちも考えていなかった。編集部に認められるほどの文才はあるが、構想を練ることに関しては非常に苦手な日和である。プロットなど生まれてこの方一度も作ったことがない。

「やっぱ向いてないかなぁ、作家」

 とは思うものの、皮肉なことに本業の古書店よりも収入がいいからやめるわけにはいかないのだ。

 伊達眼鏡を時々クイクイさせてうんうん唸っていると、店の扉が開く音が聞こえた。

「いらっしゃいませ~」

 覇気のない挨拶をする日和。店主としてどうかと思うけれど、日和にそこを正す意思はない。ここへ来る客は一般ピーポーではない方が多いからだ。魔術師という生き物は店員の愛想なんてアウトオブ眼中。振り撒くだけ無駄というものである。

「失礼、是洞古書店という店はここで合っているかな?」

 会計台の前に立った客が紳士然とした口調で声をかけてきた。対する日和はパソコンの画面から目を離さずに、

「そうだけど、表の看板見なかったのかしら?」

「私はまだ『漢字』というものには慣れていなくてね。難しい字は読めないのだよ」

 台詞に不自然さを覚えた日和が客の方に視線を向けると、そこにはアッシュブロンドのロン毛をした長身痩躯の青年が立っていた。グレーの燕尾スーツをキッチリと着こなし、やり手の営業マンを思わせる雰囲気を醸し出している。

 切れ長の青い目に高い鼻――西洋系の外国人だった。『漢字』に慣れていないわけである。しかし喋っている日本語はとても流暢だ。よく訓練されている。

 激しく胡散臭さを感じるが、彼も歴としたお客様だ。

「それで、ご用件は?」

「ある本を探している」

「タイトルを言ってくんないとわからないわよ?」

「ふむ、それもそうだ。だが生憎とタイトルは私も知らなくてね」

 ネットで調べてから来なさいよ、と日和は心の中で毒づいた。しかし青年はそんな日和の内心など知らず、どこか誇示するように言葉を続ける。

「来栖杠葉氏の魔導書がここにあると聞いて来たのだよ」

「へ?」

 日和は青年の言葉をすぐに理解できず間抜けな声を上げた。

 来栖杠葉の魔導書。あるとしたら、あの一冊だけだ。けれど、あの本がこの店にあるなんて宣伝をした覚えはない。真夜が人様の物を言い触らすような真似はしないだろうし、持ち主の月葉に至っては論外だ。

「あなた、魔術師ね。その話はどこから聞いたのよ?」

 警戒心を高めて訊ねると、青年は口元を不敵な笑みで歪めた。

「ある情報屋から情報を買ったのだよ。おっと、その情報屋のことは訊かないでくれたまえ。私もよくは知らないのでね」

 釘を刺されたが、情報屋なる者については後で調べた方がよさそうだ。

「じゃあ、あなたのことを聞かせてくれるかしら?」

「これはうっかりしていた。私としたことが、レディーを前に名乗りもしなかったとはね」

 青年は、うぉほん、と咳払いをし――

「私はアドリアン・グレフ。二級閲覧ライセンスを持つ元貴族の魔導書使いだよ」

 そう名乗って魔術師協会発行の証明書を掲示した。元貴族だかなんだか知らないが、たかが二級のくせに随分と尊大な物言いだ。日和は青年に対する好感度を水平線からやや斜め下へと傾けた。

「では、レディーの名前をお聞かせ願ってもよろしいかな?」

「是洞日和、一級閲覧ライセンスを持つ魔術師よ」

 あてつけるように『一級』の部分を強調する日和だったが、アドリアンは微塵も動じなかった。魔書の販売を行っている時点で一級以上のライセンスを取得していることは周知だからだろう。

「是洞日和氏、なんて可憐なお名前だ」

「お世辞はいいわ。気持悪いから」

 紀佐桐吾のようにそういう言葉は心から言ってもらいたいものである。

「失礼。それで本題だが、来栖杠葉氏の魔導書を売ってもらいたい」

「残念ね。あなたの探し物はここにはないわ」

「なに? それは困った」

 芝居がかった仕草でアドリアンは額に手をやった。本当に困っているのかわからない。

 彼はしばらく日和には聞こえない音量でぶつぶつと呟いた後、こう持ちかけてきた。

「ふむ、では代わりに別の魔書を買おう。案内してくれたまえ」

 お引き取り願ってもよかったが、彼がまだ買い物をすると言うので日和は商売人の顔になった。

「あはっ♪ そう来なくっちゃね。こっちよ」

 ただし、ぼったくりを企む悪徳商売人の顔だったが……。

 日和はアドリアンを地下書庫に案内した。当たり前だが、誰かが店番をしている時は防犯術式をオフにしているためスムーズに地下まで潜れる。

 アドリアンは地下書庫内を見回し、日和に問う。

「これだけかね?」

「少なくて悪かったわねぇ。もっとも、一級以上の魔書はさらに下よ。あなたは二級でしょう? だからそこへは案内できないわ」

 是洞古書店の構造は二階が自宅、一階が一般書店、地下一階が二級以下、地下二階が一級以上の魔書収容庫となっている。二級以下と一級以上では重要性が変わってくるのだ。

「それは構わない」

 アドリアンは適当な棚から適当な魔書を取り、日和に見せる。

「これをいただこうか」

「いいけど、それ魔術書よ? あなた魔導書使いじゃなかったっけ?」

「いいのだよ。私は魔術書も集めているのでね」

 不遜な態度で言いながら、アドリアンは懐に手を入れた。彼がそこから取り出した物は万札の束、それも二個。

「これで足りるかな?」

 アドリアンは気障ったらしく白い歯を見せてはにかみ、二個の札束――恐らく二百万円――を日和の手に優しく握らせた。

「え? こんなに? 足りるもなにも、これそこまで大した魔術書じゃないわよん?」

 大金を前に目を輝かせる日和。初めからぼったくるつもりだったが、予想以上の展開に思わず語尾を砕いてしまうほどテンションが跳ね上がる。簡単に確認するも、ニセ札ではなさそうだ。これほどの大金を前にしたのは小説が受賞した時以来である。

「構わない。ただし、そこには情報料も含まれていてね。少々お聞きしたいことがあるのだが?」

「いいわよん。私の答えられる範囲ならなんでも教えてあげるわ」

 思わぬ儲けに日和はすっかり浮かれてしまっていた。だから――

「来栖杠葉氏の魔導書なのだが、君は『ここにはない』と言っていた。それはどこにあるのか知っている者の言葉だ。どうか教えてもらえないかね」

 つい、口を滑らせてしまった。


 来栖杠葉の娘のことを――。


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