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Page-09 平穏なランチタイム

 翌日。私立凛明高校――一年三組の教室。

「はふぅ~」

 昼休みに入った途端、月葉は情けない声を出して机に突っ伏した。流石に毎日バイト先へ通っていたら疲労が溜まるのだ。午後の授業で居眠りしない自信がない。

 なにも連日で出勤しなくてもよかったと後悔する。日和からは好きな時に手伝ってくれればオーケーと言われているし、バイトをすることが本懐ではないのだから。

 けれど……

 ――あの二人、魔術以外のことになるとすっごくいい加減なんだもん。

 黙っていられなくなった月葉は主婦歴七年――切り上げれば十年になる魂に火をつけ、店内の掃除やらなにやらをこの三日間で猛然とやってのけていた。これでは家政婦だ。

 真夜はいいとしても、大雑把な性格の日和はすぐに周りを散らかしてしまう。度が過ぎてきたら真夜が動くらしいのだが、今日も行かないと大変なことになっていそうだ。

 要するに、月葉は放っておけないのである。

「……」

 なんとなく恨みがましい視線でクラスメイトの真夜を探してみるが……いない。どうせいつものように図書館にいるのだろう。

 と――

「やっはー、月葉。あまり景気のいい顔してないね。どったの?」

「お疲れのようですね。確かに先程の体育のバレーボールはハードでした」

 八重澤理音と紀佐依姫が弁当箱を乗せた机を寄せてきた。

「え? そんなにハードだったっけ? 楽しかったじゃん」

「理音さんは大活躍でしたもの」

 入学して二ヶ月経った今でも数々の運動部からスカウトが来るほど、理音は運動神経抜群なのだ。四時間目のバレーボールでも、彼女はピョンピョン飛び跳ねてほとんど一人で得点を稼いでいたように思えた。彼女と同じチームだったらまだ楽だったろう。

「あっ! もしかして月葉の顔面にクリティカルショット決めちゃったのが後引いてる感じ? だったらあたしのせいだ。ごめん!」

 拝み倒すように頭の上で両手を合わせてくる理音。いつも思うが、彼女は先走り過ぎだ。顔面ヒットは痛かったけれど。

「えっと、そうじゃなくてね。なんて言えばいいのかな? 家事を二軒分やってる感じというか」

「そんなに忙しいのですか? 是洞さんのお店のアルバイト」

「うん、まあ、私が自分で勝手に忙しくしてるんだけ、ど? ……あれ? 私、アルバイトのこと話したっけ?」

「わっ! 馬鹿、依姫」

 記憶になかったので訊ねてみると、理音と依姫は悪戯がバレた子供のような焦り顔になった。

 というか、月葉は変な噂を立てられないために黙っているつもりだった。なのに――

「……なんで知ってるの?」

 ジト目で問い詰める。すると観念したのか、理音がうなじの上辺りで結った髪を弄りながら口を開いた。

「やはは……ほら、月葉ってさ、ちょっと前から忙しいって言って付き合い悪くなったでしょ? だからなんか怪しいなぁって思って」

「昨日、こっそり後をつけさせてもらいました。すみません、月葉さん」

 笑って誤魔化す理音と、素直にペコリと頭を下げる依姫。二人に尾行されていたことに月葉は全然気づかなかった。彼女たちは探偵になれるかもしれない。

「そっかぁ、二人には知られちゃったのか」

 クラスメイトの、それも男子の家でアルバイトをしているなんて知られたくなかったが、バレてしまったのなら仕方ない。そもそもこの二人は無関係ではないし、アルバイトのことくらいは知ってくれていた方が今後とも都合がいいだろう(魔術師修行のことは言えないけれど。特に依姫には)。

「言っておくけど、変な意味はないからね。この前の開かない本関連でこうなってるんだからね」

「ほほう、変な意味とはどういう意味かなぁ? おいちゃんわかんないなぁ」

「り、理音さん、なんかそれ嫌らしいですよ」

 二人が尾行していたことは軽く許し、そのまま三人でそれぞれの弁当箱をつつく。理音は購買で売っていたらしい鶏のから揚げ弁当、月葉は卵焼きやタコさんウィンナーの入った平凡な手作り弁当、依姫は一流シェフが作ったような色鮮やかなクラブサンドをバスケットから取り出していた(これでも金持ち度を手加減しているとか)。

「ところで月葉、バイト代いくら?」

「えっと、時給五百円くらいかな」

「少なっ!? 最低賃金以下じゃん!?」

「まあ、例の本の鑑定料を引かれてるから」

「だとしても少ないと思います。抗議してみてはどうでしょう?」

 そんな感じに和気藹々と談笑したり、弁当の中身を交換したりと、普段通りに昼休みの時間が過ぎ去っていく。

 そして――

「(依姫ちゃん、ちょっといいかな?)」

 先に食べ終わった理音がトイレに立った隙を見計らい、月葉は声のボリュームを落として依姫に訊ねた。

「(なんですか、月葉さん)」

 月葉の真剣な声になにかを感じ取ったらしい依姫も小声になる。

「(依姫ちゃんって、魔術師のこと知ってたの?)」

 それは月葉がずっと気になっていたことだ。学校では理音か他の誰かが近くにいてこれまで訊きそびれていたし、それ以外の時間はバイトや家事で手一杯だった。しかも月葉は今時の女子高生にしては珍しく携帯電話を持っていない。もうすぐ来る誕生日に父が買ってくれることになっている。

「(はい、そのような方が実在することは存じておりました。ですが、本物を見たのは先日が初めてです)」

 上流階級の人間の中には魔術を認識している者も少なくない。そう真夜が教えてくれたけれど、どうやら本当のようだ。でなければあんな非現実を見た依姫がその後も平然としていられるはずがない。

「うん、ありがと依姫ちゃん。それが訊きたかっただけだから」

 納得した月葉は声を元の大きさに戻した。もっと突っ込んだ話もしたかったが、これ以上は彼女のオカルトマニアモードを起動させてしまう恐れがある。学校では金持ちであること以上に隠しておきたい趣味らしいので、あまり刺激しない方がいいだろう。

「たっだいまぁ――って、なぁに二人でコソコソ話してんのかな? 怪しいなぁ」

 元気よく戻ってきた理音がお得意のニヤ顔で問い詰めてくる。対する月葉と依姫は顔を見合わせ――

「秘密だよ、理音ちゃん」

「秘密です」

「むむむ、この理音様を除け者にするとは言い度胸だねフッフッフ」

 その後、月葉はプロレス番組を欠かさず見ているという理音に緩くチョークスリーパーを決められるのだった。


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