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世界に夜逃げされた私たち

 繋いだ手から、時折マシロの内部でマシンが駆動しているような振動が伝わる。私が砂利に足を取られそうになるたび、マシロはそれを予見していたかのように私の手を引き上げる。

「光紗様、足元の重心が不安定です。歩行データの最適化を行いますので、私の歩調に合わせてください。」

 マシロが真顔で私を見つめる。

「たまたまつまづいただけだってば。子供じゃないんだし、そこまでしなくていい。」

 反射的に棘を立ててしまう。

「やっぱりお願い。歩行データの何とかってやつ、やってみてよ。」

 単純に興味があるだけだ。どのようにして歩行を助けてくれるのか、見てみたいだけだ。

「承知いたしました。背筋を伸ばし、まっすぐ前を見て歩いてみてください。」

 マシロはそう言いながら、私の手を握る力をわずかに強めた。驚くことに、私とマシロの歩調が完璧に噛み合い、動く歩道に乗っているかのような滑らかさを感じた。片手は塞がるが、これならどれほど重い荷物を背負っていても、身体が疲れていても、歩くことに楽しさすら感じることができるかもしれない。

「めちゃくちゃ楽なんだけど。こういうの、通勤のときとか使いたいかもね。」

 私の声のトーンがいつもより少し高い。

「それはとても良いアイデアですね。ですが、歩行データの最適化は主に幼児の歩行訓練で使用されるので、成人の歩行を補助する目的で使用されるケースは限られます。」

「いや幼児用かい!ハイハイ卒業しようとしてる赤ちゃんか私は。」

 少し高めのハスキーボイスが虚空に響きわたる。普段の私の声は掠れ気味で低いので、たまに男性に間違われる。よく聞き返されるほど通りにくい私の声が、真空のような世界を軽快に駆け抜ける。

「しかし、今の光紗様は補助が推奨される状態です。歩行が不安定でケガにつながります。」

 光紗のツッコミをマシロは優しい声で、それでいて冷静にいなす。マシロの金属の部分を垣間見る。私は軽くため息をつき、マシロに訊ねる。

「過保護というかなんと言うか...。未来ちゃんもこうやって甘やかされてたわけ?」

 何気なく口にした名前に反応するように、マシロの黒いスクリーンの奥にわずかに透けて見えるレンズが大きくなり、アイコンが一瞬だけ深い青色に明滅した。

「未来様は手を繋ぐのを嫌がる時期もありました。自分で歩けると言い、距離を置かれたことも。ですが、転んで膝を擦りむいたりなどした後は、必ず私の手を必要とし、強く握りに来てくださいました。」

 マシロの「思い出」は、レンズを通して録画された静的データはずなのに、妙に生々しい重さを持って私の鼓膜を振動させる。

「...ふーん。じゃあ私は転ぶ前に手を握りにいくからいいでしょ?」

「転倒は予期せぬときにこそ発生します。光紗様の現在の...」

「分かったって!繋ぐから!」

 マシロの「説明」をスキップし、さっきよりも少し強く手を握った。

 二人が微妙に噛み合わないチャットをしているうちに、ようやく目的地が見えてきたようだ。見慣れた駅のプラットフォームうが、青空の下で不自然な程静かに佇んでいる。

 駅に辿り着くや否や、ホームに設置されているアナログ時計が見え、私は目を疑った。私は思わずマシロに助けを求めるように、時計を指さして声を漏らす。

「マシロ、あれ見て。時間が...。」

 駅のホームに見える時計は一時半を指している。長針がぷるぷると震え、それ以上は進まないようだ。自宅を出たのは確か七時五十分を過ぎた頃であったはず。私の時計がおそらく正しかったことは、空の色が教えてくれている。たまたま駅の時計が故障しているのか、それとも...。

 マシロが何かを理解したかのようにこちらに振り向く。

「見てください。隣のホームの時計も、改札口を抜けた先にある時計も全部同じ時間を示しています。ただ一つ言えることは、深夜の一時半に大規模な停電が起きているということです。」

「深夜の一時半にはウチら以外の人がいなくなって世界が止まっているのか、それともウチらだけが世界から放り出された...みたいな捉え方もできない?」

 私の口角は僅かに上がっていたと思う。おそらく笑い事ではないというのに。

「それはとても興味深い発想ですね。もし私達だけが世界から放り出されているのだとしたら、戻る方法も見つかるかもしれませんね。」

 マシロの黒いスクリーンに笑みのアイコンが浮かぶ。しかし、笑う理由は私と真逆だろう。

「戻る方法ねぇ。ここで考えていても見つからないだろうしさ、とりあえず食べる物でも探すついでにぶらぶら歩いてみない?」

「承知しました。私はどこまでも同行します。」

 未来ちゃんはどこにもいない。戻る世界なんてないはずだ。

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