誰のせいでもない世界へ
不器用な若手の社会人が、誰もいなくなり退廃した世界を歩く物語です。
主人公が不器用なりに生きる意味を探します。温かく見守ってくれると嬉しいです。
どいつもこいつも死んだ方がいい。微妙な給料で私にパフォーマンスだの社会性だの、多くを求めてくるなと言いたい。言わないが。私はよく物を忘れる。どんなに気をつけていても、脳内から何かが勝手に蒸発する。人の記憶力に頼りきる構造をシステムで解決してほしいものだ。私はあまり人の気持ちが分からない。人とのコミュニケーションのとり方も、愛想の振りまき方もよく分からない。人から受けた指示の意味も上手く汲み取れないことが多い。もっと分かりやすく説明してもらわないと困るのだ。私のような人間にも優しい社会であるべきだ。
この社会は常に私を脅迫しているように思える。仕事が続かなければ私が生活出来なくなるが、仕事をし続ければ私の精神と肉体の健康が蝕まれることになる。生活と健康を天秤にかけさせにきている。そんな悪魔を作り出しているのは紛れもなく人類である。人類は死ぬべきだ。私はそういう考え方しかできない。
仕事が終わり、ほぼ空になったペットボトルから数滴の液体を出しきるように、疲れきった体を更に駆動させて駅まで走る。駅構内で競歩大会が開催される。私の前をちんたら歩かないでいただきたい。邪魔なスーツケースは蹴っ飛ばしてやりたい。人と人の間を縫うようにするすると抜けていき、階段を一段飛ばしでかけ上る。電車に乗る。この競歩大会を制するかどうかで、帰りが十五分ほど変わってくる。ただでさえ少ない安らぎの時間が十五分増えるのはかなり大きい。電車を降りる。降りる方が先だ。私の行く手を阻む者は突き飛ばすだけだ。帰路に着く。炒めたカット野菜と目玉焼き、冷凍ブルーベリーが乗ったヨーグルトが私の夕飯と決まっている。それらを胃に入れ、重くなった体を持ち上げ、入浴を済ます。タブレット端末で無料動画配信サイトを開き、知らない洋楽を再生する。ビールを喉に流し込む。歯を磨き、布団の中で爪を噛みながら、光る板を眺める。いつにも増してガタガタになった指先で光る板を撫でる。死んだ方がいい奴らによって生み出された、無秩序なビッグデータを摂取して一日を終了させる。死ぬまでこれを繰り返すのだろうか。
甲高い電子音が私の睡眠を強制終了させる。目的もなく光る板を手に取る。いつもであればここから十分ほど睡魔との戦いが始まるところだが、今日は違う。
「は?」
朝っぱらからW-iFiの接続が切れ、左上には圏外の二文字が並ぶ。たまにあることだが、地味に萎えさせてくる出来事である。仕方ないのでWi-Fiとの接続設定を切り、モバイル通信に切り替えてどうだ。
「ええ...。」
あの極悪な二文字は依然として画面の左上に居座っている。
私に向かって少しほくそ笑んでいるようにも見える。ふざけないでほしい。特にいつもと違うのは、時間も表示されないことだ。指を使って設定したアナログの目覚まし時計しか時間を教えてくれない。タブレットも私に無料動画配信サイトを使わせてくれない。2秒かけて息を大きく吸い、1秒で吐き出す。常温になった冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注ぐ。トースターが動かないので、残り1枚の食パンはそのまま牛乳に浸して食べる。蛇口から水は出るようだ。この水だけが、この部屋に残された文明の最後の名残のようだ。レバーを赤い方に引き、最後まで冷たい水で顔を洗う。メイクを済まし、服を着替えてとりあえず自宅を出る。アナログの目覚まし時計曰く、午前七時五十二分だそうだ。
いつもすれ違う小学生の集団も、駅前の踏切付近を埋め尽くす気持ち悪い人だかりも見えない。それはそれで不気味でしかない。改札口は私の交通系ICを拒絶した。ホームの静寂が、少し遠くから私を真顔で眺めているようだ。仮に今から職場に向かっても、誰もいない気がしてきた。何これ。
ーーああ、そうか。やっと私の呪いが届いたのか。それとも世界が私を忘れたのか。
第一話、いかがでしたでしょうか。
社会人をやっていると、ふとした瞬間に「全部誰かのせいにして逃げ出したい」と思うことがありますよね。そんな切実な願いが、最悪な形で叶ってしまった朝の風景を描いてみました。
次回、彼女が最初に出会う「不思議」についてお届けします。




