宇宙の棺から
息を吸うと、胸の奥が痛い。
やけに空気が冷たくなってきた、走った疲労も含めて肺の内側を刃物で撫でられてるみたいだった。
スマホの画面は、割れたガラス越しに淡く光っている。
20:20
残り 8:40
数字だけがやけに鮮明だった。
考えれば、あの門――儀式場に辿り着くまで、麓から歩きで三時間かかった。
まともな登山道じゃない。斜面を選んで、藪を裂いて、足場を探して、遠回りまでした。
体感で、一時間に三百メートル前後は登っていた。三時間で九百メートル。
この山の頂が二千四百メートルだとすると――儀式の門地点から登った分を引けば、頂上まで、残りまだ七百から千メートルはある。
しかし山の標高と実際の登山道の距離は全く違う
麓から山頂までの登山道が十五キロ前後だとすれば、現在で半分だから残りは、八キロ前後
まともな登山なら四、五時間で届くはずの距離――だが今夜は違う。追われて、隠れて、迷わされる。八時間四十分が、十分なのかどうかすら分からない
俺は岩陰に背を預けたまま、口の中の乾きを舌で確かめる。
水はもう半分しかない。
隣で、ルルリサが同じように息を整えていた。
宝石で出来た絹の様な金髪が汗で頬に貼りつき、月明かりを吸って淡く光る。
俺は言った。
「……なあ、ルルリサ」
「何?」
「なんで“上”なんだ」
「俺が上に行こうとしたのは直感だ。下は奴らに鉢合わせる可能性があるってだけだ。でもルルリサには何か上でないといけない信念を感じるんだ」
彼女は一瞬、目を伏せた。
その沈黙が、答えの重さを先に告げた。
「ルルリサも下は危ないと思ったからか?」
「それもある。でもそれだけじゃない」
俺は頷く。
「それにいくら俺がラッキーカードでも俺なんか置いて翼使って頂上行った方が速いだろ?」
ルルリサは乾いた笑いを漏らした。
「速いよ。でもね......」
彼女は指先で空を示した。
「上を見て」
俺は見上げた。
夜空は濃い藍色で、月が綺麗で雲が薄く流れていた。
そこに影がいくつか――
異形が飛んでいる
何体か、この世の物で無いと遠目からでもわかる存在が飛んでいる。
翼で飛ぶ者、ただふんわりと浮遊する者、色々いる
次の瞬間。
「――っ」
“光”が空へ走った。
地上から、直線の閃光が放たれる。雷ではない。音が遅れて届く。乾いた破裂音。
一体の影が、空中でふっと力を失った。
羽ばたきが乱れ、姿勢が崩れ――落ちる。
落ちていく影は、森の闇に吸われる寸前、もう一度だけ身をよじった。
そして、見えなくなった。
俺は唾を飲み込んだ
「……撃ち落としたのか? 地上から?」
ルルリサは、冷たく言った。
「そう。空は射程圏内」
「誰の……?」
「色々いるとおもうけど.......私も奴らの一部の情報しか知らないし」
「でも、目立つ行動はこの勝負では御法度よ」
俺は空から視線を外し、彼女を見た。
「つまり、ルルリサが翼を使わないのは撃たれるからか.......」
ルルリサは黙ってうなずいた。
俺は汗で滑るスマホを握りしめる。
「じゃあ、いっそのこと平らな場所で隠れて夜明けを待つのは駄目なのか?……俺はここまで逃げたならもういいじゃないかって思ってきた」
「できない」
ルルリサは即答した。
「このゲームは、逃げるだけの遊びじゃない。判定がある」
「判定……?」
「夜明け。ギガドロは“頂上で”迎えなきゃいけない」
「……なんで?頂上なんだ」
「昔からそうだから」
「昔から?」
「これは初めてなんかじゃない。繰り返されてる。人間不在でも太古から。」
「勝ち残った者は自然と上へ上がって行くしきたり。それに反して下に留まる者は――棄権扱いになり」
彼女は一拍置いて、言い切った。
「処罰される」
俺の口の中が、一層乾いた。
俺の悪い予感は当たっていた。あの時下山ルートに疾走しなくて心底よかった
「処罰って、何をされる?」
ルルリサは答えなかった。
答えないことが答えだった。
ルルリサは少し俺に近付き、俺の瞳をじっと見つめ言う
「飛ぶ行為は目立つ。下山=棄権。下層にはよくない奴らが溜まる、ギガドロは頂上で日の出を見る必要がある」
「だから、上よ」
「ん......待てよ、俺を勝たせようとしてるのか?」
何故だ?
「だから私は野蛮じゃない、この世界に異界の存在を残してはいけないと考えてるの。それにはあなたが勝ち他を強制送還させる必要がある。」
「ギガドロという手札を手に入れ、私は奴らのいずれかから強力な能力を獲得して、この戦いを平和に終わらす。それが目的」
「結構あっさり目的教えてくれるんだな」
「なによ?」
「ははっ いや、なんでもないよ」
ルルリサは少しむくれた顔をした
俺は、頭の中で地図を描こうとして、すぐ諦めた。
この山は広すぎる。中腹帯だけで大きな町ひとつ分ある気がする
「……じゃあ、頂上まで行けば安全なのか?」
「安全じゃない」
ルルリサは首を振る。
「早く行きすぎても狙われる。一番目立つ場所だし、頂上は開けてる。隠れる場所が少ない。
夜明け前に辿り着いた者は様々な者から標的にされる」
「さっきの“光”。あれ見たでしょ。
変な事は出来ないの。奴らの頭脳と能力侮ってはだめよ。この世界より高度な文明から来てる奴なんて、いくらでもいるんだから」
一呼吸置き、彼女は決心に満ちた顔で言う
「でも、方法はある」
ルルリサの声は揺れなかった。
「だから、みんな“時間”を使う。山頂に着くのは、夜明けの直前が一番いい。
早すぎれば狩られる。遅すぎれば間に合わない。
このゲームは、そういう“ちょうど”が大切で、作戦が大事なの」
「時間が最後に近付くとライバルも減るしね」
「そうか.....そうだよな」
俺は少し希望を見出した
俺はスマホの時間を見た。
二十時四十分。
その時だった。
ものすごい轟音が麓の方角で鳴り響いた。
俺とルルリサはその方角の空を見上げる
すると、そこにはー――――
超巨大な軟体動物の様な存在が森からはみ出て暴れている。
木々よりもはるかにでかい巨人の様だ
タコみたいに触手が沢山あるんだが、それが人の手の様で気味が悪い。一本一本もかなりでかい。
中央の本体はタコの頭っぽくぬるっとしてるが
バカでかい人間の口みたいになってる。不揃いな巨大な歯が剝き出しだ
タコの巨人が叫ぶ
「コォォォォ!!!!!!!!!!」
「なんだよ......あれ、あんなんいるのかよ、てかさっきはいなかったぞ?あれにどうやって勝てるって言うんだよ.......」
俺は再び絶望に沈む
ルルリサが言う
「恐らく、儀式でできた次元の境目から勝手に入ってきたのね」
俺は思う、とんでもない事をしてしまったのではないかと。
もはや、俺一人では無く、この世界に影響がある話なんじゃないかと察する
「俺のせいだ.......あんなやつこの世界に呼び出して」
「そうね。あなたのせいよ」
ストレートだ。慰めが欲しいとは思わない。全て俺が招いたことだからだ。ほんとに申し訳ないと思っている
しかし、目の前のこの美しき女神に、救いの言葉を求めてたのも事実。いつだって俺は甘えている
「だからこそ、あなたは勝たなきゃいけないの」
「理屈では分かるんだ。俺がやらなきゃいけないって」
「俺はこれを終わらせないといけない。母さんと妹にまた会いたい。それにまだ生きたい。やり直したい、あんたの世界を救う少しの手伝いができるのならそれだってしたい」
「でも、あんな現実を見ると.......俺には光が見えない」
「..............」
ルルリサはうつむいて少しだまり、こう言った
「あなた、少し勘違いしてるわ。あの儀式は普通の人間には絶対に成功できないのよ」
「どういう意味だ?」
「そもそも、ギガドロには縁が無いと導かれてなる事なんて絶対無い」
「つまり、あんたが儀式を成功させ、太古からの宴を開き、今ギガドロになってここにいるのは偶然じゃないわ」
「何百年に一度の超天才の巫女がいたとしても、それはほぼ不可能に近いのよ」
「そんな意味も含めて、あんたはラッキーカードって事」
ルルリサは俺を遠回しに擁護した事が少し恥ずかしくなってか、そっぽを向いた
「偶然じゃない?俺に.....何かできるのか......」
俺は自分の手を見つめ、心を落ち着かせじっと考える
その時だった。
眩しい。
ルルリサと俺はさっきのタコの怪物の方の上空に目を向ける
そこには、宇宙の棺の様な、もしくは巨大な石板の様な物体がタコの前に静かに浮かび浮遊してるのを見た。光はそこから出ている
同時にタコの怪物は、異様な人の手の様な巨大な触手で色んな異形やイノシシやクマを掴み、あの不気味で不揃いな歯が生えてる巨大な口に放り込んでる。まるでルールも何も無い侵略者だ
「あれは、やばいわね」
ルルリサが珍しく真剣に上空を睨む
「そうだな、やり過ぎだし見境が無い。あんな化け物にだれが敵うんだ?」
「そっちじゃない」
「え......?」
その時だった、宇宙の棺が開くとともに
中から、体の半分が機械で出来てる女性の様な存在がダヴィンチの人体図の様なポーズで出てきた
色がとても白く、髪は真っ赤だ。体中に金色の粒子みたいな波動の様なモノを纏っている
その存在が登場した後、宇宙の棺から端正な宝剣の様なモノが彼女の手にふわふわと浮かんで渡る
真っ赤な髪の女性はそれをゆっくり手に取る
俺はまるで神話を見てるみたいだ。隣を見る。ルルリサは冷や汗をかいてる
巨大なタコ怪物は目の前の異常で神々しい存在に全神経を向けて威嚇してるみたいだ。しかし攻撃しない。恐れにも見える
そして、真っ赤な髪の女性は剣を背中の機械の部分にすっぽり差し込む
そして----------
俺は目を疑った。
真っ赤な髪のアンドロイドの女性は、まるで瞬間移動の様な速度で、タコの巨人を四方八方から素手で滅多打ちにしたのだ
強烈な一撃が何千と叩き込まれる。素手なんだが人間が想像する格闘技の素手の攻撃とは全く異なる
きっと大国の軍隊でも今の彼女は抑えれないだろう
衝撃波は当然ここまで来た、やはり普通なんてもんじゃない
ルルリサは心底焦った顔をしてる
恐らくこのゲームの全ての参加者が今の状況を見ているだろう、そして彼女を警戒すべき最優先と捉えていてもおかしくない。
逆にこれ以上にやばい存在がいれば、もう理解の範疇を超えて認識できないかもしれない。でも、いるのかもしれない........
真っ赤なアンドロイドの猛撃は一切の反撃を許さず、巨大タコを消しクズのホログラムに一瞬で返した
そして、月明かりにメタリックなボディを光らせ、真っ赤な髪を振り乱す
俺とルルリサはそれに見惚れてしまう
「見ちゃダメ!!!!!」
ルルリサが俺に言い放ち、自分の目を手で押さえてうずくまる
少し遅かった。
俺は彼女と目が合った、彼女はこっちを見て物凄く優しく微笑んだ........その後、人格が変わったように口が裂ける程に口角をにぃーっと広げ笑った。
今日はホントに女神をよく見る日だ
そして、俺はまた終わりを感じた
-----------------つづく--------------------------------------




