ヒロイン登場 女神 ルルリサ
森は、夜に沈む直前が怖い。
オウマガドキとか言うんだっけかな?
夕方の明るさがまだ残り深い闇との対比が心を不安にさせる
目が慣れない。距離感が狂う。
枝の擦れる音が、全部“足音”に聞こえる。
スマホを見た。画面の上の時刻。
19:00
指が震えて、タップがうまくいかない。
日の出まで、あと―― 十時間。
十時間逃げ切れば、助かるかもしれない。
言い伝え通りならだけど、今は僅かな望みに賭けるしかない。
そういう“ゲーム”だと、思い込むしかない。
ひたすら走った後
走るのを辞め、立ち止まり木陰に隠れると
冷えが、首筋から背中へ流れた。汗が冷たい。
今は春で気温は暑くもなく寒くもないので、まだ助かった。
どちらかなら既に終わってたかもしれない。
俺は、森の奥へ、上へ、上へ進む。
奴らから離れるために反射的に上へ進んだのだ
下山のルートを疾走してもよかったのだが、直感が上を行けと言った
俺の悪い予感はよく当たる
結局、どちらに逃げても同じで、問題は日の出まで逃げ切る事だと思ったからだ
今から下へ行けば、あの説明のつかない連中にきっと鉢合わせてしまう
「……上だ」
声に出した。
声が森に吸われて、戻ってこない。
走ると心臓が爆発しそうだ。体力がない。
だから、あまり走れない
早歩き。
小走り。
息を殺して、また早歩き。
足裏が落ち葉を噛む。湿った土が靴底にまとわりつく。
目の前の枝が頬を掠める。痛い。
痛いだけで、生きてる気がした。
まだ、俺は生きてる
——その時。
音がした。
獣じゃない。
硬い。軽くて速い。
なにかが、回っている音
車輪みたいだ
ギュル、ギュル、ギュル……
いきなり鳥肌が立った
振り返りたい。
でも、見たら終わる。
“終わる”の意味が分からないのに、分かってしまう。
俺は歩幅を上げる。
枝を押し分ける。
息が喉に引っかかる。
ギュルッ
音が近い。
すぐ後ろだ。
その時、前方に光が散った。
木の間に、虹色の粉みたいなものがふわっと浮き上がる。
霧じゃない。光だ。
光が、空気の湿気に刺さって、線になって。
——道が、増えた!?
さっきまで見てた景色が変わり、突然に分岐だらけの迷路に変わる。
全部“正しそう”に見える。
「……は?」
足が止まりかけた。
体が勝手に、いちばん楽そうな道へ向かう。
違う。
楽な道なんて、ない。
これは恐らく誘導だ。
視界の端に、何かが滑った。
一本足の車輪。バカでかい車輪そして長い胴体。奇妙な質感だ
一輪車みたいに回転しながら、地面を舐めるように移動してくる。
胴体には頭が三つ。
裂けた顔。
口は笑ってないのに、笑ってるみたいに見える。
頭の上から伸びた触覚の先が、分かれていて。
そこから虹色の粒を撒いている。
「……これは一体?なんだ.....」
口から、声が漏れた。
三つの頭が同時に、違う角度で俺を見た。
目がないのに、見られているのが分かる。
足が勝手に分岐のひとつへ逃げる。
枝が顔を叩く。
でも、道は道じゃない。
光で描かれた嘘だ。
目の前に、家の玄関が見えた。
——違う。駄目だ駄目だ
俺の家の玄関。
母さんと妹の声が聞こえた気がした
「○○、おかえり——お兄ちゃんおかえりー」
喉が、勝手に二人の名前を出そうとして——
俺は舌を噛んだ。
血の味がした。
「……っ、違う!」
踏ん張って、嘘の道から外れる。
足首がぐねる。痛い。
でも止まらない。
止まれない。
ギュルルルルル——!
背後の回転音が跳ね上がる。
追いつかれる。
やばい、追いつかれたら、もう今度こそ終わりだ
その瞬間。
森の空気が、変わった。
闇の中に、青白い線が走る。
全体を包んでいた得体の知らない不安が、いったん消えて。
代わりに、夜空の匂いみたいなものが落ちてきた。
幸せないい匂いだ
雨の前の匂い。金属。オゾン。そんなのに近い
なにかが目の前に、現れた。
女神が現れた。
金髪。
ロングポニーテール。信じられないくらい綺麗で輝いていて闇の中でも“形”が分かる。
目は宝石みたいに異国の緑色。
肌は白く、冷たい月の光をそのまま纏ってるみたいだった。
甲冑は、ナイトみたいな形なのに、金属じゃない。
宇宙の岩とか、隕石の皮膚みたいな、絶対的に硬くて静かな質感。
そして。
背中から、羽。
悪魔みたいな羽が二枚。
黒い膜の縁が、月の光を受けて星屑みたいに微かに光っている。
俺は、見惚れていた
言葉が出ない
彼女は俺を見て、眉を寄せた。
「……邪魔。そこ、どきなさい」
喋った.........
もう二度と会話なんてできないと思ってたのに
声は冷たい。
でも——その冷たさでも十分助けみたいに感じた。
彼女が一歩、前へ出る。
プリズム一輪車が、彼女の前で止まった。
止まるってことは、“警戒”している。
触覚が震え、虹の粒が濃くなる。
森の嘘の道が、また増える。
彼女の甲冑の継ぎ目が、青白く光った。
羽が、わずかに開く。
空間が、きしんだ。
二つの存在は睨み合ってる
プリズム一輪車の虹の粒の点滅が速くなる
嘘の道が、バチン、と割れて消えた
プリズム一輪車の三つ首が、同時に震える。
回転音が乱れぐるぐるとその場を回る
「……っ」
女神は息を吐いた。神々しい
それだけで、周りの空気は緊張する
そして、俺と女神の少し背後——
俺の視界の端で、闇が動いた。
女神も少しそれを感じてるようだ
人の形。
でも、人じゃない。
全身に、目。
胸にも、肩にも、腕にも、腹にも。
大小の眼球が、ぬめって光ってる。
目玉だらけの野人。
口は以上にでかくて歯が不揃い。
手には、黒曜石みたいな刃。
そいつは、“隠れる”という概念を持ってないみたいに、堂々と歩いてきた。
目玉が全部、別方向を向いている。
死角がない。
その中のいくつかが、俺を見てる
——目が合う。
体が硬直する。
喉が締まる。
息が、浅くなる。
野人が一瞬で俺に距離を詰めた。
速い。
速すぎる。
おかしい速さ
人とか動物じゃないレベル
俺は逃げようとした。
でも足がもつれる。
枝が絡む。
刃が、腹に入る。
ズブッ
脇腹。
熱い。
熱いのに、冷たい。
痛みが遅れて、爆発した。
「ぐはぁぁぁっぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
声が漏れた。
野人の目玉が、ぎょろりと動く。
俺の痛みを、味わってるみたいに。
彼女が振り返った。
その瞬間、野人の別の腕が伸びる。
狙いは——彼女の羽。おもむろに掴んで引きちぎろうとでもする勢いだ
「っ!」
俺は反射的に彼女を庇った
もう一度刺された
「ああああああああああぁぁぁっぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
倒れそうになる。
でも倒れたら、終わる。
俺は、野人の腕を掴んだ。
ぬめる。
手のひらに、眼球が当たる。
最悪の触感。
柔らかい。温かい。
ゾワッ、と鳥肌が全身を走った。
体の二か所から血が噴き出ている感覚も止まらない
「ギュオオオオオオオオォォ!!!」
野人が唸った。
言語じゃないのに、意味だけが頭に入ってくる。
「……離せるかよ……!」
俺は歯を食いしばる。
血が喉に上がる。鉄の味。
視界が揺れる。
彼女が、舌打ちした。
「馬鹿」
そう言いながら、彼女は美しい羽根を盛大に広げた
膜の表面に、星図みたいな模様が走った。
光の線が、空中に引かれていく。
それは光の鎖だった。
夜空から引きずり出したみたいな鎖が、野人の全身の目玉に絡みつく。
目玉が一斉に瞬きして、悲鳴のような音を出す。
プリズム一輪車が突進してくる。
彼女は片手を上げる。
鎖の一部が分かれ、二メートルぐらいの槍になり空間を横切る。
プリズム一輪車の胴体を物凄い勢いで貫く
奴の触覚の虹の粒が、真っ黒い煤みたいに落ちた。
「ギュルルルルルルル——ッ!!!!!!!!」
一輪車の回転が暴走する。
木にぶつかり、樹皮が弾ける。
三つ首が、同時にねじれる。
彼女の羽の縁が、じゅっと焦げた。
星屑みたいな光が、空から剥がれ落ちる。
きっと技にはエネルギーを使うのだろう
彼女は眉をしかめた。痛みを隠すみたいに。
「……ほら。終わり」
鎖が締まる。
野人が、潰れたみたいに崩れた。
目玉が乾いていく。
粉になる。
最後にはホログラムみたいに散り、どこかへ吸い込まれる。
元の世界に戻ったのだろうか?
一輪車も、ガラスが割れるみたいな音を立てて砕けた。
虹色が飛び散り、同じようにホログラムみたいにすぐに消えた。
——静かになった。
静かすぎて、怖い。
俺は大量の出血で視界が暗くなり膝をついた。
でも、完全には倒れない。
倒れたら終わる気がして。
終わりたくなくて。
脇腹が熱い。
血が流れてる。
シャツが肌に張りつく。
彼女が俺を見下ろした。
「喋れる?」
「……喋れる……」
こっちのセリフだった。なんであんたが日本語を喋れるんだと
でも、今はそんな事気にする余裕は無かった
「じゃあ死なない。よかった」
よかった、という言葉の温度は薄い
でも、彼女はこれでもかと言う程に優しく俺の脇腹に手を当て魔法の様なモノを施してくれている
冷たい。
痛みが引く。とても幸せな気分だ。出血も止まってる
「……なに、これ」
俺が呟くと、彼女は言った。
「治癒よ。あなた達の世界で言えば魔法とか超高度なテクノロジーみたいなものよ」
「私の能力なら、それぐらいの傷なら治せるわ。完全にぐちゃぐちゃなら無理だけど。蘇らすのも無理」
突っぱねた口調だが、優しさを感じた
俺は空を見上げた。
木々の隙間から、まだ完全に暗くなりきってない空。
人生は不思議だ。有象無象の異形の餌になると思えば、今は女神に治癒されているんだから
あぁ、この先どうなるか分からないけど本当に今この瞬間は幸せだ。よかった
彼女は言う
「ここは現在、宴。闘技場の主催地になったわ
今夜、この山に“異界の王などが”が集まってる」
俺は息を呑んだ。
「……なんで、俺が……」
彼女は俺を見て、鼻で笑った。
「儀式をやったからでしょ。あなた、門の前で。
名を持つ者は、餌になる。鍵にもなる。救世主にもなる。それが言い伝えよ」
“その儀式を行った者はこう呼ばれる...............ギガドロ............”。
俺の喉が、また締まる。
彼女は続けた。
「ルールがあるは、あそこにいる連中はこの世界より発達した異界の中でも王の様な上位の存在、だから無茶苦茶ではなく
それなりに規律を理解し、報酬を目指して行動してるの」
「数多ある異界のごく一部が参加する余興みたいなもんだけど」
「これが余興......」
「そうね、あなた達からすれば信じられないけどね、世界は広いのよ」
「あぁ、それは理解したよ」
「この太古から伝わる儀式はね、倒した相手の能力を一部貰えるの。倒された相手は.......まぁ強制送還ね。元の世界に」
「能力を貰える?」
そういうと彼女は羽を広げ、俺達の10メートル上空に無数の目玉を展開して自由自在に動かした。
羽からはプリズムの光を放ち、目の前に異界の映像を出現させる
「ほらね」
その光景に驚いたが、彼女の無邪気に笑う姿に少し見惚れた
彼女は続ける
「日の出になれば全ての召喚された存在は元の世界に帰る。強制送還。
でも例外がある」
「例外……?」
彼女は一瞬だけ言い淀んだ。
その目が、宝石みたいに冷たく光る。
「……ギガドロを倒した者。
そいつだけが、ここに残れる」
それで俺を巡って争うのか
俺の背中に冷たい物が走った。
「じゃあ、君も........」
「違うわ!あなた達人間やあいつらと同じにしないで、私は遊びで傍若無人に他の物を奪いに来たんじゃない」
「私の目的は余興でも侵略でもない。能力をできるだけ集めて元にいた世界を助けたいだけ」
「あなたが想像できない程、平和で穏やかな世界だってあるの、私はそれを守りたいだけ」
「あぁそうか.........」
悪い存在ではやっぱりなさそうだ、しかし母さんと妹が頭に浮かび彼女の言葉が少し頭にきてしまった
「この世界にだって、誰かを守りたい気持ちもちゃんとあるぜ.....女神さん」
彼女は何か言いかけて、口を閉じた。
ツンとした表情のまま、視線を逸らす。
「女神さんて言わないで」
「じゃあ、なんて言えば?」
女神は少し悩んだように沈黙し、名を告げる
「ルルリサ......」
ルルリサは少し恥ずかしそうに言う。こう見れば普通の女の子にも見える
「ルルリサか......可愛い名前だな」
ルルリサは頬を赤らめ、羽をバタっと一回震わせ言い放つ
「うるさい!!!ギガドロのくせに!!」
そうか俺はギガドロになってしまったんだ
「ギガドロか........」
ルルリサは俺の脇腹に再度、手を当て高出力の治癒を放った
手つきは乱暴なのに、処置はやたら正確だった。
傷はほぼ完治した
「でも……なんで助けてくれるんだ」
俺が言うと、彼女は即答した。
「ギガドロを確保しておくと、何かと有利になれるからよ。あいつらの行動を操作しやすい」
「確保?じゃあまだ一緒に居てくれるのか?チームみたいに?」
「まぁそうね、せっかくのラッキーカード無駄にはしないわ........チーム」
ルルリサはまた恥ずかしそうにする
「ありがとうルルリサ」
そう言って、俺は心の底から感謝の笑みを彼女に向けた
その時、遠くでまた音がした。
規則的な硬い足音。
鳴き声。巨大な羽が羽ばたく音
笑い声みたいなもの。機械音
森の奥が、ざわつく。
ルルリサが立ち上がった。
「喋るのは終わり。……来る。たくさん」
ルルリサは俺に手を差し出した。
「山頂へ行く。今夜の“焦点”は上。
ギガドロ行くわよ」
彼女が手を差し出す
俺はその手を見た。
綺麗な指。
俺は、その手を掴んだ。
思えばこれが俺達の世界の始まりだった
「……あぁ行こう」
森が、再び暗くなる。
ルルリサが呟く。
「……始まったわ。果ての世界が交わる夜が」
俺は唾を飲み込み、前を見た。
十時間。
逃げ切る。
——俺にできるのか?
胸の奥で、何かが静かに壊れ始めている気がした。
----------------------つづく-----------------------------




