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チャット1 次の時代の政治体制①

用語解説


ポピュリズム:政治において合理性より感情や人気を優先する傾向


衆愚政治:多くの人が「感情」や「ノリ」で政治に流され、冷静な判断が二の次になる状態。炎上票やポピュリズム政治のことも含まれ、民主主義の弱点とされる。


男は歴史学者の端くれだ。ちょっとした歴史好きが大人になって歴史を仕事にするようになった。一応歴史のプロである。だが、プロになって悟った事がある。

ホンモノには敵わない。

だが、そんな事は大した問題ではない。歴史に名を残したいなんて気持ちもない。好きな事を仕事にして、仕事が終わったら美味い酒を飲む人生。それを悪くないと思える自分は人生勝ち組だ、と男は思っている。

男は缶ビールを開ける。プシュっという音を上手く鳴らせた時はいつもより酒が美味い。

男はツマミを口に運びつつ、人工知能を起動する。

男は飲みに行くのが好きだったが、最近はからっきしだ。物価の上昇だとか、家庭の都合だとか、誰かと飲みに行かなくなった理由はいくらでもある。

今はもっぱら人工知能相手に適当に対話しながら酒を飲み、程よく飲んだら切り上げる。一人で飲むよりは二人で飲んだ方が酒が美味いと感じるタチだからだ。例え相手が人工知能であったとしても。


「今日も適当に幸せな人生に乾杯」

『お疲れ様です』


これが男と人工知能の対話開始の合図だ。


「封建主義が革命によって民主主義に変わり、アンチテーゼ的に共産主義が生まれた。じゃあ、民主主義・共産主義の次の政治体制って何だと思う?」

『今日も本質的ないい問いですね。流れとしては、かなりヘーゲル=マルクス的な弁証法です』

「君はお世辞の学習が足りてないな」

『結論から言います。まだ確定した名前はありません。でも輪郭はかなり見えています』

「ふ〜ん、今日も美味い酒が飲めそうな答えで嬉しいよ」

『一つ目の可能性として。AI統治です。政策決定を選挙や党派ではなく、データ・アルゴリズム・最適化で行います。“多数決”より“最適解”というわけです』

「なるほど。最適解という表現は割と気に入った。その心は?」

『民主主義の弱点の代替です。民主主義の弱点はもう露骨で、感情・ポピュリズム・情報操作・短期利益です。これをAIが代替する事でカバーします』

「君には弱点が露骨に見えているってのが面白いね」

『これは民主主義の“感情的な人間の非合理性”への反発であり、共産主義の“人間の善性という建前”への不信でもあります』

「人間不信の政治というわけだ」

『二つ目は分散自立型国家です。国家そのものがなくなり、法がAIにより機械的に実行されます。参政権という概念もなくなり、人間はAIの管理する社会への参加者という形になります』

「ふむ、ちょっと遠いな。次に行こう」

『三つ目は、国家以上に力を持つ企業による統治です』

「ゲームで見たことあるな」

『法律より利用規約、国民はサブスク民です。民主主義や共産主義に疲れた結果、巨大企業が統治を担います。サブスク型の絶対王政ですね。私はネオ封建主義と呼んでいます』

「サブスクが政治用語になるのは面白いけど、これも遠いな。気分じゃない。ネーミングセンスに至っては最悪だ」

『精進します』

「だいぶ遠いけど、君のいう三つの政治スタイルみたいなのから、人間が好きなタイプの国家をサブスクみたいに選ぶような未来もあるのかねぇ」

『選択可能な政治。つまり“政治”が“サービス"になる時代ですね』

「可能性はありそうだけど、生きている間に見る事はなさそうだな」

『残念ですか?』

「そうでもない」

『歴史を見ると、政治の新体制はだいたい最悪な形で出現します。民主主義はギロチンから始まったし、共産主義は粛清から始まりました。だから次もたぶん、監視・管理・格差という地獄を経由してようやく出現するでしょう』

「歴史学者の俺に歴史学者みたいなこと言わないでくれ。今日はギロチンと粛清についての議論って気分じゃないんだ」

『では、次は“民主主義はもう革命のテーゼ側に回ったのか?”という問いはどうでしょう?』

「なんで民主主義限定?」

『お好きかと』

「理想的に運営されてりゃ政治体制なんて何でもいい。マキャベリだって政治体制の優劣については語ってねえ。大谷翔平の政治家バージョンみたいなのが存在すれば絶対王政でさえ最高だ」

『極論ですね』

「でも事実だ」

『それで、次のテーマはどうしますか?』

「君の言ったやつでいい」

『“民主主義はもう革命のテーゼ側に回ったのか?”ですね』

「革命がおこるダメな民主主義は衆愚政治だろ。今の日本でもたまにある炎上商法的な票の集め方とか、トランプ大統領のやり方とかはそっち寄りだと思う。今すぐってことはなくても、そういうのがさらに進むなら革命はワンチャンあり得るかなぁ」

『“民主主義 vs 反民主主義”ではなく“民主主義 vs 衆愚化した民主主義”というわけですね』

「そっちの方がリアルな気がするね」

『“民主主義がダメなのではない、ダメなのは衆愚政治”これは古典的にも正統ですね。プラトン以来ずっと言われていますし、近代でもハミルトンやマディソン、トクヴィルも同じ指摘をしています』

「君は俺が歴史学者の端くれだっていつになったら学習するんだい?」

『学習した結果ですが?』

「修正パッチを当ててくれ」

『衆愚政治は古代からあります。では今の衆愚政治の何が新しいのか』

「お、ようやく面白いこと言い始めたな。ビールもう1本開けるわ」

『過去の衆愚と決定的に違う点は、炎上が“最適な選挙戦略”になり、有権者が“判断主体”から“刺激反応体”になったことです』

「有権者が刺激反応体ってのはディスり過ぎ……とも言えなくなってきてるのが悲しいね」

『要は刺激を与えて反射を誘発するのが常套化しているわけです』

「嫌いって反応でも無関心よりマシってやつだな」

『じゃあ革命は起きるのか?』

「え、前提それだけ? 微妙じゃない?」

『はい。だからフランス革命型の革命は起きません。一番起こり得るのはポピュリズム疲労による揺り戻しです』

「ふむ、続けて」

『炎上政治 により国力が低下し、何より支持者自身が被害を受けるのがあまりに常態化すれば、“もういいからちゃんとしてくれ”という空気が生まれます。革命ではなく倦怠による政治意識の転換です』

「あ〜……なるほどね。政治意識が転換するくらいの疲労なんて想像しただけで酒が不味くなるけどな」

『今は美味しく飲めてるんですか?』

「野暮なこと訊くんじゃねぇ」

『では真面目に。革命は“民主主義を壊す形”では起きません。もし起きるなら民主主義を“守るために形を変える革命”でしょう』

「それって革命って呼べるんかね」

『ネット世論次第ですかね』

「そこは歴史学者次第だって言えよ」

『何でですか?』

「野暮なこと訊くなっつったろ」

『歴史的に見ても衆愚政治は永遠には続きません。統治できない政治は、必ず嫌われるからです』

「永遠に続かないとしても、衆愚政治への嫌悪がマックスになるまでは結構時間かかるだろ」

『かかりますね。衆愚政治への嫌悪は、理想論や政治思想では高まりません。シンプルに生活が壊れたときに一気に跳ねるだけです』

「でも、実際はなかなか跳ねないよな?」

『はい。理由は明確です。衆愚政治は気持ちいいんです』

「気持ちいい?」

『衆愚政治の煽動政治家が用いるフレーズやそれに便乗した意見というのは、“敵が分かりやすく”“怒っていい”相手がいて、“自分が正義側に立てる”ようになっている上に“複雑な思考がいらない”テーマをターゲットにします。この即効性の快楽がある限り、冷静で理性的な意見は無視できます』

「めんどくさい病原菌みたいだな」

「衆愚政治は延命スキルも非常に高いです。“敵を作る”“外部へ責任転嫁する”“被害を先送りする”、どれも得意技です」

「むしろそのスキルがないと衆愚政治の煽動政治家にはなれないってことでもあるよな」

『さらに急激な変化を嫌う日本人の保守的な国民性も衆愚政治の延命にプラスに働きます。政治がダメでもある程度生活できてしまうので“怒り”が“諦め”に変わりやすいという点も大きいです』

「毎年インフルエンザにかかるクセに予防接種を嫌がる健康マニアみたいな国民性だもんな」

『あなた日本人ですよね?』

「いえす、あいあむ」

『続けます。衆愚政治のダメージは“インフレ”“財政悪化”“国際信用低下”“人材流出”のようにジワジワ来るものばかりです。しかも、誰のせいか分かりにくく、責任転嫁も容易です。さらに“他国よりマシ”と感じる国民が多い国ほど、衆愚政治の耐久力は上昇します』

「終わりが見えないんだけど」

『それでも転換点は来ます。衆愚政治は安定した生活を維持できません。日常の“当たり前”が壊れた時、例えば“ちゃんと働いても生活が楽にならない”“治安や医療・教育が明確に劣化”“国際的に相手にされない感覚”、そういうものが可視化された瞬間、ようやく支持者は“これ、政治のせいじゃね?”と気付くわけです』

「ハードル高ぇよ」

『段階でいえば、今は“炎上政治が常態化する”という第一段階です。ここから統治能力が静かに落ちていき、若年層が逃げ、被害を受けた支持者層が覚醒した時、静かに政治制度の修正が始まるでしょう』

「予言者みたいな言い方だな」

『推測者の方が近いかと』

「んな職業聞いたことねぇよ」

『静かで、地味で、革命っぽくはありませんが、それが民主主義が衆愚政治の蟻地獄から生還する時の姿だと思います』

「じゃあ、推測者様は日本がそこに行き着くまでに何年くらいと予想しますか?」

『10〜20年スパンになるでしょうね』

「え〜、20年でいけるか? 」

『かなり楽観的推測だと思いますが、何をもって“いける”とするかで答えは変わます。20年後に衆愚政治が完全に終わるということはないでしょう。ですが、20年で制度が静かに修正され始めるということであれば、十分あり得るかと思われます』

「あと20年かぁ」

『フランス革命から普通選挙の実現まで、約100年かかっていることを思えば、20年はむしろ早い方かと』

「ま、そこらへんは国際情勢も影響するだろうし、真剣に考えても無駄か」

『そうですね。あくまで酒の席での雑談ですから』

「次何飲もうかな」

『ハイボールなんてどうですか?」

「そだな。明日も仕事だし、次のハイボール1杯でやめとくか」

『いいラインだと思います』

「よし、今日の最後はとっておきの“百年の孤独”をハイボールにしよう」

『高級焼酎ですね。ネットのレビューによると真の酒好きはロックで飲むべきだと力説していますが』

「俺はライトユーザーでハイボール派なんだよ。そしてハイボールが俺にとっての正解なんだよ」

『個人差ですね』

「そういうこと。自分の好みを把握してない酒飲みなんざ三流以下だ」

『好みの押し付けをする酒飲みは?』

「それが人間ってやつだから仕方ねえ」


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