あの時、ドアを開けなければ。
あけあめー
あの時、ドアを開けなければ。
「あおばー来たよー!」
ドアを開けると、夕方の光が差し込んで、部屋の中がほんのりオレンジに染まっていた。
時計の針は、午後5時を指している。
今日は――“あおばの手作りクッキー大作戦”決行日。
みのへのサプライズプレゼントを、あおばと一緒に作る日だ。
「お、遅かったじゃん」
あおばが、ちょっとそっぽを向きながら言う。
でも、耳がほんのり赤いのは見逃さない。
「時間ピッタリに来たんだけど?(怒)」
「ご、ごめん……」
あおばは小さく咳払いして、目を逸らした。
その仕草が、なんだかちょっと可愛くて、私は思わず笑ってしまった。
「はぁ……じゃあ、早速作るよ!」
私は、昨日の夜に徹夜して書いた“みの専用クッキーレシピ”の紙を取り出す。
文字はちょっと曲がってるけど、気持ちはこもってる。
「はい! ここに書いてある通り、みのはいちごが大好き! だから、クッキーはいちご味にします!」
「なるほど……」
あおばは、真剣な顔でメモ帳を取り出し、
[みのはいちごが好き]と書き加えていた。
「……って、そんなの書いてる暇ないから! もう生地は私が作ってきたし!」
「えっ!? もう!?」
「うん! だって、あおばが粉まみれになる未来しか見えなかったから!」
「……う、うるせぇ……//」
あおばは、ちょっとだけ唇を尖らせて、顔をそらした。
でも、耳の先がまた赤くなってる。
(あ、照れてる……)
「ということで、あおばには型抜きをお願いしまーす!」
私は、星型、ネコ型、ハート型、犬型……いろんなクッキー型を並べて渡す。
「ねぇ、あおばー。この生地をハート型にして、チョコペンで“これが本命”って書いたら?」
「書かんわ!////」
あおばは、思わず手を止めて、顔を真っ赤にして叫んだ。
その声がちょっと裏返ってて、私は思わず吹き出しそうになる。
「えー、なんで〜? 絶対かわいいのに〜」
「……お前、ほんと悪ノリすんなよ……//」
でも、あおばはハート型の型を、ちゃんと手に取っていた。
その指先が、ほんの少し震えているのを、私は見逃さなかった。
――そして、型抜きが終わり、オーブンへ。
「よし! じゃあ焼いていくよ!」
クッキーが焼ける間、部屋には甘い香りが広がっていく。
私たちは、ソファに座って、なんとなく雑談を始めた。
「いや、まさか……一番やりたくなかった生地作り、せながやってくれるなんて……俺、何もやってない……」
「いや、そんなことないって! 型抜き、めっちゃ丁寧だったし!」
「……マジで?」
「うん。……ちょっと、かっこよかったかも」
「……なっ……! お、お前、そういうことサラッと言うなって昨日言ったじゃん……//」
あおばは、クッションを手に取って顔を隠した。
その仕草が、なんだか小動物みたいで、私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、ごめんごめん」
そんなふうに笑っていると、オーブンから甘い香りがふわっと広がってきた。
「お! いい感じじゃない?」
私はオーブンの中を覗き込む。
ほんのり焼き色がついて、ちょうどいいタイミング。
「あおば! いい感じに焼けてるよ!」
「お、本当だ!」
あおばも身を乗り出して、目を輝かせた。
――そして、クッキーを取り出し、冷まして、袋詰めへ。
――クッキーが焼き上がり、粗熱も取れてきた頃。
私はふと思い出して、あおばの方を振り返った。
「そういえばさ、ラッピングの袋、ちゃんと持ってきた?」
「……ああ、うん。一応……ある」
あおばは、少しもたつきながらリュックを開けた。
中から取り出したのは、ピンク色の袋。
全体にハートが散りばめられていて、真ん中には大きく「I love you」の文字。
「……え、なにこれ」
私は思わず手を止めた。
あおばは、袋を私に見せる前に、そっとテーブルに伏せて置いたけど――遅い。
「ちょ、あおば……これ、めっちゃ“好きです”って言ってるじゃん」
「ち、違うって! これしかなかったんだよ! ほんとに!」
あおばは、顔を真っ赤にして、袋を取り返そうと手を伸ばしてくる。
私はそれをひらりとかわして、袋をまじまじと見つめた。
「“I love you”って書いてあるけど?」
「見んなって! やめろって! それしかなかったんだってば!」
「ふ〜ん? 他にも“Thank you”とか“Happy day”とかあったんじゃないの〜?」
「なかった! マジで! あったけど……なんか……そっちはちょっと……」
「ちょっと?」
「……なんか、そっちは……軽すぎるっていうか……」
「へぇ〜。じゃあ“アイラブユー”は軽くないんだ?」
「うるせぇ!!////」
あおばは、顔を両手で覆って、ソファに倒れ込んだ。
耳まで真っ赤。背中まで赤くなってそうな勢い。
「……俺、なんでこんな……」
「でも、いいと思うよ。あおばらしいし」
「どこがだよ……」
「だって、ちゃんと気持ちこもってるじゃん。
“好きです”って、言葉にしなくても伝わる感じ」
「……やめろって……そういうの……」
あおばは、クッションを抱えて顔を埋めたまま、ぼそっとつぶやいた。
「……俺、こんなに照れると思ってなかった……」
「ふふっ。じゃあ、照れながら詰めよっか。
“アイラブユー”袋に、あおばの気持ち」
「……やめろって……マジで……//」
でも、あおばはちゃんと袋を手に取って、
そっとクッキーを詰め始めた。
その手は、少し震えていたけど、すごく丁寧だった。
「ま、とりあえずクッキー入れるよ」
ふたりで袋詰めを終え、最後にリボンを結んで――完成。
「意外と楽しかったなー」
私は、にこにこしながら廊下を歩いていた。
そのとき――
「あ、みの! こんばんはー!」
廊下の向こうから、みのが歩いてきた。
でも、その足取りはどこかぎこちなくて、
目が合った瞬間、ぴたりと立ち止まった。
「……」
「? みの?」
私が声をかけると、みのはほんの少しだけ眉をひそめた。
そして、ぽつりと呟く。
「……楽しそうでしたね」
「え……?」
「さっき……部屋から、ずっと声が聞こえてました。
笑い声とか……ふたりの話し声とか……」
その声は、かすかに震えていた。
私は一瞬で、背筋が冷たくなるのを感じた。
(……聞かれてた……!?)
「え、えっと、それは……」
言葉が詰まる。
どう言えばいいのか分からない。
でも、みのはもう、私の目を見ていなかった。
「……私、てっきり……わかってくれてると思ってたんです。
せなさんなら、って……信じてたから」
「みの、それは――」
「……でも、違ったんですね。
私のことなんて、最初から……見てなかったんだ」
「ちが――」
「……もう、いいです。
おふたりで、仲良くしてください」
みのは、ふっと笑った。
でも、その笑顔は、どこか壊れそうで。
そして、くるりと背を向けて、走り出した。
涙が、頬を伝っていた。
「みの……」
私は、立ち尽くした。
胸の奥が、ぎゅうっと締めつけられる。
(私が……一緒に作るなんて言わなければ……)
(あおばの気持ち、ちゃんと伝えたかっただけなのに……)
罪悪感が、胸の奥で渦を巻く。
私は、クッキーの入った袋を抱えたまま、自分の部屋に戻った。
「どうしよ……。やっぱりクッキー作りのこと、言った方がいいかな……
でも、そしたらあおばが……
でも言わなかったら、ずっとケンカのまま……
私、どうすれば……」
涙がこぼれそうになるのを、必死でこらえる。
でも、喉の奥がつまって、息がうまくできない。
そのとき――
「大丈夫!?」
ドアが勢いよく開いて、あおばが飛び込んできた。
夕焼けの光が背中から差し込んだ。
ことよろー




