肩に落ちた寝息と、名前の温度
無理。
肩に落ちた寝息と、名前の温度
車が走り出してから一時間ほど経った頃だった。
フロントガラスの向こうには、冬の朝の光が白く伸びていて、
街路樹の影がゆっくりと車内を横切っていく。
「せなー、一回止まってくれない? 途中のどこでもいいから」
後部座席から、しゅいが身を乗り出すように言った。
「なんで?」
「トイレ行きたい」
「あー、それは確かに。いいよ」
せなはウインカーを出し、
道路脇に見えたスーパーの駐車場へ車を滑り込ませた。
朝の空気は少し冷たくて、ガラス越しに外の光が柔らかく揺れている。
「じゃあ、行こっか」
「俺はいい」
なぎとはシートに深くもたれ、
すでに眠気に飲まれかけているようだった。
「じゃあ私たち行ってくるね」
「ん」
短い返事。
どうやら本当に寝るつもりらしい。
私としゅいは並んでトイレへ向かった。
スーパーの自動ドアが開くと、
暖房のぬくもりがふわっと頬に触れる。
「ねぇ、せな」
「何?」
「……なんでもない」
「え〜。なにもないの〜?」
「……うん……」
「じゃあいいや」
しゅいは視線を落とし、
歩きながら手をぎゅっと握りしめていた。
その横顔は、いつもの明るさとは違って、
どこか迷っているように見える。
(せなに……告白したいのに……できない……)
でも、言えない。
そのもどかしさが、しゅいの肩に影を落としていた。
「くっそ……」
小さく漏れた声は、悔しさと情けなさが混ざっていた。
トイレを済ませて車に戻ると、
なぎとはすでに完全に夢の中だった。
「zzz……」
「寝るの早過ぎない!?!?」
私が思わず声を上げると、
しゅいがぱっと顔を輝かせた。
「あ! せな、なぎとっていつも無愛想じゃん?
でももしかしたら、寝言めっちゃ可愛いかもよ!」
「一理ある!」
私たちはそっと後部座席に座り、
なぎとの寝顔を覗き込む。
窓から差し込む光が、彼の横顔をやわらかく照らしていた。
「……」
「何も言わないね……」
静かな車内に、
エンジンの低い振動だけが響く。
そして五分後。
なぎとの唇がわずかに動いた。
「せな……」
「……え、私!?!?」
「って……」
「って……?」
「可愛いよな……」
「……っ! な、なんなの!? なぎとのバカ!」
「なぎと、どんな夢見てるんだよ……」
せなの顔が一気に熱くなる。
その瞬間、なぎとの頭がふらりと傾き――
私の肩に、そっと落ちてきた。
「ちょ……!」
肩に触れる重みと、
髪が頬に触れるくすぐったさ。
心臓が跳ねる音が、自分でも聞こえそうだった。
「髪の毛当たって……くすぐったい……よ……!」
笑いを堪えていると、
なぎとがゆっくり目を開けた。
「ん……ここどこ……あ、車の中か……って……」
視線が私の肩に落ち、
次の瞬間、なぎとの顔が真っ赤に染まる。
「ここって……。……は、は!? せなの上!?!?
マジありえねぇんだけど!」
「なぎとが勝手に乗ったんでしょ……!」
「そんなの知るかよ! ったく……近いんだよバカ……」
「じゃあ早く離れてよ!」
「当たり前まぇだろ!」
そう言いながらも、
なぎとの頭は震えていて、なかなか動かない。
「……離れるんじゃなかったの?」
「……震えて……動かない……。
……も、もうちょっとこの体制でもいい……よな?」
「っ……う、うん……。あんま動かないでね……」
「わかってる……」
お互いそっぽを向きながら、
耳まで真っ赤になっていた。
しばらくして、なぎとはようやく頭を離す。
「は、早く行くぞ!」
「「うん」」
車が再び走り出す。
運転席に座った私の耳に、
後部座席の小声が届いた。
「……お前、最近せなに接近しすぎじゃね?」
「し、しょうがねぇだろ! ハプニングだし……事故って言うか……!
俺だってドキドキして……心臓持たねぇんだよ……」
「俺だって……なぎとみたいにせなと接近したいのにな〜」
「……お前、変態か?」
「いや違うから!」
その会話に、私は思わず笑ってしまった。
そして同時に、胸の奥がじんわり熱くなる。
(……ほんと、二人とも……)
車は朝の光の中を、ゆっくりと進んでいった。
無理。




