距離ゼロセンチの恋は逃げ場がない
無理。
距離ゼロセンチの恋は逃げ場がない
ロッカー騒動が落ち着いた直後、玄関の方からバタバタと足音が聞こえた。
外の冷たい空気をまとったまま、せなとしゅいが帰ってくる。
「走り終わった……。もうクタクタ……」
せなは汗で前髪を額に貼りつかせながら、椅子に倒れ込むように座った。
肩が上下していて、息も荒い。
「よし、改めて王様ゲーム再開!」
あおばがテンション高く宣言する。
「もう無理です……」
みのはさっきのロッカー事件を思い出し、頬を再び真っ赤に染めていた。
胸の奥がまだドキドキしている。
「王様は……私です!」
みのが勢いよく手を挙げる。
さっきの恥ずかしさを振り払うように、声だけは元気だ。
「じゃあ……8番と5番ロッカーで10分!」
「え……!? それ、さっき俺たちやったやつじゃん! ってか時間増えたな!?」
あおばが目をむく。
「5番私だけど……」
「8番僕なんですけど……」
ひばりが小さく手を挙げ、顔を引きつらせる。
「やりましたー! ひばりさんにさっきのやり返しができます!」
みのは満面の笑み。
その横でせなが小さく震えた声を漏らす。
「……無理だって……」
顔がほんのり赤い。
走ったせいだけじゃない。
ロッカーの扉が閉まると、空気が一気に狭くなる。
ひばりとせなの距離は、腕を伸ばせば触れるどころか、もう触れている。
「ちょ……ひばり、近いって……」
「こ、こっちだって……限界なんです……」
2人とも顔が真っ赤。
ひばりは背中を壁に押しつけているが、逃げ場はない。
「なんかポカポカして来た……」
せなが額に手を当てる。
呼吸が少し荒い。
「多分ロッカーが狭すぎて僕達が密着してるからですね……」
「ねぇ、コート脱がせてくれない……?
さっき走って来たし暑くて……」
「じ、自分で脱いでください……!」
「そんな無茶な事言わないでよ……。ちょっと手が動かない……」
せなは腕を少し動かしてみせるが、ひばりの胸に当たってしまい、2人ともさらに赤くなる。
「……分かりましたよ……」
ひばりは震える手を伸ばし、せなのコートの襟に触れる。
「ちょ……顔近……」
「す、すみません……! 手が届かなくて……!」
ひばりはコートを慎重に外し、なんとか脱がせる。
「よし、脱げましたよ……。って、ちょせなさん!? 汗ダラダラですけど!?」
「ごめん……暑すぎて……」
「大丈夫ですか……?」
「無理かも……」
次の瞬間、せながひばりの胸に倒れ込んだ。
「ちょ、せなさん!?」
ひばりは慌てて支える。
せなの体温が腕に伝わり、心臓が跳ねる。
「ごめんね……」
「全然大丈夫ですから!」
「ありがと……。じゃあ……もうちょっとこの体勢がいいかも……。立ち上がれない気がする……」
「わ、分かりました」
ひばりはそっと腕を回し、せなを抱きしめる形になる。
「こ、これでオッケーですか?」
「うん……ありがと……。……でも……ちょっと……近くない……?」
せなの声は弱々しいが、照れが混じっていた。
「そ、それは……!
僕だって心臓持ちそうにないので……。
ロッカーから出たら……自分の部屋で休んでください……」
「ん……分かってる……」
せなの頬はずっと赤い。
熱のせいか、照れのせいか、ひばりには判断できなかった。
「そろそろ……10分かな……」
「そうですね……」
「なんでこんな運悪いんだろ……。
ってか……ひばりにくっついてた方が暑い可能性あるかもね。
全然分からんかったけど……」
「じゃあ離れときますか?」
「いや、いいよ……。
熱くても……この体勢が一番いい……」
「じ、じゃあこのままと言う事で……」
その時、ロッカーが開いた。
「ロッカー10分生活終了!
って……おやおやおや? せなとひばりがハグしてるぞ?」
「は!? お前ひばり何やってるんだよ!
……ひばりを拷問しなきゃな……」
しゅいが怒ったように言うが、ひばりはそれどころじゃない。
「みのさん!
せなさんが暑くて倒れそうになってるので
自分の部屋に連れて行ってあげてください!」
「え、え!? せなさん大丈夫ですか!?」
みのは慌てて駆け寄る。
メンバー全員が心配そうに集まってきた。
氷をタオルで包んで額に当て、
ひばりは急いでおかゆを作り、湯気の立つ器を持ってせなの部屋へ戻ってきた。
「せなさん……入りますね」
そっと扉を開けると、せなは布団の上でぐったりと横になっていた。
頬は赤く、呼吸は浅く、目は半分だけ開いている。
「食べれそうですか……?」
ひばりがベッドの横に膝をつくと、
せなはゆっくりと視線を向けた。
「……ん……ひばり……?
……ありがと……ね……。
なんか……体が……だるくて……
これ……風邪……かも……」
声はかすれ、言葉の途中で息が漏れる。
「じゃあ……熱、計りますね。
動かなくて大丈夫ですから」
ひばりは体温計をそっと手に握らせる。
数十秒後、ピピッと音が鳴った。
「どうでしたか……?」
「……ん……。
……39℃……だって……」
「た、高熱じゃないですか……!
無理しないでください……!
おかゆ……僕が食べさせますので……!」
「……ひばり……。
……いいよ……。ひとりで……食べれる……よ……」
「でも……手、震えてますし……。
心配なんです……」
ひばりの声は震えていた。
「……じゃあ……
……お願い……する……」
せなは弱々しく口を開ける。
その仕草すらゆっくりで、力が入っていない。
「熱いので……気をつけてくださいね。
ゆっくり入れますから」
ひばりはスプーンをすくい、
息を吹きかけてから慎重に口元へ運ぶ。
「……ん……。
……あ……美味し……。
これ……ひばりが……作ったの……?」
「は、はい……!
お口に合わなかったら……すみません……」
「……ううん……。
……すごく……優しい味……する……
……ありがと……」
「よかった……。
本当によかったです……」
ひばりは胸を撫で下ろす。
「……ひばり……。
もう……ちょっと……食べたい……」
「もちろんです。
いくらでも食べてください。
ゆっくりで大丈夫ですから」
ひばりは何度もスプーンを運び、
せなは少しずつ、少しずつ口に運んでいく。
やがて、せなは息を整えながら小さく呟いた。
「……ふぅ……。
……もう……いい……かな……。
ちょっと……横に……なる……」
「はい……。
無理しないでくださいね。
お水もここに置いておきます」
せなはゆっくりとベッドに体を預けた。
しかし、目は閉じず、天井をぼんやりと見つめている。
「……眠れそうですか……?」
「……ん……。
……無理……かも……。体……熱くて……
頭……ぼーっとして……寝れない……」
弱々しい声が、ひばりの胸に刺さる。
「……何かあったらすぐ呼んでください」
「……うん……。
……ありがと……ひばり……」
せなは目を閉じず、浅い呼吸のまま、
ただ静かにベッドに横たわっていた。
ひばりは自室に戻ると、ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めた。
「……ちょ、ちょっと……待ってください……。
あの……今になって思い返したら……
や、やば……ほんと……近かった……。
看病だからって……あんな……触れ方……して……。
でも、違うんです……その……必要で……っ……!
うわ……無理……かも……。
顔……熱い……。
せなさん……どう思ったんでしょうか……あれ……。
嫌じゃ……なかったんでしょうか……。
もう、自分が崩壊していくのがわかる……」
顔を真っ赤にしながら、
ひばりは1〜2時間ほど、せなのことを考え続けていた。
無理。




