最年長、甘えスイッチON
無理
最年長、甘えスイッチON
今日は水曜日。
撮影が終わったあとのスタジオには、どこか緩んだ空気が漂っていた。
夕方の光が窓から差し込み、床に長い影を落としている。
「疲れたー」
「そうですね……」
ソファに沈み込むようにもたれかかったのは、せなとみの。
ふたりとも、肩を寄せ合うようにして、ぐったりと息をついていた。
そのとき、不意に視界の端に立つ影があった。
あおばだった。
すぐに通り過ぎるかと思いきや、彼はその場に立ち止まり、じっとみのの顔を見つめている。
「あ、あおばさん……?」
みのが不思議そうに声をかけると、あおばはびくっとして、顔を真っ赤に染めた。
「な、なんでもない!」
そう叫ぶように言い残し、くるりと背を向けて走り去っていった。
「……なんだったんだろう」
みのはぽつりと呟き、少し不安そうに眉を寄せる。
「分かんないけど……。みのの顔、ちゃんと見たかったんじゃない?」
「な、なんですかそれ……!」
みのは慌てて顔を覆い、耳まで真っ赤になっていた。
そんな微笑ましい空気を破るように、廊下の奥から怒鳴り声が響いた。
「お前、俺のケーキ食べたやろ!」
みおとの声だった。
「す、すみません……。みおとのとは思ってなくて……」
ひばりの小さな声が続く。
「すみませんで許されるもんじゃないの! あれは、高級ケーキで、限定で、最後の一つだったのに……!!」
みおとは悔しそうに声を荒げる。
「弁償しますから……!」
「お金あっても、もうケーキはないんだよ!」
「本当にごめんなさい……」
「許すかー!」
言葉の応酬が続く。
手が出ることはなかったが、みおとはひばりに対して、日頃の鬱憤をぶつけるように、次々と文句を並べ立てた。
やがて、みおとは怒りを抱えたまま、足音を響かせて部屋へ戻っていった。
ひばりもまた、俯いたまま静かにその場を離れた。
その背中は、どこか小さく、寂しげだった。
「ひばりさん……大丈夫ですかね……」
みのが心配そうに呟く。
「……私、様子見てくる」
せなはゆっくりと立ち上がり、ひばりの部屋へと向かった。
廊下は静かで、夕暮れの光が窓から差し込んでいた。
ひばりの部屋の前に立ち、せなはそっとノックする。
「ひ、ひばり、いる?」
返事はなかった。
しばらく耳を澄ませてみたが、気配は感じられない。
迷った末に、せなは静かにドアノブを回した。
鍵はかかっていなかった。
部屋の中はカーテンが閉められ、薄暗かった。
空気はしんと静まり返り、まるで時間が止まっているようだった。
せなはスマホのライトをつけ、そっと部屋の中を見渡す。
その光が、部屋の隅にうずくまる小さな背中を照らした。
「ひ、ひばり! 大丈夫……?」
「……! こ、来ないでください……」
ひばりの声は震えていた。
「え……? なんで……?」
せながそっと近づくと、ひばりの頬を伝う涙が、光に反射してきらりと光った。
「泣いてる……?」
「っ……! いや、これは……!」
ひばりは慌てて顔を背けたが、涙は止まらず、頬を伝ってぽろぽろと落ちていく。
「僕は大丈夫ですから……自分の部屋に帰ったらどうですか……」
その声は、いつもの明るさとはまるで違っていた。
かすれていて、どこか遠くを見ているようだった。
なぎととふざけ合っていた、あの笑顔が思い出される。
でも今、目の前にいるひばりは、まるで子犬のように小さく、弱々しかった。
「本当……? 私、そばにいるよ……?」
「よ、余計なお世話です……!」
ひばりは涙を拭いながら、なんとか声を絞り出す。
けれど、手のひらでは拭いきれないほど、涙はあとからあとから溢れていた。
「……じゃあ、私がそばにいたいって言ったら、どうする……?」
せなが少し笑ってそう言うと、ひばりはまた顔を赤らめ、うつむいたまま、ぽつりと呟いた。
「……べ、別に……どっちでもいいですよ……」
「ありがと」
せなはそっと微笑み、ひばりの隣に腰を下ろした。
ふたりの間に流れる静けさは、どこかあたたかかった。
――続く。
(もしかしたらこんな事があったかも……!)
せなはそっと微笑み、ひばりの隣に腰を下ろした。
ふたりの間に流れる静けさは、どこかあたたかくて、やさしかった。
「……ねぇ、ひばりってさ、泣いてるときも可愛いよね」
「なっ……! な、何言ってるんですか……!」
ひばりは顔を真っ赤にして、せなを見た。
でも、その目にはまだ涙の名残があって、どこか潤んでいた。
「だって、ほんとに。
いつもは明るくて、ちょっとおちゃらけてて……でも、こうして素直になってくれるの、なんか……嬉しい」
「……僕、そんな……素直じゃないです……」
「ううん。今のひばり、すごく素直だよ。
ちゃんと“つらい”って顔に出してくれてる。
それって、信じてくれてるってことだよね?」
「……っ」
ひばりは言葉を失い、そっと視線を落とした。
そして、ぽつりと呟く。
「……せなさんって、ずるいです……。
そんなふうに言われたら……僕、もっと甘えたくなっちゃうじゃないですか……」
「いいよ。甘えて。
私、ひばりに甘えられるの、けっこう好きかも」
「……っ、もう……ほんとに……」
ひばりは顔を覆って、耳まで真っ赤に染めた。
でも、さっきまでの涙とは違う、少し照れたような笑みが、唇の端に浮かんでいた。
「……じゃあ、もうちょっとだけ……そばにいてください」
「うん。ずっとでもいいよ」
せなはそう言って、そっとひばりの肩に頭を預けた。
ひばりは驚いたように固まったが、やがて、ゆっくりとその肩を受け入れるように傾けた。
ふたりの間に流れる静けさは、もう“気まずさ”ではなく、
“信頼”と“ぬくもり”に変わっていた。
無理




