なぎと、語尾に感情乗せがち
無理。
なぎと、語尾に感情乗せがち
翌朝。
しゅいが2階の廊下を歩いていると、角の向こうから、みのとなぎとの声が聞こえてきた。
「じゃあ、なぎとさん。命令です!」
「またかよ……なんだよ、今度は」
「今日、せなさんの前では、語尾に“ワン”をつけてください!」
「は、はぁ!? 何言ってんだお前……!」
「じゃ、頑張ってくださいね〜♪」
みのの楽しげな声と、なぎとの低くうろたえた声が、廊下に響く。
しゅいは思わず立ち止まり、壁の陰からそっと覗いた。
すると、顔を真っ赤にしたなぎとが、こちらへ向かって歩いてくる。
「あ、しゅいじゃん」
「あ、なぎと……お、おはよ……」
「……おはよ」
なぎとは目を合わせず、ぶっきらぼうに挨拶だけして、足早に通り過ぎていった。
その背中を見送りながら、しゅいはさっきの会話を思い出す。
(……せなの前で、“ワン”って……なぎとが? いやいや、あいつがそんな素直にやるわけ……)
なぎとの性格を思い返す。
無愛想で、口も悪くて、でも時々すごく頼りになる。
そして何より、照れを絶対に見せたくないタイプだ。
(……でも、顔、めっちゃ赤かったな……)
そんなことを考えながら歩いていたしゅいは、角を曲がったところで、誰かとぶつかった。
「きゃっ……!」
「うわっ……いてて……」
ふたりは軽くぶつかって、そのまま床に尻もちをつく。
「ごめ……あ、せな……!」
「しゅい!? ご、ごめんね、ちょっと考え事してて……!」
「こっちこそ……大丈夫?」
ふたりは慌てて立ち上がり、互いにぺこぺこと頭を下げ合う。
少し照れたように笑い合って、またそれぞれの部屋へと歩き出した。
その少し後。
せなが廊下を歩いていると、前方からなぎとがやってくるのが見えた。
「あ、なぎと。おはよう〜」
「……っ」
なぎとは一瞬立ち止まり、目を見開いたまま固まる。
顔は真っ赤で、耳まで染まっている。
「……どしたの? 顔、赤いよ?」
「お、おはよ……ワン……」
「あ、おはよ。……なんか顔赤いけど、熱? 大丈夫?」
「だ、大丈夫だし! 熱とかじゃねぇし! ワン……」
「……うん? でも、なんでそんなに真っ赤なの?」
「ま、真っ赤じゃねぇし! これは……その……色々あって……! ワン……」
「……今、“ワン”って言った?」
「い、言ってねぇし! お前の聞き間違いだろ!! ワン……」
「ふふっ、やっぱり言ってる〜。録音しとけばよかった〜」
「は、はぁ!? お前ほんと……! マジでどいつもこいつも性格悪ぃな……ワン……!」
なぎとは顔をさらに赤くしながら、目を逸らす。
その耳の先まで、まるで茹でたように真っ赤だった。
「可愛い〜。なんで“ワン”つけてるの? ワンちゃん♡」
「は、おま……バカにすんなよ! ワンちゃんじゃねぇし……! 犬じゃねぇし……! ……ワン……」
「え〜? でも、なぎとの意外な一面が見れて、今日は運がいいな〜」
「ぜ、絶対誰にも言うなよ……! ……まぁ……お前にだったら……いいけど……ワン……」
ぼそっと呟いたその声は、かすれていて、
なぎとはすぐに顔をそむけた。
「いや、あれは……!」
「ふふ。ありがと〜。なぎとって、ぶっきらぼうだけど、なんか可愛いよね〜」
「は、はぁ!? おま、可愛いって……! いやいや、まず俺、そういうタイプじゃねぇし!? “可愛い”ってのは、もっとこう……なんか、ふわふわしてて、笑顔が多くて、そういうやつに言うもんだろ!?
俺なんか、無愛想だし、口悪いし、態度もでかいって言われるし……! そもそも、俺が可愛いとか言われたことねぇし! てか、言われても困るし! どうリアクションすりゃいいんだよ、マジで……!
……っ、つーか、お前がそうやって変なこと言うから、俺が変なテンションになるんだろ……! ……っ、ああもう……! 俺が言いたいのは、俺は別に可愛くない!……ワン……!」
「え〜? でも本当は、ちょっと嬉しいでしょ?
だってさ、顔、さっきからずっと赤いもん。
耳まで真っ赤で、目も合わせてくれないし……。
ねぇ、ねぇ、ほんとは“可愛いって言われて嬉しい”って思ってるでしょ?」
「う、嬉しくねぇし……ワン……! も、もう帰る!!」
なぎとはそう叫ぶように言い残して、
足早に、でもどこかぎこちない歩き方で教室へと去っていった。
せなはその背中を見送りながら、
ふっと笑って、ぽつりと呟いた。
「……全く〜。素直じゃないんだから……」
その頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
無理。




