Episode.9 脱出
トイレの扉が開いた瞬間、蒼は何者かに飛びかかられた。驚いて下を見ると、
「お兄ちゃん!」
目に映ったのは雪のふわふわした頭だった。雪は蒼に抱きついて、顔を蒼の胸に押しつけて泣いていた。
「怖かった……寒かったよぉ……」
声は弱々しく、しゃっくりが挟まるので何を言っているかよく分からなかったが、蒼は雪を抱きしめ返して頭を優しく撫でる。
「怖かったなぁ。寒かったよな。偉いぞ。よく頑張った」
5分ほど経ったあと、雪の様子が少し落ち着いた。袖でグチャグチャに涙をぬぐって、目の周りは真っ赤になっている。
「ありがとう。お兄ちゃん」
「あぁ。あと少し、頑張るぞ」
雪は出口で待っていた紅一に気づくと、感謝を述べた。
「雪ちゃんか!ちょっと久しぶりだけど大きくなったなー」
「紅一さんだ!何でいるの!?」
戌岡家兄弟と卯月家兄弟は蒼と紅一が幼い頃から仲が良かったのもあり、互いに仲が良かった。
昔は紅一の事を「こうちゃん」と呼んでいた雪は、いつの間にか「紅一さん」と呼ぶようになっていた。
その後、蒼は紅一達が雪を助けるのを手伝ってくれたことを話し、雪は涙ながらに紅一に礼を言っていた。
まだ無理をしているような素振りはあるが、元気そうに振る舞う雪に安心する。
そんなふうに気を抜いたのがいけなかったのだろう。蒼は背後から忍び寄る影に気が付かなかった。
「アオイ!」
血相を変えた紅一が竹刀を振り上げ迫ってくる。
その影は蒼の背中に手を伸ばすと…
「待ってください!」
人影は両手を上げて降伏するポーズを取った。紅一の竹刀がソイツの脳天直前で止まる。
「すみません!自分は2年6組猿谷 葵です!人間です!」
「猿谷……さん?」
猿谷と名乗ったのは紅一に迫るほどの長身の女だった。銀髪のボブに黄色のヘアピンを着けている。細くて多いまつ毛に空色の瞳。どこかの国とのハーフに見える。
蒼は混乱しながら声をかける。紅一も竹刀を突きつけたまま動けないでいる。
「あっ、私は、えっと……この学校から私を逃がしてほしいです!」
葵は手を挙げたままでまくし立てる。その体はブルブルと震えていた。
紅一は竹刀を下ろした。
「一旦落ち着いて?えっと……どこから来たの?」
蒼は周囲を見回しながら言う。自分達がここまで来る時に見落とした箇所があれば、ここに居るのは危険だ。
「は、はい。私、ずっとここ、ここに隠れてました。もうここで死ぬんだと思ってたら、そしたら人の声が聞こえて……」
猿谷は必死に女子トイレの隣の男子トイレを指さす。
そうか、男子トイレの中を確認するのを忘れてた。蒼は自分の迂闊さに苛立った。
猿谷はいやにハキハキと喋っていたが、ここで言葉に詰まった。
「私、何日かここで一人で、怖くて……」
紅一がうつむく猿谷の肩を叩く。
「おう、もう大丈夫だ。さっきは竹刀向けちまって悪かった。ついでに助けてやるよ。付いてこれるか?」
「あ……りがとうございます」
雪が猿谷の背中を撫でて落ち着かせている。
正直まだ生き残りがいたことに混乱していたが、いつまでもここに留まってはいられない。
4人は昇降口に向かい歩き始めた。人数が増えた分リスクも増えたので警戒を強める。
カラスの鳴き声にさえ4人はビクつきながら、ようやく昇降口についた。
やっと先頭の紅一が校舎から出た瞬間、背後からドシャッ!という音が響いた。
3人が振り返ると、雪が倒れていた。




