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Episode.5  出陣準備―Ⅰ


「お兄ちゃん………………お願い.......たす...けて」



スマホ越しで途切れ途切れの声。すぐ傍からは ガチャンガチャン と何かが激しく揺すられる音が響いている。


                

(ゆき)のか細い声。かすかに聞こえるゾンビ(やつら)のうめき声。


雪が襲われているという最悪な光景が蒼の脳裏で瞬き、波打つように鳥肌が立った。


(あおい)は震えた声で叫ぶ。


「雪ッッ!大丈夫か!?今どこだ、すぐ行くから──」


その時、紅一(こういち)が突然手を伸ばし、叫ぶ蒼の口を塞いだ。紅一は静かな瞳で蒼の目を見つめる。


「落ち着け、アオイ。」 


蒼は目を剥き、無理やり紅一の手を口から引き剥がす。


「落ち着け!?今雪がどんな状態か分かってんのか?すぐ助けてやらねぇと──」




バチッッ!




紅一はその時、蒼の頬を平手で張った。


「だからこそだろ!!お前今がうろたえててどうする」


蒼は頬に手を当てて紅一を見る。改めてみると彼の瞳は決して静かではなかった。動揺を必死に抑え込んだ、熱い瞳をしていた。


急速に頭が冷えた蒼は、スマホを手に取る。




「雪、聞こえるか?」


「うん、お兄ちゃん」


「雪、お前は絶対に大丈夫だ。俺がついてる。」


蒼の声に震えはもうなく、優しく雪に語りかける。


「でも……」


雪がしゃくりあげる音が聞こえる。


「大丈夫だ。兄ちゃんが必ず助けに行くから。」


「……絶対?」


「あぁ。絶対だ。」


「……わかった。」


雪の鼻を啜る音が聞こえる。


「よし、じゃあビデオ通話に切り替えてくれ。できるか?」


スマホに動画が映る。


映し出されたのは制服を着た少女だった。茶色がかったウェーブのあるセミロング。特徴的な色とくせ毛は兄弟お揃いだ。


目も兄とおそろいの二重で、ぷっくりとした涙袋が特徴的だ。雪の頬と鼻頭はまだ赤かったが、涙は止まっていた。


蒼は、妹に怪我がない様子を見て、がくっと肩の力を落としそうになるがすぐ持ち直す。


「雪は今どこにいるんだ?」


「中学校の女子トイレ。3階まで逃げてきた。」


言いながら雪は周りをカメラに映す。洋式の便器が映った。電話がつながったときほどではないが、今も扉を叩く音は響いていた。


中学校と聞いて、蒼と紅一は目を合わせ頷いた。雪の通う雨竜(うりゅう)中学校は2人の母校でもある。


「そのトイレは東棟の?」


「んーん。西棟。」


その時、静かに話を聞いていた(もも)が蒼に耳打ちをする。


「たぶんヤツらは人間の声に反応してる。電話はつないだままメッセージで話したほうがいいかも。」


桃はそう告げた後、2階へ歩いていってしまった。


それを聞いた蒼は、少し間を置いた後話し始めた。


「雪、電話はつなげたままでメッセージで話せるか?」


「うん。分かった。」




その後 会話をメールに切り替える


メールで確認した情報は以下の通りだ


1、雪は今、中学校の西棟3階の女子トイレにこもっている。

2、校内には大量のゾンビがいるだろうこと。

3、この3日間まともにご飯を食べておらず体力がほぼ残ってないこと。


情報交換が終わったあと、雪にできるだけ音を立てないよう待機するように伝えた。


メールに切り替えてからはゾンビの唸り声やドアを叩く音は聞こえなくなっていた。音に反応するのは本当らしい。


雪に今から向かうと伝えたあと、不安ではあるが電話を切った。雪の携帯はもう充電がほとんど残っていないらしく、その充電をもしもの時のために取っておくためだ。


蒼は立ち上がると紅一に向き直る。


「紅一、俺は今から雪を助け出して連れてくるから、雪のことを頼む」


「雪のことって、おまえばどうするつもりだ?」


「俺はたぶん無事では帰ってこれない。けど雪だけは絶体何とすかるから」


「断る」


蒼は、確かに紅一達にもリスクのある話だが、紅一なら引き受けてくれると思っていたので、驚いて黙ってしまった。


「もちろん雪ちゃんを家に迎える事には何の反対もない。雪ちゃんには何度も助けてもらってるしな」


「じゃあ、なんで」


「お前が死ぬ気だから」


蒼は紅一から目を逸らす。


「ここから中学校に行って、ゾンビがウジャウジャいる学校内から妹を助け出すって?一人で。しかも背中を痛めたまんま。」


蒼は黙り込んでいる。


「俺も連れてけ」


「なっ……何言ってんだ!死ぬかもしれねーんだぞ!?」


「死なねぇよ。俺たちが揃えばな」


紅一はそう言って親指で自分を指しながらニヤリと笑う。


2人で何かする前のお決まりのポーズだ。小学校の頃深夜の学校に忍び込む前にも同じポーズをしていた記憶が蘇る。これを見るといつだって妙な安心感を覚えてしまう。


「でも──」


「──たとえ俺が死ぬとしてもな、ありえねけど。ここでお前を一人で行かせて、何かあった時は」


紅一は蒼を真っ直ぐに見つめる。


「それはもう俺にとって死ぬことと変わんねぇよ。連れてけ」


蒼は目頭が熱くなる。こいつは何でいつも……


「ありがとう。付いてきてくれ!そんで無事に3人で帰ってこよう」


「ねぇ~〜ちょっと!四人ででしょ?」


その時、2階から桃が降りてきた。手には何やらたくさん抱えていて、肩にゴツいバッグもかかっている。

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