Episode.3 SOS!―Ⅰ
「ん~、やっぱ鍵無ぇわ」
紅一は身体中のポケットをまさぐりながら申し訳なさそうに笑った。
門にはゾンビ達が折り重なっている。うめき声とガチャガチャ門を揺らす音は、状況の酷さを際立たせるようだ。
「他に入り口無ぇの!?」
言いながら蒼は、庭のほうきで門に群がるゾンビをつつく。だがそんな時間稼ぎも一分と保たないだろう。
「車庫からなら...... いや、無理か。しゃあねぇアオイ、俺がそいつら引きつけるから、お前は裏口から──」
──その時だった。
2人の背後で カチャンッ と軽い音が鳴る。
振り返るとドアがかすかに開いていた。
「......兄貴?」
ドアの隙間から少女の声がする。
「桃 ! お前帰ってたのか!!」
紅一は、驚きと嬉しさの混じったような顔で返事をする。
ドアを開けたのは紅一の妹である桃だった。
ガチッ... と、ドアガードが開く重い音がした。
「入って!!」
桃はグワッと玄関を開く。
紅一が玄関に飛び込む。
その時、ついに一体の男のゾンビが大きく口を開けて門の上に乗り出してきた。
「喰らえッ!」
蒼はほうきの柄でそいつの口を突き、向こう側へ突き落とした。
「早く!」
桃の叫びを聞いて、蒼は踵を返して家に飛び込む。
瞬間、桃が素早くドアを閉めた。
その後、ドサッと倒れ込む。
3人は玄関にへたり込んだ。全員息が上がっていて、何とか整えようとしている。
落ちついてきた頃、紅一が言った。
「ありがとな。桃」
「ハァ………………うん」
桃はまだ息が上がったままだ。
「てかなんで自分で入らんの?」
「鍵忘れた」
紅一は左手を頭の後ろに当て、申し訳なさそうに笑う。
桃は、ケンを冷たい目で見ている。
「......ってかあれ?アオ兄?」
桃は蒼が居ることを思い出すと、少し声が高くなった。
「うん……久しぶり 桃ちゃん 。さっきはありがとね。」
「うん………………」
桃は蒼の目をジッと見たあと、慌てて自分の着ているパジャマを確認して俯いた。その頬は少し上気しているように見える。
「取り敢えず風呂浴びるかー。アオイ、お前も入るだろ」
言いながら紅一は立ち上がる。
「おう。ってそう言えば、水ってまだ出んの?」
「あ一確かに。どうなん?」
紅一は妹を振り返りながら聞く。
「出るよ……」
桃はまだ俯いたまま、ボソボソ答える。
「あ、そういえばアオ兄! 怪我とかしてない?」
桃は弾かれたようにカズに尋ねる。
「大丈夫! ちょっと擦りむいたぐらいかな。……あとは背中がちょっと痛いから、湿布欲しいかも。」
蒼は背中をいたわしそうに撫でる。
「大変!!救急箱出しとくね!」
桃は慌てた様子で棚に向かった。
「随分と心配そうだなあ。アニキの心配はいいのか?」
紅一はニヤニヤしながら聞く。
「うるせぇ兄貴。アンタは無駄に頑丈なんだからいいだろ」
桃は乱暴に言い返しながら、慌ただしく棚をガチャガチャしている。
彼女は、紅一の「鍵忘れた」発言以降、紅一への返事に険がある。それに桃は棚を覗いていて、顔が正面からは見えないが、耳は真っ赤になっていた。
「それもそうだな」
紅一は満足気に風呂へ歩いていった。桃は救急箱を抱えてリビングへ歩いていく。
「アオイ。先に風呂はいっとけ。俺の服をお前の着替え用に持ってくるから。」
「わかったーありがとー。」
蒼は脱衣所で制服を脱ぎながら答える。
「シャンプー右なー」
「あいよー」
〜 30 MINUTES LATER 〜
風呂から上がった蒼は、紅一が用意した服に着替えてリビングへ向かう。
桃と紅一は、木製のテーブルの前に並んで座っていた。
リビングには入って右に木製のテーブルと椅子がある。
そして左側にテレビが1台と、その正面にはソファーがあった。
テーブル側の奥にはキッチンがあり、ソファー側には庭に面する窓があった。窓のカーテンは閉め切られ、端をガムテープで塞がれていた。
戌岡家の、暖色系の家具で統一されたリビングは、いつ来ても安心感を与えてくれる。ゾンビからの逃走劇でまだ興奮気味であった蒼の心が落ち着いていく。
2人の兄妹が向かうテーブルには、黒くて角ばったラジオが置いてあった。2人はそれに繋いだイヤホンを片耳ずつつけ、真剣な顔で聞いている。
──なんだかんだ言って、こいつら仲良いし似てんだよなー。
「あ、アオ兄。あがったんだ。」
桃はイヤホンを外して話しかけてきた。桃はいつの間にか着替えたようだ。パジャマではなく少しキレイめな部屋着を着ている。
戌岡 桃。兄と2つ違いで15歳の彼女は、兄に似て足がスラッと長く、スレンダー体型だ。
これまた兄に似てしっかりした眉毛とつり目で、キリッとした顔をしている。そのくせ笑うとどこまでも人懐っこい顔をする。
「じゃあ俺も入ってくるわ。」
紅一は席を立つと、風呂に向かっていった。
蒼は、紅一の家に遊びに来た時にいつも座る席 (桃の斜め前) に座る。
「何聞いてたの?」
蒼はタオルで髪を拭きながら、桃に尋ねる
「NHKラジオ。ここ数日のテレビはまともなの映らなくて........ あ、そういえばドライヤー使わなくていいの?」
「あー、電気とか使えないと思って。」
「うちソーラーパネル付けてるから大丈夫だよ?」
ソーラーパネルか。考えてみれば照明とかついてるな。
「そーなんだ!じゃあお借りしようかなー……ッッ!」
立ち上がろうとした蒼の背中に、鋭い痛みが走った。
「そーいえば背中痛めてるんだったね。座ってて!湿布とドライヤー持ってくる。」
「グッ!ご……めん、あり……がと。」
絞り出すように礼を言う。さっきまではここまで痛く無かったのに。
興奮が痛みを薄めていたのだろうか。
「湿布貼るからシャツめくるよ? アオ兄どこらへんが痛いか教えて.......ってうわ。めっちゃ赤くなってる。」
桃の反応を聞く限り、背中はひどいことになっているのだろう。蒼は苦い顔で、背中に湿布を貼られる痛みに耐える。
ふと横を見ると、テーブルに絆創膏のごみや消毒液が並んでいる。
思い出してみると、風呂に向かった紅一の手足には絆創膏が貼られていた。
紅一はそんなチマチマしたものを自分で貼るようなやつではないので、桃が貼ってあげたのだろう。
やっぱり2人は仲いいし、桃は──
と感じ、蒼は痛いながらも笑みが漏れた。
その後、蒼は桃のお言葉に甘えてソファーに寝させてもらった。
「アオ兄大変だったね。他にケガはない?」
桃は優しさと心配に満ちた声色で蒼に聞く。
「うん大丈夫。ありがとう、すごくよくなったよ。」
「そう、良かった。でも本当に傷がないか、ちゃんと確認しなきゃ…………」
少し異様な雰囲気をまとった桃が、横になっているカズの足の上にまたがる。
「?? 桃ちゃん?」
「ほら、服の下はまだ見れてないし、処置してない傷からゾンビに感染したら大変だよ?」
桃は蒼のシャツをつかむ。
様子がおかしい 桃に困惑する蒼。
眼の色が変わっている 桃。
シャツをめくり上げんとする 桃の手を抑えようにも、背中の痛みのせいで体が麻痺している。
「大丈夫。天井のシミを数えてる間に終わるから」




