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掌編

記憶の返却窓口

作者: 綴 詠士

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 俺が入るなり、穏やかな顔つきの女性が声をかけてくる。

「記憶を返却したいんです」

 俺は単刀直入に言った。

 ここは記憶の返却窓口だ。いつでも買った記憶を返却できる場所。

 技術の進歩は素晴らしい。

 道具一つで今ではあらゆる歴史上の人物の記憶を見ることができるようになった。

 いつでも伝説的な人物の過去を追えるのだ。こんなに素晴らしいことがあるか? 

 ナポレオンになりたい? 叶うだろう。紫式部になって源氏物語を描くのを眺めたい? 勿論可能! それとも明智光秀になって、裏切る原因を知りたい? お安いご用だ。

 俺もそんな宣伝に惹かれて、先月記憶を買った。何度も使ってみたが、段々気に入らなくなってきた。

 記憶の入った水晶を受付に置く。透明で美しい水晶だ。

 受付の女性は水晶を手に取ると、手持ちの機械で読み取った。

「先月、ご購入されたのですね。今後の参考のために返却理由を聞いてもいいでしょうか?」

「知人が何度も出てくるんだよ。これは300年前の話だろう? なのに知人が出てくるなんておかしい」

「なるほど……えっと、300年前の記憶に知人ですか。確かにおかしいですね」

 受付の女性が不思議そうに、手元の機械を触り始める。俺はじっと彼女の動作を見る。

「えっと、記憶自体に問題はありませんね。この記憶に出てくる人物は全て当時の人で間違いありません。お客様が知人と言われている人は同時代の他の記憶にも登場し、当時の人間なのは間違いないです」

「嘘だろ?」

「いえ、本当です。……偶々似ているだけってことですね」 

 そう彼女は言った。俺は全く納得できなかったが、そう言われてしまったらこれ以上は何もできない。受付の彼女に言っても仕方ないだろう。

「では返却させていただきます」

 そうして返却作業が終わった。

 じゃあただの勘違いなのか?

 300年前の人がどんな暮らしをしているのか知りたかったのに、この記憶には知人が何度もでてきていた。

 記憶の主に話しかけてきては、記憶の主と知人で楽しそうに話し込む。それが日常。

 あの顔、背丈、動き、話し方。どれもこれもがそっくりで、他人の空似には思えない。

 だからこの水晶が壊れているに違いない。そう思って俺は返却することにしたのだ。

 俺は自宅に戻る。家の近所を歩いていると、ちょうどその知人に出会った。

「やあ、どこに行ってたんだよ?」

「記憶を買ったんだけど、ポンコツだったんだ。だから返したよ」

「ああ、巷で噂のやつか。まあけったいな物だな」

「本当だよ。じゃあね」

「ああ、気をつけてな」

 親切そうな顔で彼が手を振ってくれたので、俺も振り返す。

 俺は彼のことが嫌いじゃなかった。むしろ好きだ。いい友人だった。

 ああ、そういえば彼とはいつ、どうやって仲良くなったんだっけ、思い出せない。たしか、先月だっけ?

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