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死霊王の孫娘〜宮廷魔道士グロリアの溺甘王宮生活〜

作者: Zoo

完全新作

シスター服の袖口に、雨の匂いがしみついている。

雷鳴が大聖堂の屋根を叩き、色ガラスの聖人が一瞬だけ青白く瞬いた。

石床を這う冷気は、死者の息よりも静かで、私は長机の上に広げた魔法陣へ息を落とす。


「——アニマ・モルタ・サンクタ・リヴィタ。神よ、この者に一瞬の生を」


掌で描線を撫でると、緻密な骨格図のように陣が光った。

天使のような姿をしたもの——モネが、私の肩のあたりにふわりと降りる。

白い羽は蜃気楼めいて人に見えるときと、見えないときがあり、今夜は幼子の姿で私の耳に口を寄せた。


「ねえグロリア、十数える前に目を開けるよ」


「わかってる。——ネクロ・リザレクション」


稲妻と同じ音が走り、寝台の男——街を牛耳っていたマフィアのボス——の胸が跳ねた。

「が、ああああ!」

周囲で拳銃を握りしめていた兄弟分が一斉に身を乗り出す。


「十分だけ生き返らせたわ」私は淡々と告げる。「質問はお早めに」


「ボス、遺産のありかだ」

「死んだ人間に金はいらねえだろ」


蘇った男の目を見て、私は舌打ちを飲み込んだ。

眼窩の光は煤けて、悔恨の温度が低い。

「……寄付した。教会に、全部だ」

その言葉に兄弟分の銃口が、今度は私へ。油の匂いが鼻を刺す。


「“死者蘇生なんて下法使う奴が神もクソもねえ”か」私は肩をすくめる。「そう言うだろうと思った」


指先で空気に触れ、粒子を束ねる。

鉄と木と布、必要な形状記憶を連鎖的に組み上げる。

次の瞬間、私の腕には機関銃が現れ、天井に向けて一度だけ空を撃った。乾いた音が石壁を渡る。


「——交渉は、終了」


弾丸は誰も傷つけない。弾道の恐怖だけが彼らの膝を抜いた。

十分の砂時計が落ちきるのと、彼らが這うように逃げ出すのは同時だった。

静寂が戻り、私はモネと目を合わせる。


「ねえ、なんで殺しちゃわなかったの?」

「正当防衛は、最後の手段よ。まだ、売れる素材になるうちに彼らは逃げてくれた」


「売れるって言い方、相変わらずえぐい」

「事実を言葉にしただけ。新鮮な死体は高く売れるの。——でも、今日はゼロね」


私は手袋を外し、額の汗を拭う。

私の名はグロリア・ヨースター。

ワットランド王国——野党と悪党とマフィアが野放しな国——で、しがない教会を買い取り、シスターを名乗っている。祈る者は少なく、来るのは遺体と金と、時々銃弾だ。


---


夜の匂いが薄まって、崖下の街に朝霧が降りた。

私は教会の階段に腰を下ろし、塩煎餅の袋を破る。

モネがすかさず膝に乗ってきて、指でクズをつまむ。


「もう、やめちゃおっかな。シスター」

「えー、もう? “シスターになりたい”って言ったのグロリアだよ?」


「ごめん。でも向いてない気がしてきたの」

祈りの言葉より、私は回路図と解剖図の方がまだ上手に覚えられる。

“神は平等”と説くより、私は“死は平等”だと言い切れる。


「じゃあ、これからどうするの?」

「南の国の湖のほとりに小さなお屋敷。朝は紅茶、昼は読書、夜は星。……お金があればね」


「ないよ」即答だ。「グロリアの浪費のせいで」


ちょうどそのとき、石畳にタイヤの音。黒塗りの車が停まり、銀の髭を整えた執事と、武装した兵士が降りてきた。


「この教会のシスター様ですかな?」

「——一応、ね」


「私は王宮の者、ニッキー。内々のご依頼がありまして。死者蘇生を——」


塩煎餅の欠片が、私の喉に引っかかった。

モネがぱちぱちと瞬きをして、いつもの幼子の瞳に星を浮かべる。

王宮の仕事。高額報酬の匂い。


「詳しくは、車内で」


私は頷き、シスター服の裾を払った。

神よ。もしあなたが本当にいるなら——どうか、今だけは商談が上手くいきますように。


---


王宮の庭園は、手入れのために時間が正しく使われている場所だった。

刈り込まれた生垣、左右対称の噴水、真鍮のノブが朝日を返す。

モネがひそひそ声で囁く。「ねえ、本当にやるの? 廃業するって言ってたよね」


「王宮の仕事よ。湖畔の家の前金が、ほら、庭いっぱいに咲いてる気がしない?」

「金の臭いしかしない」


先導するニッキーと、後ろを警戒する兵士マルコが、廊下の角で短い会話を交わす。

「大丈夫なのか、あんな連中に頼んで」

「死者蘇生が成功するのを“見た”者がいる。賭けるなら今だ」


重厚な扉。薔薇の荘厳。

中は花の海で、祭壇の中央に、彼は眠っていた。


「——ハル・ローレンス王太子殿下です」

ニッキーの声が震える。「今朝、目覚めたところ、突然息を引き取られて」


私は近づいた。

透き通った肌、亜麻色の髪。人は美しいまま死ねる。けれど、この美しさは“停止”ではなく“凍結”に近い。仮死の気配。


「蘇生させれば良いのね」

「頼む。今この方が死ねば、国が滅ぶ」


「任せて」

彼を“生かす”ことは、私の技術であり、信仰であり、趣味でもある。


「ただし」ニッキーが苦く問う。「蘇生の術は長く持たないと聞く。すぐに死ねば——」


「神は美しきものを見捨てない。そして、グロリア・ヨースターは結果で語るの」


私は指を組み、魔法陣を構築した。

稲妻が花弁を震わせ、白い布が一瞬だけ風に膨らむ。

仮死の氷を、熱で溶かす。心臓は初めて鼓動を覚えたみたいに拙く、やがて確かに——


彼は、息をした。


---


湯気が肌を撫でる。

私は薬液を湯に溶き、寝台から浴場へ移した彼の脈を指で確かめる。

時間が経つごとに、鼓動は人のものに戻っていく。


「殿下、湯加減は」

喉が震え、「あ……」と、彼は初めて声を漏らした。

天井を映す瞳が、こちらへ焦点を結ぶ。


「無理に話さないで。薬が体を整える。いずれ、言葉は戻るわ」


薬液に手を浸した彼が、低く訊く。「君は——何者だ」


「街の教会のシスター。かつ、祖父仕込みの死霊術師」

「ネクロマンサー、か」


彼は静かに立ち上がり、湯から上がる。

濡れた髪から滴り落ちる水は、金の糸をほどくように細い。


「多くの国で蘇生は禁忌だ。だが——法が作用しない国にしたのは、我々王族の責でもあるな」


ガウンを羽織った彼の前に、黒衣の男が現れた。

「これはこれは。ご病気と伺っておりましたが」

ワットランド国大臣、バロン。

彼の周囲に、濁った霊の渦——死者の未練が絡みついている。


「引き継ぎの件で参りました。殿下ご担当の鉱山開発、私が」

「不要だ」ハルは淡々と言う。「少し風邪をひいていただけだ」


バロンは笑みを残し、引き下がった。

モネが袖を引く。「あの人、相当やばい」

「ええ。悪霊が喜ぶ体温をしている」


---


夜。

私は彼の寝室の椅子に腰を下ろすと見せかけ、布団をめくった。


「何をしている」

「蘇生初日は体が不安定。付き添いは私の義務。床? まさか。私は冷えると魔力の回りが悪いの」


「……好きにしろ」


並んで横になると、彼の呼吸がわずかに早くなった。

天井を見ながら、私は切り出す。


「殿下が“仮死の法”を使っていたこと、気づいていたわ。お体を隅々まで拝見したもの」

「……やはり、わかっていたか」


彼は半身を起こし、窓越しの月に言葉を置いた。

「この国は乱れている。悪党がのさばり、市民は震え、王は大臣に買われている。敵と味方の境を見極めるために、私は一度死ぬ必要があった」


「危険すぎる。けれど、理解はできる」

彼の背にそっと手を置く。

その瞬間、彼の肩が僅かに跳ねた。

体温は、人を安心させる薬だ。


「殿下に、伝えることがある」

「……」


「私の蘇生術を受けた者は、通常、一時的な生に戻る。でもあなたは“死んでいなかった”。だから術が変質した。——殿下は、私の術によって、生涯“生かされ続ける”体になった」


「つまり、私は君の……」


「隷属させる気はないわ。むしろ私は臣下として殿下に誓う。けれど、夜は——ほんの少しだけ、わがままを許して?」


「許可した覚えはない」

「寝返りの幅を半分分け合うだけよ。ほら、優しいでしょう?」


彼はあきれたように、しかし笑っていた。

笑うと、彼はただの年若い青年に見える。

私は目を閉じ、彼の呼吸の数を数えながら眠りに落ちた。


---


朝、王宮の庭はよく晴れ、私はよく艶やかだった。

「太陽っていいわね」

「“シスターの風上にも置けない”って言葉、知ってる?」モネが頬を膨らませる。「昨日の夜の——」

「見てなくてもわかる、でしょ」

「わかる!」


私はひらりとローブを翻す。「シスターは辞めるわ。今日から私は、王太子付きの“宮廷魔道士”」

「肩書をよく変える」

「国をよくするのに、肩書は便利」


「グロリア!」

振り向けば、ハルが兵士マルコと執事ニッキーを連れていた。

「二人を近衛騎士団長と副団長に任じた」

「そんな……私たちが?」

「王子の蘇生を依頼しに来た人たちだもの。信用する理由は足りる」


そのとき、玉座の間では別の会話。

「王太子付きに、あの女を?」

「うむ。王太子がどうしてもとな」

「では、この件は私が預かりましょう」

バロンの口元は、笑うときにだけ人間の形をしていた。


---


「——ここだ」


岩肌が黄金色に脈打つような光を宿していた。

ハルが手をかざし、私は息を呑む。


「金鉱床」

「この国を立て直すには治安に金が要る。これは希望だ」

「治安維持費をケチると国が滅びる。正しいわ、殿下」


私は彼を見る。

美貌は飾り。彼の強さは、決めるべきことを決める意志にある。

“名君の予感”が胸の内で音を立てた、その背後から——


「くくく。殿下が何か隠しているとは思っていたが、これほどとは」


バロン。

背に渦巻く悪霊が、欲の匂いを伴って漏れ出る。


「ここは私が管理する」

「散々国を蝕んだお前に、渡すものか」


「では、ここで死んでもらおう」


黒い影が集まり、鎧の形をとる。

影の騎士——死霊の具現。

モネが袖を引く。「グロリア、あれ——」

「わかってる」


私は左手を前に出し、空気から金属を引き寄せ、右手で引き金を作る。

「殿下の前で戯言を。——容赦はしない」


連射。

銃声は山に吸い込まれ、影は大盾で受けた。

バロンが笑う。「死霊騎士に、そんな玩具が効くかね」

「その“玩具”、けっこう値が張るのよ」


だが次の瞬間、冷や汗が一筋。

背後に、銃口の気配。


「道案内、お疲れ様」

マルコが笑い、ニッキーがハルの腕を極めていた。

「——まさか、お前たち」

「“蘇生を依頼した俺たちが信用できる?”って、ウケるよな」


バロンが指を鳴らす。

「王太子。そなたが何かを見つけたのは知っていた。だが、金鉱床まではわからなかった。だから、側近に金を握らせて動かしたのだ」


「本当なのか」

ハルの手が震える。幼い日からの従者の顔に、裏切りが浮かぶ。


「——ごめんね、殿下」

パン、パン。

乾いた音が二度。

彼が、倒れた。


「グロリア」モネの声が滲む。「どうするの……」


私は俯き、息を整える。

怒りで手を汚すのは簡単。だが、私は“生”の側に立つ術師だ。


「国は私がいただく」バロンの嗤い声。「娘、お前も支えぬか」


影の騎士がぼろりと崩れ、灰になる。

バロンの笑いが止まった。


「死霊術は、深い」私は静かに言う。「知れば知るほど、生と死の境界が曖昧になる。だから——その境界は、私が決める」


光。

ハルの体が白い燐光に包まれ、吹き飛んだはずの血と肉が、何事もなかったかのようにそこへ戻っていく。

彼は、息をした。


「ば、馬鹿な! 頭部の再生が瞬時に——」


「殿下は“生きている状態”で、私の特殊な蘇生術を受けた。その結果、**不老不死**という副産物を手に入れたの」


ハルが立ち上がり、剣を抜く。

「バロン。覚悟」


「くっ、死霊よ——」

「無駄だよ」モネが笑って、バロンの肩の上に座る。「グロリアは“死霊王”の孫娘。彼女の前で勝手な真似はできない」


バロンの瞳に、ようやく恐怖が差した。

剣が一閃、黒衣が裂ける。

倒れる寸前、彼は口の中で呟いた。“死霊王”——かつて世界を地獄に変えかけた、伝承の大罪人の名を。


私は彼の意識が闇に落ちるのを、ただ見届けた。


---


夜の寝室に、ランプの火が揺れる。

私はテーブルに肘を置き、湯気の向こうの彼に問う。


「生かすんですか? あの二人」

牢に入れられたマルコとニッキーの顔が、灯の揺らぎに歪む。


「ああ」

「殿下を撃ったのに?」

「君の提案通り、彼らを鉱山に連れて行った。だから“敵”が確定した。猿芝居で団長に任じたのも芝居だ」


「ひどい。私まで騙されたわ」

「敵を騙すなら、まず味方からだろう」

「理屈が嫌いじゃないところが、また腹立つ」


窓の外で、風が庭を渡った。

「ショックではある。幼い頃からの顔だからな。でも、古い絆を金に替えるほど、この国の人心は荒んでいる。それは、王族の責任でもある」


「——殿下は、名君になる」

私は立ち上がって、彼の前にひざまずいた。

「グロリア・ヨースター。宮廷魔道士として、あなたの治世に仕える」


「頼むぞ、グロリア」


「夜も遅いわ。寝ましょう」

「そうだな」

「おやすみ、殿下」

私は彼の肩口に、遠慮がちに——でもしっかりと寄り添った。

「というわけで私、グロリア・ヨースターは、この明君に仕えることになりました。**“生”の側から、すべてを整える”**」


モネがふわりと飛び、ランプの火を半分ほど落とす。

白い羽が、闇に溶ける。


---


——その後。

ワットランドは少しずつ、正しい骨へ戻っていった。

死体処理に忙しかった教会は、いつの間にか祈る場所らしくなり、街角の子供たちは昼に眠らなくなった。

王宮では、予算の枠組みが“人のため”に組み直され、金鉱の収益は治安と教育とインフラへ流れ込む。

私は机上で法務文書に朱を入れ、現場では機関銃を“飾り”にし、霊たちの嘆きをそっと撫でた。


バロンは裁きを受け、裏切った二人は遠国へ送られた。

彼らの名を、私は祈りの中では呼ばない。

けれど、ときどき夜風が運ぶ埃の匂いに、古い後悔の温度を感じる。

そのたび、私は寝台で眠る青年の髪を1本だけ摘んで、そっと離した。


「風の匂い、変わったね」

「収穫が近いから。麦の匂いよ」

ハルは笑って、私の名を呼ぶ。

名は、呼ばれて初めて“生”になる。

私は彼の名を、同じだけの回数、返す。


カーテンが鳴り、夜の庭で白い羽が明滅する。

モネは気まぐれに現れては、天使にも子供にもなり、時折は誰にもならない。

それでも——


“生かす”という選択は、いつだって私の掌にある。

私はその掌を、彼の掌と重ね、明日の法令案と、明後日の市場改修計画と、その先に続く国の骨格を、同じ速度で思い描く。


風が凪いだ。

灯りが揺れ、そして落ち着く。

静けさの底を、祈りに似た光が通り過ぎる。

私は瞼を閉じ、胸の上に彼の名を置いた。

——また、同じ朝が来る。

羽音の記憶と、麦色の光を連れて。


いかがでしたか。感想、高評価お待ちしております。

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